貴方の婚約者でありたい(1)
その日用意されていたドレスは、帝国に連れて来られて初めて着せられたカフタン風のドレスを進化させたようなデザイン、色味だった。紺色に近い青をベースにし、金色の糸で豪華な刺繍が入っている。袖口のレースも細かく繊細で、きっと高かったんだろうなぁ……間違えても飲み物を溢す事などあってはならない。
髪もウリクセス様のご希望通り、ハーフアップをアレンジした形となった。ライラーは「タルジュ様はアップにしても可愛らしいのに!華奢な頸に特に手を加えなくともいい感じに出来上がる後毛の儚さの良さが分からないなんて!」と憤慨していたが……とりあえず見れる形になっていればなんでもいい。
だって今日の主役はあくまでウリクセス様。私はお添えだ。
「タルジュ可愛い……やっぱりその色が似合うね」
夜会はこの屋敷ではなく宮殿の方で行われるらしく、ウリクセス様が部屋まで迎えにきてくれていた。
「ありがとうございます。ウリクセス様も……って、あわわわ!」
何故か高い高いをするかのように腰を掴まれ、宙高く上げられる。30センチ近く体格差があるせいか、軽々と持ち上げられてしまう。ふわりと舞うドレスの裾が、まるで花のようだ。
「ウリクセス様っ怖いです!怖いですうぅぅ!!」
「……このまま結婚できればどれほど良かったか。歳の差が恨めしい。あぁタルジュ、落とさないから大丈夫だよ。怖いなら私の肩掴んで?」
「落ちなくても高さ自体が怖いんですうぅぅぅ!!降ろしてえぇぇーっ!!」
必死の訴えが届いたのか地面に降ろしてもらえたが、ウリクセス様の肩を必死に掴みすぎて指が痛い。服も掴んだ部分がシワになってないだろうか?
「あらまぁウリクセス様、タルジュ様が可愛いからといって構いすぎないでくださいね。せっかく着飾っているのに乱れてしまいます」
「それくらい分かっている。それにしてもライラー、また腕を上げたようだな。タルジュを着飾るという点においてライラーの右に出る者はいないな」
「勿体無いお言葉です。私が腕を上げたのではなく、タルジュ様が年々お綺麗になられているのですよ。あ、お化粧が乱れるので口付けるのは夜会が終わってからにしてくださいね?」
さり気なく釘を刺されつつ見送られ、ウリクセス様と2人で部屋を出て宮殿へ向かった。
視察で屋敷を出る時でも、屋敷のすぐ近くに佇むこの煌びやかな宮殿に近づく事は一切なかった。ウリクセス様はこちらの宮殿で公務をすることも多々あり、きっと私をこちらまで連れてきた方が話が早い時もあったに違いない。なのに連れてこなかったということは、私を近寄らせたくない何かがあるのだろう。もしかしたら皇帝やフェーリックスと鉢合わせする可能性があるだとかその程度の理由かもしれないが……いや私的には本気で会いたくないのだけれども。
道中チラチラと色んな人に見られている視線を感じるけど誰かに話し掛けられる事は無い。ただウリクセス様にエスコートされながら歩いているだけなのに、刺さる視線に緊張してしまう。
「大丈夫だよ。横に私がいるのに話しかけてくるのは、よっぽど度胸があるか馬鹿かの2択だから」
励ましなのがどうか怪しい励ましを受けながら宮殿に入り、バックヤードの方に案内される。なるほど、主役は後から登場するものだからね。
そう思いながら煌びやかな内装に目を奪われキョロキョロしながら歩いていると、エスコートしてくれているウリクセス様の足が急に止まった。
「……父上、今日の夜会は欠席のはずだったのでは?」
いつぞやに見た中年オヤジ……マニュス帝国の皇帝。5年ぶりに見たが、纏う偉大なオーラから、見間違える事はない
きっと待ち構えていたのだろう、その後ろにはフェーリックスの姿もあった。さっとウリクセス様が自分の体で私を隠す。
「その通り欠席だよ。久しぶりだな、アズィームの姫。ウリクセス、お前ももう成人するのだからいい加減にしないか。伝説の姫の顔くらい民に広めても良いだろうに。お前が隠し続けるから話がややこしくなるのだと、何度言えば理解する」
側にいないと聞こえないくらいの音で舌打ちが聞こえる。……あの真面目なウリクセス様が、舌打ち?
「父上、ウリクセスは異端の災いの子。きっと対極にあるアズィームの姫に惹かれて仕方がないのでしょう。価値があるとはいえ異端の姫なのだから、そんなのウリクセスにやってしまえばいい」
「フェーリックス、お前もいい加減にしないか。初めは幼すぎると思っていたが結果的に災害を防ぎ多くの民を救った。しかもアズィーム山脈の神の知識を我々に伝えてくれるとは、まさに神の遣い!それをただの異端の姫だなんて言っては神の怒りに触れる!おお神よ、我々を見捨てず救ってくれるとは!」
5年前と明らかに異なる態度を取ってくる皇帝の姿は、ウリクセス様の体に隠れてよく見えない。でも私の本能は見えなくとも恐怖を訴えてくる、緊迫した空気が肌で分かる。邪険に扱われたあの時とは違った、まるで神を崇めるような口調が恐ろしい。
「異端の第二皇子の婚約者なんぞ嫌だろう。私としては活躍に見合った身分に付けてやりたいのだが……そうだな、第一皇子の婚約者と入れ替えてやってもいい。親子の年齢差でもよければ私の側妃でも良いが、どうだ?」
「父上、タルジュは私の婚約者で」
「黙れ!お前には聞いておらぬ、一切口を挟むでない。帝国の為己を犠牲にするくらい皇子としては当然の事。お前はそれすら出来ぬというのか?」
5年前は親子……とは言い難いが、健全な皇帝と臣下に見えたのに。この険悪さは何?5年の間に何があったというのか。
ウリクセス様が私を後ろ手に庇いながら半歩下がってくる。それにつられて背の後ろに更に隠れるよう斜めに下がるが、この状況……私に返事を求めてきてますよね?答えは当然どちらもNOなのだが、そう答えても差し支えがないのだろうか?……いや、きっと差し支えるだろう。
何故ウリクセス様の婚約者ではいけないの?例の伝説のせい?なら何故初めウリクセス様の元に居る事、婚約者となる事を許可したの?私は、この人と一緒にいたいのに。
「私、は……」
声が震えて上手く出ない。声の震えを止めようと胸元から首にかけてを両手で抑えるが、止まることはない。むしろその両手も震えを隠し切れていない。動揺から目線がつい下がってしまう。
その視界にキラリと光る物が映る。私を庇うように後ろ手に向けられた袖口から、こちら側に少しだけ覗く鋭い金属光沢。武器を持ち込む事が出来ない夜会であっても、暗器程度なら隠し持ち込めるのか。いや、そういう問題では無い。皇帝相手に武器を持ち出すなんて、反逆行為だ。許される訳ない。反逆者は……殺される。
フラッシュバックするように蘇ってくる……誰も嘘だと言ってくれなかった、幻だと思いたかった5年前の情景。あの時も私を守るように立ったアイーシャお姉様が、フェーリックスに……!
「父上、ウリクセスは日付が変わると18歳。異端とはいえ息子の記念すべき誕生日なのですから、お気に入りの婚約者をそんな日に取り上げるような真似しなくとも良いでしょう。姫の方もいきなり皇帝という権力者に詰め寄られては怯えてしまうし、考える時間だって必要。私だって、弟の婚約者を奪って恨まれる役割を押し付けられるのは御免だと、先にお断りしておきます」
「……よかろう。確かに、ウリクセスしか知らぬ姫に回答を求めても困らせるだけだな。今回はフェーリックスの言うように提起するだけどし、回答についてはまた後日に問う事としよう」
あの時とは違って、フェーリックスが間を割って入ってくる。物理的に皇帝とウリクセス様の間に入るようにし、発言もウリクセス様を庇うように聞こえたのだが、それは私の希望的観測だろうか?
「アズィームの姫、少し時間をやるからよく考えておくように。ウリクセス以外、周りをよく見て何が正しいのか、考えるのだな」
皇帝はそう言い残すように踵を返し、去って言った。あたりに張り巡らされていた緊張した空気が和らぐ。
「……フェーリックス」
「ウリクセス、もうちょっと上手くやれよ。こっちに飛び火は勘弁だからな」
「ごめん」
呆れたような顔のフェーリックスは、皇帝とは逆にこちらに歩いて来てウリクセス様の肩を叩く。近寄ってくるフェーリックスに思わず身構えてしまうが、私の事など眼中に無いようだ。
「明日は会えないから先に言っとく、18歳おめでとう。無事成人するまで生き延びてくれて良かった。じゃ、また後で」




