第6話:死線を穿つ爪牙と、深層の王冠
滞空するアルス=ノヴァが、翼から無数の漆黒の針を雨のように撒き散らしてくる。
「はぁッ! 【風牙】!!」
黄金の剣を一閃。発生したかまいたちの風刃が黒針を根こそぎ撃ち落とし、俺はそのまま超スピードで肉迫する。
急接近と同時に剣を突き立て、その傷口へ向けて新スキルを解き放った。
「喰らえ……【毒霧】!!」
『グウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!』
傷口から侵入した致死の毒に、痛みに耐えかねたアルス=ノヴァが狂ったように叫びをあげる。
激痛に悶えながらも次々と黒雷を乱射してくるが――俊敏20000を超える今の俺の身体には、まるで止まっているかのように遅く見えた。
「そんな攻撃じゃ、俺は捉えられないぜ……【一閃突き】!!!」
黒い雷光の隙間を軽々とすり抜け、黄金の剣先で傷口を深く抉り抜く。
『ガァァァァァァァァァァァァ!!!』
あまりの連続攻撃に耐えきれず、アルス=ノヴァの巨体がドシンと地上へ叩きつけられた。
『ナゼダ……!? ナゼ……ニンゲンガ……マモノノスキルヲ……ツカッテイルノダ……!?』
驚愕と恐怖。
本来なら存在し得ない「魔物のスキルを使う人間」の異形さに、ボスの瞳に明確な困惑が色濃く差していた。無理もない。本来なら絶対に使えるはずのない能力なのだから。
「さあな……これから死ぬお前が知ったところで、意味はないけどな!!」
間髪入れずに【蒼炎弾】を至近距離で叩き込む。青く燃え盛る爆炎が巨躯を包み込み、ボスの肉を激しく焼き尽くした。
煙が晴れていく。
翼は三本が折れ飛び、無数に蠢いていた触手も数本を残して力なく垂れ下がっている。まさに満身創痍。
『ニ……ニンゲンノミデ……ココマデツヨイトハ……。イイダロウ……キサマニハ……ワレノキュウキョクノスガタヲ……ミセテヤロウ……! オソレオノノクガイイ……!!』
アルス=ノヴァの全身が不気味な赤黒い光に包まれた。肉と骨がグチャグチャと泡立ち、泥のように混ざり合って巨大な黒い球体へと圧縮されていく。
「な……なんだ……!?」
球体はみるみる小さくなり、やがて表面にミシミシと亀裂が走り始めた。
――バキンッッッ!!
爆音とともに球体が砕け散り、中から新たな姿が現れる。
先ほどまでの巨大な異形とは打って変わり、身長二メートルほどの引き締まった人型。
だが、漆黒の肌に脈動する赤い紋様は深層種そのものだ。頭部は人間と変わらない造形だが、赤く揺らめく髪の間から二本の黒い角が天へ向かって伸びていた。
『ククク……やはりこの姿は素晴らしい。力が湧き上がってくるわ……。喜べ人間、我のこの姿を目にする人間は、貴様が初めてだ』
カタコトだった声が嘘のように、流暢な人語を紡ぎ出す。
「……へぇ、ちゃんと喋れるようになったのか。それにしてもずいぶんと小ぶりになったな。可食部が減って悲しいぜ、俺は」
『何を訳のわからぬことを……まあ良い。貴様に本当の地獄を見せてやろう!!』
言葉が終わるより早く、アルス=ノヴァが消失した。
人智を超えた超超音速の肉迫。俊敏ステータスは軽く10000を超えている。並のSランク冒険者でも、視認することすら叶わず首を跳ね飛ばされる領域だ。
普通の人類ならな。
「遅いんだよ!! 【风牙】!!」
ザシュッ!
『ぐぅぅぅぅぅぅ!? 何故だ……何故我のスピードに、人間ごときがついてこれる……!!』
「俺をそこらの人間と一緒にするなと言ったろ! 【見えざる斬撃】!!」
透明な刃が空を切り裂く。
一発、二発と反射的に回避したボスだったが、三発目の不可視の刃がその左腕を肩口から叩き切った。
『ぐぉぉぉぉぉぉぉ!! ありえぬ……ありえてはならぬのだ、こんなことがぁぁぁぁぁぁ!!』
アルス=ノヴァが絶叫する。
たったひとりの人間にここまで追い詰められる屈辱。なぜこれほどの力がある? なぜ我が届かぬ!?
思考をいくら巡らせても、答えなど出るはずもなかった。
『我が人間に敗れるなど……絶対にあり得ぬのだぁぁぁぁ!!』
空間が歪み、ボスの手元に漆黒の禍々しい大剣が実体化する。
俺は黄金の剣を構え、正面からその一撃を受け止めた。
――ガキンッッッ!!!!
凄まじい金属音が響き渡り、火花が散る。剣の質は互角。
「な……なんだその剣、カッコいいな! お前を喰えば俺もそれが使えるのか!?」
打ち合いは加速する。片腕を失いながらも、ボスの剣撃は先ほどを遥かに上回る重さと速さで俺を襲う。
「くっ……負けるかよ……!! うぉぉぉぉぉ!!」
【風牙】と【一閃突き】を織り交ぜ、激しい鍔迫り合いを繰り広げる。
互いの斬撃が激突し続ける中――ついに、片腕を失っていたボスの体勢がわずかに流れた。ほんの一瞬の隙。
「今だ!!! 【星砕き】――旋風切りぃぃぃぃ!!!!」
渾身の奥義を叩き込む。防御姿勢すら間に合わない。
ズドォォォォォォォォォォン!!!!
大聖堂の床タイルが爆破されたように吹き飛び、最大火力の衝撃波がアルス=ノヴァの体を完全に粉砕した。
「ハァ……ハァ……よし……! この領域の相手でも、勝てる……勝てるぞ俺は……!!」
肩で息を吐きながら、勝利の味を噛み締める。
ボスの死骸を確認しようと振り返った――その時だった。
『グガァァァァァァァァァァァァ!!!』
崩れ去ったボスの肉体から、これまで取り込まれていた膨大な数の深層種が一斉に溢れ出し、部屋を埋め尽くしていった。
「ちっ……めんどくさいな。まとめて消し去ってやるよ。見せてやる……範囲殲滅の極みを! 【流星群】!!!!」
剣を掲げると、天井を突き破って無数の巨大な隕石群が降り注いだ。
ドババババババッ!!!
圧倒的な破壊の雨が部屋全体を打ち据え、群がる魔物たちを塵一つ残さず消失させる。
「死骸すら残らないからこのスキルはあまり使いたくないんだがな……。さて、ボスの死骸は残ってるか? ……お、腕が落ちてたな」
切り落としたアルス=ノヴァの漆黒の腕を拾い上げ、俺は迷わず噛みついた。
『【アルス=ノヴァ・深層】を捕食』
『大量の経験値を獲得』
『スキル【黒雷】【深層化】【空間魔法】を獲得しました』
「よし……凄そうなスキルを一度に三つも手に入れたぞ」
転がっているボスの持っていた漆黒の剣に意識を向け、【鑑定】を透過させる。
【冥王の凶剣】
装備条件:筋力 3000 以上
ステータス補正:筋力 +2500 / 魔力 +1000
固有スキル:【冥王の呪い】(人種への与ダメージ+200% / その他へ+80% ※この効果は消去されない)
「人間への特攻……だからあんなに重く感じたのか。凶悪な武器だが……俺の復讐にはお誂え向きだ」
新得した【空間魔法】を発動し、二本の神級武具を亜空間ストレージへ収納する。
そして、ボスの倒れた奥に出現していた巨大な宝箱へ歩み寄った。
「宝箱か。何が入ってる……?」
解錠すると、禍々しくも美しい三つの防具が収められていた。
【深層の胸当て】
装備条件:【深層】と名付いた者のみ装備可
ステータス補正:防御 +1500 / 魔防 +2000
特殊効果:深層種からの全被ダメージを無効化
【深層のブーツ】
装備条件:【深層】と名付いた者のみ装備可
ステータス補正:防御 +1000 / 俊敏 +1500
特殊効果:ダンジョン内のあらゆる壁面・天井を走行可能
【深層王のマント】
装備条件:【深層】と名付いた者のみ装備可
ステータス補正:防御 +2000 / 魔防 +2000
特殊効果:装備中、常時スキル【透明化】を獲得
「どれも規格外の性能だな……。だが『深層と名付いた者』か。……そういえば、覚醒してから自分の顔を一度も見てなかったな」
水魔法で足元に小さな水たまりを作り、己の顔を映し出す。
「な……なんだこれ……!?」
かつて神童と呼ばれた眩い金髪は、夜の闇のような漆黒に染まり、赤のメッシュが不気味に揺らめいている。
そして――左目から左頬にかけて、深層種と同じ血のような赤い紋様が鮮烈に浮き上がっていた。
「俺自身も……『深層種』に変わっちまったっていうのか……!?」
前人未踏の最深層。
人間を捨て、異形の王として覚醒した俺は、水面に映る禍々しい己の顔を見つめながら、静かに、そして凶暴に口角を吊り上げた。




