幸せ、だった日々(3)
「タルジュなら大丈夫だし、何かあっても私が守ってあげるから心配しなくていいよ。ただ、占術省と占術師には気をつけて。あと見知った侍女から渡される物以外は絶対に口にしないで、いいね?」
占術師を統括する占術省は、いわゆる帝国の政治機関の一部である。占術という占いのようなもので政策の良し悪しや国の行く末などを占い助言したり、歴史や伝説を考察することで帝国を平和に導くよう助言するなどを行う機関だ。ウリクセス様によれば、アズィーム王国の侵略についても彼らの大きな後押しがあったらしく、かなり発言力のある機関のようだ。伝説を深く信じている彼らは白斑のあるウリクセス様の事を好いてはいないらしく、何度かウリクセス様が「また占術師に邪魔された」と新しい政策が通らず愚痴をこぼしているのをみたことがある。
何だろう、婚約者の私は、彼らに毒でも盛られるのだろうか。
「はい……あの、フェーリックスも来ます?」
5年間会わずに済んだが、アイーシャお姉様の仇のアイツには会いたくない。
「来るよ。……何?私よりフェーリックスの方が気になるの?妬けるんだけど。しかも親しそうに呼び捨て……」
おっと、嫉妬深いウリクセス様のスイッチを押してしまったようだ。
「もうあんな奴一ミリも見たくないだけです!!様をつけて敬う事すらしたくないだけで他意はございません!!」
「そう。なら殺しておく?」
いやいやいや、平然とそんな恐ろしい事を言わないで欲しい。
「私は相変わらずフェーリックスとは違って嫌われ者だからね。この際身内1人殺したって、どうって事ないよ」
ウリクセス様の屋敷に篭りそのお膝元で囲われていても、ちらほらと聞こえてくる噂話。ウリクセス様は民の事を考え公務に励み、自己を磨くために勉学も武術も欠かさない真面目な人なのに……なぜか聞こえてくる悪い話。占術師の活動を邪魔し災害を引き起こしているだとか、歴史を顧みない行動で帝国を破滅に導こうとしているとか。貴重で価値のあるアズィーム山脈の妖精姫を閉じ込め無理矢理婚約者とし、好きなように弄んでいるとかいうのもあった。に対して兄のフェーリックスの噂は比較的良いものしか聞こえてこない。火が無いところに煙は立たないとは言うが……腕の白斑だけでここまで好き勝手言われる?そしてそれを許容しているのもどうかと思う。
「あんなの殺したってウリクセス様の手が汚れるだけなのでやめてください。そんなことする価値すらないです」
「ははっ!第一皇子のフェーリックスをそんな扱いするのってタルジュくらいだよ。嫌いなのはよく知ってるけど、しつこく話題に出されると本気で妬いちゃうから……やめてね?」
だからそういうことを笑顔で言われると怖いんだってば。
「大丈夫です。こーんなに私の事を愛してくれる素敵な婚約者様がいるのに、目移りする訳ないでしょう?むしろウリクセス様の方が女性に言い寄られてそう」
だって整ったお顔立ちしてるし、皇子だし。白斑がなければ一般的には超優良物件だと思う。……つい言い寄られている姿を想像してしまって、ウリクセス様の背中に回した手に力が入ってしまう。
「まさか。私に気兼ねなく話しかけてくるのは後にも先にもタルジュだけだよ」
解かれた髪を耳にかけられ、上耳を喰むように口付けられる。耳朶に感じる湿った温かい舌の感触に肩が窄まり、背中に回していた手もどうして良いか分からないと言った風に指がぎこちなく動いてしまう。額や頬にされるのとは違って……何だか悪いことをしているような気になる。口にされた訳ではないのに、恥ずかしさからついつい息を止めてしまって酸欠で倒れそうだ!
「可愛い。真っ赤でベリージャムのクッキーみたい」
「だ、だれのせいだとおもって……!」
「ん?私だよ。ご馳走様、今日はもう遅いから帰るね」
ご馳走様って……まだクッキー食べてないじゃない!と思ったが、まるで幼い子にするように髪越しで額に口付けて「じゃぁまた明日ね」と部屋から去っていく。
真っ赤な顔で1人ポツンと部屋に残されてしまってもなお静まらない動悸を抑えようと、その場にしゃがみ込んでみるが……全然おさまらない。
唇にはしないのを不思議に思って聞いた事があるのだが「まだしないよ、それは特別だからね」という事だった。でも、耳にキスの方がよっぽど心臓に悪い気がする!!
「タルジュ様どうかされましたか!?あぁ、なる程……」
入れ替わるようにして室内に入ってきたライラーに、またかという顔をされる。
「ライラぁ!もう私、羞恥心で死にそう!!」
「まぁ!今回は何をされたのですか?」
「お口にキスもまだなのに、耳食べられた……舐められた所がなんかゾワゾワするっ!!」
「まぁまぁ!まるでタルジュ様の書かれる物語のワンシーンみたいですね。これこそネタになる、のでは?」
「ライラー!!」
普段自分でよく言っているセリフで揶揄われてしまう。
「先日発行になった新刊で、耳へのキスの意味は誘惑だって教えてくれたのはタルジュ様ですよ?ふふっ、よかったですね、ウリクセス様が勉強熱心で!」
そんな事勉強してる間があるなら休んでくれ、と切に思うのだが。
「では明日はとっても美しくドレスアップしてウリクセス様を誘惑仕返しましょう!あぁ腕が鳴るわ!」
どうやら私はライラーの気合いスイッチも入れてしまったようで、まだまだ執筆するつもりだったのに「今日こそは早めに寝てください!睡眠不足はお肌の敵!」とベッドに追い立てられてしまった。




