第7話:世界の深淵と、深紅の追撃誓約
【深層の胸当て】【深層のブーツ】【深層王のマント】。
三つの規格外の防具を身に纏い、俺は玉座の間からさらに奥にあるクリア報酬の部屋へと進んだ。
部屋の中央には、ダンジョン攻略の報酬である宝箱が鎮座していた。
「……とりあえず、数か月は贅沢に暮らせるだけの金貨は手に入ったな。だが……これからどこへ行けばいい?」
今ウルドの街へ戻れば、俺を突き落としたランカーズの奴らとすぐに再会してしまう。
今の俺なら一瞬で奴らを肉塊に変えられるが、それでは生ぬるい。あらゆる魔物のスキルを『捕食』し、奴らに最もふさわしい絶望と死を与えるための準備が必要だ。
「……ん? なんだこれ……?」
宝箱の底、金貨の山の下に、一冊の古びた手記が潜んでいることに気づいた。
気になって拾い上げ、埃を払ってページをめくる。
『この手記を読んでいるということは、僕を倒し、解放してくれたということだね。まずは、強く勇敢な貴方に心からの感謝を。――アルス・テットランド』
「なっ……嘘だろ……!? アルス……? じゃあ、さっきのボスは……元々人間だったのか!?」
衝撃に目を見張る俺の視線の下で、手記の文章は続いていた。
『ただ、異形と化した僕を倒せるほどの力を持っているということは……おそらく、僕と同じ”転生者”なのかな? 僕の本当の名前は、桐原 蓮。同じ日本人が見てくれていることを願っているよ(笑)』
「――っ!?」
心臓が跳ね上がった。
『(笑)』なんて煽り混じりの記号、この異世界の人間が書けるはずがない。
さっきのボス――アルス=ノヴァは、元人間であり、自分と同じ日本からの転生者だったのだ。
驚愕に震える手で、俺はむさぼるように手記の続きを読み進めた。
桐原蓮は、十五歳の時に俺と同じく”天害級”スキル【深層化】と、いくつかのSランクスキルを授かったという。
あの最終形態の姿に、人間である頃から成ることができたのだ。地上にいた頃は、向かうところ敵なしの大無双を誇っていたに違いない。
だが――その異常な強さと異形の姿は、国家にとって『畏怖と恐怖の対象』となった。
ある日、彼は国王の命令を受け、未確認の新ダンジョンへ単騎で突入させられた。本来なら数十人規模の調査隊で初期攻略を行うのが常識であるにもかかわらず。
最初から、彼を処刑するための罠だったのだ。
『僕は未確認ダンジョン――この「深層の大迷宮」に閉じ込められた。【深層化】のスキルがあったから深層の濃厚な魔力には耐えられたけれど、スキルを解けばただの人間。MPが底をつき、ついに動けなくなった。……それが、君が玉座で見た骸骨の正体だ。この部屋にボスなんて存在しなかった。このダンジョンのクリア条件は、迷宮のゴールへ辿り着くことだけ。僕は、あと一歩のところで息絶えてしまったんだ。……僕の怨念がボスを作り出してしまったことも、謝罪させてほしい』
手記を握りしめる手に激しい力が入る。
こいつは……俺と同じだ。人間に利用され、恐れられ、騙され、暗黒の底でゴミのように切り捨てられた。
『勇敢な貴方が、国王アダムス=ユングベリを倒し、この国を変え、世界そのものを救う勇者となってくれることを祈っています』
「……は!? 『アダムス』……!?」
俺は思考をフリーズさせた。
おかしい。手記の紙質は風化し、一緒にあった金貨も歴史の資料でしか見たことがない旧式典貨だ。少なくとも数十年前に書かれたもののはず。
なのに、なぜ?
「なんで国王の名前が……今の奴と全く同じなんだ……!?」
頭の中で、すべての不気味なパズルのピースが一気に組み合わさっていく。
(……そうか。ランカーズの奴らが俺を迷宮の底へ突き落としたのも、単なる個人的な悪意や妬みだけじゃない。この国やギルド、ひいては『この世界のシステムそのもの』が、強すぎる転生者や不都合なバグ存在を嵌めて処理するようにできているからだ……!)
英雄として世界に貢献しようとした者が、最後は人々に恐れられ、裏切られ、暗闇で死んでいく。
しかも、数十年以上も同一人物として君臨し続ける国王アダムス=ユングベリ。
『深層』という未発見の領域と、それを都合のいい暗殺装置・処刑場として悪用してきた国家の闇……。
(人種を守るべき王が……裏で不老不死の力や深層の威容を貪り、英雄を殺して世界を思い通りに支配しているとしたら……?)
脳裏に猛烈な怒りと、冷徹な悟りが駆け巡る。
「ハッ……ふざけてやがる。ランカーズの小物どもを数人殺したところで……何も変わりはしない」
腐っているのは、あの裏切り者どもだけじゃない。
英雄をハメ殺し、使い捨て、平然と歪んだ支配を続けるこの国家も、この腐り切った世界そのものも――全部、根底からイカれているんだ!!
もし俺がランカーズだけに復讐して満足すれば、この先も第二、第三の桐原蓮のような犠牲者が生まれ続ける。
「桐原蓮……お前の無念、しかと受け取った」
俺は手記を胸に抱き、静かに、だが天地を揺るがすほどの決意を込めて吐き捨てた。
「同じ日本人として……そして『捕食者』として。俺を嵌めた小者どもはもちろん、英雄を殺し続けるこの国家も、その頂点に立つ偽りの王も……この俺が『捕食』して、世界ごと全部根底から叩き潰してやるよ!!!!」
俺の復讐は、個人的な怨恨を超えた。
世界の闇そのものを喰らい尽くす、反逆のダークヒーローとして――俺は暗闇に向かって踏み出した。
その頃――。
「国王陛下! ご入来!!」
ガートランド皇国の王宮。豪華絢爛な大広間に、パーティ『ランカーズ』の面々が招待されていた。
やがて、部屋の中央に鎮座する純金と宝石で装飾された玉座に、一人の男が腰を下ろした。
黒髪に、肌には脈動する赤い紋様――重厚な威厳を纏った初老の男。
「よくぞ参った、ランカーズよ。私がこのガートランド皇国国王――アダムス=ユングベリである」
「――ッ! はっ! 私、ランカーズリーダーのガルガン・ブルダと申します! 此度はお招きいただき、身に余る光栄にございます!」
圧倒的な覇気とオーラに気圧され、汗をダラダラと流しながらガルガンが最敬礼する。
「うむ。して、此度の新ダンジョンについてだが……『深層』と呼ばれる階層は存在していたかな?」
「はっ! ギルドマスターより伺っておりました特徴に一致するような階層は、一切存在しておりませんでした!」
ガルガンの答えを聞き、国王アダムスは顎髭を撫でながら、片目を不気味に細めた。
「ふむ……確かに『深層』の魔力脈動を感じたはずなのだがな……。私の勘も鈍ったかのう? ハッハッハッハッハ!」
不意に、大広間に爆音のような高笑いが響き渡る。
ランカーズの面々はあっけにとられながらも、引きつった笑みを浮かべて合わせようとした。
「は……ハハハハ……」
「貴様らァッ!!! 国王陛下に向かってその不躾な笑いは何だ!!? 不敬罪で即刻首を撥ねるぞ!!!」
近衛兵が一斉に槍を突き出し、冷酷な喝声をあげる。
「ヒィィィィィィィィィ!!? ご、ごめんなさいいぃぃぃ!!!」
恐怖のあまり、魔導士のゲステスが床に額をこすりつけて土下座した。
「……まあまあ、よいではないか。下がれ、兵たちよ」
アダムスがかるく手を振ると、殺気立っていた兵士たちが一斉に退がる。
「……それにしても『そんな階層はなかった』、か。……ふふふ、私のこの紋様の疼きは……何か別の『面白きこと』が、この世界で起きたのかのう……?」
アダムスは、肌に刻まれた赤い紋様を撫でながら、不敵な歪んだ笑みを深めた。
「愉快だわ……ハッハッハッハッハッハッハ!!!」
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