貴方の婚約者でありたい(2)
ぼーっとしてはいけないと分かっているのに、心ここに在らず。きっと立派で素敵な事を言ったのであろうスピーチも、音楽団が奏でる優美な音楽も、頭に入ってこない。片耳から入って脳内素通りでもう片方の耳から出ていってしまう。
あの時、反逆する気かと思って焦ったけど、よくよく考えるとウリクセス様がそんな考え無しな事をする訳がない。きっとあの時武器を袖口から覗かせたのは──私への牽制だ。余計な事は言うなと、口を聞けない状態でも私に伝えるために、わざとチラつかせたのだろう。
ウリクセス様は、自分で嫌われ者だからと自虐している割には、このような夜会でも人の波に呑まれてどこに居るのか分からなくなるレベルでは慕われているようだ。ちなみに私は、侍女と護衛つきで上座に用意された豪華な椅子に、まるで飾りのお人形のように座っているだけである。チラチラとこちらの様子を伺うような目線は至る所から刺さる程感じているのだが、話しかけてくる人はいない。ウリクセス様効果凄いな……すっかり引きこもりになってしまった私にとっては、大人数と会話しなくても良いのはありがたいけど……これでは婚約者失格ではないだろうか?皇帝はウリクセス様が私に相応しくないという話をしてきたけど、実際は私の方がウリクセス様に相応しくないのではないだろうか?あんなに民の為を思い努力し働いて、私にも良くしてくれる……立派な人なのに。
「ごきげんよう。少しお話させていただいても?」
思わずため息をついた瞬間、綺麗な金髪碧眼の女性に話しかけられる。さらさらとした美しい髪、色は違うけどアイーシャお姉様のように凛とした綺麗な大人の女性。
横に控えた侍女や護衛の顔色を伺うが、止められる気配はない。話しても問題が無いという事だろうか。とりあえず椅子に座ったままでは失礼に当たると思い立ち上がる。
「タルジュ様、初めまして。第一皇子の婚約者のラエティティアと申します」
「初めまして、ラエティティア様」
……え!?あのフェーリックスの婚約者!?ということは未来の皇妃様だ!内心慌てつつドレスを摘んでお辞儀をする。
「ふふっ、緊張しなくても良いのよ。私ずっとタルジュ様にお会いしたかったの」
「私に、ですか?」
まさか婚約者入れ替え話の事だろうか?文句有りで殴り込みに来たとか?
「ええ。私、タルジュ様の書かれた物語が大好きで!特に4年前に出た『毒殺されそうになりましたが、私にとっては良薬でした』がとても好きなの!」
違った、ただのファンだった。未来の皇妃様にまで読んでいただけていたとは光栄だ。
「ありがとうございます。あの作品は比較的暗い描写が多いのであまり人気がなかったのですが、そう言っていただけて嬉しいです」
「あれは舞台設定がアズィーム風でしょう?私の祖母がアズィームの人でよく話を聞いていたから、読んでいると祖母との思い出が蘇ってきて懐かしくなるの」
舞台設定がアズィームだとは明記していなかったはずなのに気がつくとは。ちょっとした風習などから気がつく所を考えると、もしかするとアズィームに行ったこともあるのかもしれない。
「よくお分かりになりましたね。ラエティティア様はアズィームに行かれたことが?」
「いいえ、祖母の話だけで実際に足を運んだことは無くて。アズィーム領になったからそのうち機会があれば……あ、ごめんなさい。タルジュ様にこんなお話すべきではなかったわ……。ついつい作者様に会えた嬉しさでよく考えず発言してしまったの。失言だったわ……」
侵略した事を指しているのだろうか?それとも私がそれ以来アズィームの地に帰れていない事を指しているのだろうか?どちらであったとしても、目の前でこんな悲しげな表情をされるとどう対応すればいいのか分からない。
「気になさらないでください!私……ウリクセス様の婚約者ですから、マニュス帝国の人間として生きていくつもりでいますから……」
だんだん声が尻すぼみになってしまう。私は、ウリクセス様の婚約者のままいられるのだろうか……。臍の上でぎゅっと自分の両手を握り込む。
「2人して何を暗い顔をしている。これだから女は……少しは自分たちが注目の的である事を意識しろ」
いつの間にか現れたフェーリックスが、ラエティティア様を抱き寄せる。今日までは私の嫌いな人物ナンバーワンだった男。でも今日のウリクセス様への態度を見ると……もしかするとただの気が狂っている男な訳では無いのかもしれない。
「フェーリックス様ごめんなさい、私としたことが話題選びを間違えてしまって」
「謝るくらいなら初めからするな。全く、女同士で話がしたいと言うから1人で行動させたのに目が離せない。手間がかかる事をするのはやめてくれ、邪魔だ」
……やっぱり前言撤回しようかな。ラエティティア様がシュンとして謝っているのにこの態度!そりゃウリクセス様のお祝いの席で暗い顔をしてしまったのは私達が悪いのだろうけど、謝っている人にそんな強い口調で注意しなくてもいいじゃない。
「ふふっフェーリックス様は心配性ね。でも私、タルジュ様とは仲良くなれる気がするの!今度一緒にお茶してもいいかしら?ちゃんとフェーリックス様の許可する時間内に収めるから、お願い!ね?」
ちょっと待って。ラエティティア様も只者では無いかもしれない。全く気にする素振りもなく可愛くフェーリックスにおねだりしている。何をもって仲良くなれると思ったのかも分からないし……いや仲良くなれないと思ったわけでは無いけど、そんなのもっと話してみないと分からなくない?
「勝手にしろ。ただそいつ、ウリクセスの屋敷から出るのに苦労しそうだから、先にウリクセスの許可取れよ」
そして私はそいつ扱いか。
「フェーリックス様、先程は場を取りなしていただいてありがとうございました。皇帝の急な話題提起に戸惑っていましたので大変助かりました」
そいつ扱いされたって、先程助けられたのには変わりない。言いそびれていたお礼を言う。
「別に構わないし、私はウリクセスを庇っただけだ。ティア、そろそろ行くぞ」
「私はまだタルジュ様とお話したかったのですが」
「そいつと話したいのなら今度のお茶会とやらでしろ。行くぞ」
あくまで私ではなくウリクセス様を庇っただけらしい。そのままろくに挨拶も出来ぬまま、フェーリックスがラエティティア様の肩を抱いて人の波の方へ歩いてってしまった。
ラエティティア様がフェーリックスのに向ける笑顔を考えると、少なくとも表面上2人の関係は上手くいっているようだ。それなのに婚約者を取り替えるだなんて……あぁ、もしかすると、だからフェーリックスは庇ってくれたのかもしれない。あんな態度だけど、ラエティティア様を大切に思っているのかも。
またウリクセス様にフェーリックスとラエティティア様の事も聞いてみよう。今まで私がフェーリックスを嫌っていたから話題に出ることが一切なかったけど、きっと聞いたら教えてくれるだろう。「私以外の男の話をするな」なんて拗ねられるかもしれないけど、優しいウリクセス様は丁寧に教えてくれるに違いない。
拗ねる顔を想像して思わず顔が綻んだけど、横にいた護衛がさっと私の前に立ち塞がるように動き、思考が現実に戻ってきた。




