第88話:深層の王、再び
【ウルド王国・夜の港町】
「ハァ……ハァ……ッ!」
波音が虚しく響く夜のウルド港。
【魔法の王】として覚醒したアイリスを先頭に、ライオ、ダイダラ、エルニャ、そしてカルノが激しい疾走の末に港へと辿り着いた。
そこに広がっていたのは、木っ端微塵に粉砕された船の残骸と、静まり返った海。
そして――浅瀬で膝をつき、水面に映る己の姿をただ呆然と見つめるリンドの背中だった。
「リンド……ッ!!」
アイリスが叫び、真っ先に駆け寄る。
声に反応してゆっくりと振り向いたリンドの顔を見て、全員が息を飲んだ。
彼の左目には、本来あるはずのない金色の魔法陣――【神眼】が怪しく輝き、伝う血の涙が頬を濡らしていた。
その瞳に宿っているのは、底知れない悲痛と怒り、そして自らを苛む深い絶望だった。
「……お前ら、何しに来た。」
リンドの声は仲間に向けるものではない、ドス黒いものを感じるような唸り声だった。
「リンド....私達は足手まといじゃない!それを...証明しにきたの!」
アイリス、ダイダラ、エルニャはリンドのほうに顔を向け、意を決した表情で詰め寄る。
「……そうか。だが俺は、もう……『人間』じゃない……。」
左目に宿った【神眼】から魔力が溢れる。その魔力は
今までの全てを凌駕する圧倒的なものだった。
さらにリンドの圧倒的な【深層】の魔力がそれを体内で抑え、自身の力として使う。リンドの左目の黄金の魔法陣が黒く染まる。
「なら俺に見せてみろ....その力を....【深眼】ッ!!!!」
【神眼】と【深層】を融合した禍々しい左目から世界を飲み込む魔力が解き放たれる。
「......え?」
アイリス達は港にいたはずだった。今いるのは何もない真っ暗闇の世界。【深眼】によって見せられた幻覚か、それとも場所を移動させられたのか。
【魔法の王】モードを発動し、魔力を探る。これで原理がわかると思った。しかし。
「....なにこれ...!?魔力で世界を創ったとでも言うの...!?」
「アイリス殿これは……!?」
「なんなんだこれは....気分が....うぐっ!!!」
ライオが濃密な【深層】の魔力に飲まれその場に膝をついてしまう。ダイダラ、エルニャは長い事リンドと共に深層を探っていたためなんとか立っていられるが、その世界は【深層】そのものだった。
「リンド....本気なの....!?本気で私たちを....置いていくの!?」
アイリスの痛烈な叫びに、どこからか声が聞こえる。
「頼むから....頼むからこれ以上大切なものを目の前で失わせないでくれ....。俺はもう....嫌なんだ...。」
今にも消えかかりそうなその声は、救いを求めているような、それでいて何かを決意したようにも聞こえた。
「リンド.....あなたは....。」
その後すぐに元の港に戻ってきた。だがそこにリンドの姿はなかった。




