第5話:深層の覇者と、測定不能の魔神
どれくらいの時間が経っただろうか。
気づけば、俺の周囲には山のような魔物の死骸が築かれていた。
『【ストームウルフ・深層】を捕食。スキル【風牙】を獲得』
『【ユニコーン・深層】を捕食。スキル【一閃突き】【一角獣の後光】を獲得』
『【ポイズンスコーピオン・深層】を捕食。スキル【毒霧】【毒針】を獲得』
『【キャットメイジ・深層】を捕食。スキル【魔力暴走】【鑑定】を獲得』
『※一定数の深層種を捕食。獲得経験値およびステータス増加量が上方補正されます』
頭の中に冷たく流れるシステムアナウンスを無視し、俺はひたすら肉を貪り続けた。
飢えた野獣のように。ただ、腹の底から湧き上がる底なしの食欲に従って。
「……うぐっ……はぁ、はぁ……。不味い……なんだよこれ……」
口の中に広がるのは、腐敗したドブ水と酸が混ざり合ったような、気味の悪い風味。
正気なら一口で吐き捨てるレベルの不快感に、強い吐き気がこみ上げる。
「くそっ……日頃からこんなもの食ってたら、味覚がイカれちまう……。だが、弱音なんて吐いてられるか。俺は……あいつらを全員殺すまで、感情を殺すんだ……!」
喉まで上がってきた酸っぱい吐瀉物を、力任せに胃袋へ押し戻す。
口元を乱暴に袖で拭い、俺は新スキル【鑑定】を発動して己のステータスを展開した。
【リンド・アルターヤ・深層】
Lv:378
HP:94686 / MP:71933
筋力:14889 / 魔力:13558 / 防御:9968 / 魔防:10084 / 俊敏:20148 / 運:100
獲得スキル:【捕食】【星砕き】【流星群】【蒼炎弾】【自動回復】【全属性耐性】【深層耐性】【見えざる斬撃】【咆哮】【風牙】【一閃突き】【毒霧】【毒針】【魔力暴走】【鑑定】
気づけば、次元の違う領域までステータスが跳ね上がっていた。
そして、喰らった魔物たちと同じく、俺の名前の末尾には『深層』という禍々しい二文字が刻み込まれている。
「名前まで魔物扱いかよ……。まあ、これだけ異形の生肉を喰らい続ければそうもなるか」
自嘲気味に笑うが、それ以上に目を引いたのは獲得したスキルの数々だ。
本来なら人間が得られるはずのない魔物の固有能力。中でも、人種基準で言えばSSランク魔法にすら匹敵する【星砕き】と【流星群】の存在感は圧倒的だった。最上級魔法すら「おままごと」に見えてしまうほどの破壊力。今の俺の筋力と魔力から放てば、文字通り天地を揺るがす領域にある。
(高威力のスキルを使って分かったが……人間のスキルと違って、魔物のスキルは基本的にMPを消費するな)
たとえば【蒼炎弾】は一発でMP120を消費する。だが、その威力を考えれば安すぎるコストだ。火属性最上級魔法『インフェルノ』の倍以上の火力を誇るうえ、今の俺のMP量なら枯渇することなどまずあり得ない。
一方で【自動回復】のようにMPを一切消費せず、毎秒HPを200ずつ回復し続けるようなチート性能のものもある。
(それに、この深層の魔物たち……)
漆黒の皮膚や毛並みに、脈動する赤い紋様。元となった魔物の数十倍の凶暴性と強さを誇る未発見の『深層種』。
俺は手にした武具――あの黄金の剣に意識を向け、【鑑定】を透過させた。
【黄金龍の煌剣】
装備条件:筋力 3000 以上
ステータス補正:筋力 +2500 / 俊敏 +1000
固有スキル:【黄金の輝き】(龍種への与ダメージ+200% / その他へ+80% ※この効果は消去されない)
「筋力3000以上……? トップレベルのSランク冒険者だって、筋力1000に届くかどうかだぞ。最初から人間に装備させる気がないロストテクノロジーか」
俺のようなバグ存在でなければ、生涯扱える者などいなかっただろう。
あらためてステータス欄の頂点に君臨する【捕食】――”天害級”という都市伝説レベルのランクを冠する能力を凝視する。
(奴らに……この理不尽な世界に、必ず復讐してやる)
腹を括り、周囲を見渡した。
「さて……外へ出るとするか。とは言っても、どうやって上へ戻ればいいんだ?」
穴に落ちてきた感覚からして、ここはダンジョンの最下層だ。俺は感覚だけを頼りに、薄暗い通路の奥へと進んだ。
どれほど歩いたろうか。
やがて通路の行き止まりに、魔王城の城門を彷彿とさせる禍々しい巨大な重鉄扉が現れた。
「これは……ダンジョンボスの部屋か?」
ダンジョンボスとの戦闘経験はある。パーティ『ランカーズ』にいた頃は、後半は荷物持ちとして後ろで見ているだけだったが。
だが、これほど圧迫感のあるボス扉は見たことがない。
「以前の俺なら、立ちすくんでいただろうな。……だが、今は違う」
俺は躊躇なく、その巨大な扉を力任せに押し開けた。
内部は広大な大聖堂のような構造になっており、最奥には禍々しい彫刻が施された玉座が鎮座していた。そしてそこに、一筋の影。
「てめぇがダンジョンボスか。……人間ってわけじゃないよな。姿を現せ!」
俺が叫ぶと、玉座の影がカタカタと乾いた音を立てて蠢き始めた。
「な……骸骨かよ!?」
豪華絢爛な王衣を纏っていたのは、一体の白骨死体だった。
次の瞬間、骸骨がふわりと空中に浮遊する。と同時に――部屋のあらゆる影から、大量の深層種が湧き出してきた。
俺が身構えた瞬間、魔物たちは俺に牙を剥くのではなく、宙に浮く骸骨へと吸い寄せられていく。
肉と骨がグチャグチャと嫌な音を立てて一つに合体し、やがて異形の巨躯へと変貌を遂げた。
上半身は青白い人間の男。だが、下半身は巨大な『顎』そのものと化しており、その下から太い六本の脚と、無数の触手が蠢いている。
『ワガ……ネムリヲ……サマタゲル……オロカナ……ニンゲンヨ……。キサマニハ……フサワシイ……シヲ……クレテヤロウ……』
魔物が、明確な意志を持って人間の言葉を発した。
鳥型の魔物が人語を真似るのとは訳が違う。知性を備えた怪物。
「……【鑑定】!」
【アルス=ノヴァ】
推奨レベル:測定不能
「推奨レベル、測定不能……? そんなふざけた表記があるのかよ」
間違いなく、このダンジョンの最奥に君臨するバケモノだ。だが――今の俺の敵ではない。
「正直あまり美味くなさそうだが……お前も俺の血肉にしてやるよ!」
手減減など微塵も考える必要はない。初手から全力だ。
俺は踏み込みざま、挨拶代わりに【蒼炎弾】を二連発で叩き込んだ。
ドドォンッ!!!!
青い炎の爆風がアルス=ノヴァの巨躯を焼き、大きく体勢を崩す。
その隙を逃さず、俺は六本の脚へ向けて【見えざる斬撃】を放った。
ズババババッ!!
衝撃波が一瞬で六本の脚をまとめて切断し、アルス=ノヴァの巨体が床へと崩れ落ちる。
「なんだ、見かけ倒しか……? ――いや!」
直感に従ってその場をバックステップで跳躍する。
直後、俺がいた床へ、音を置き去りにした速度で無数の触手が突き刺さった。激しい衝撃で石畳が粉々に砕け散る。
「まあ、そう簡単に終わるわけないよな。ここで死なれたら張り合いがない」
『ナメルナ……ニンゲンフゼイガァァァァァァァァァ!!』
アルス=ノヴァが激高の咆哮をあげる。
次の瞬間、その背から突如として六枚の禍々しい漆黒の翼が生え揃い、巨体がふわりと宙へ浮かび上がった。
「第二形態ってわけか……いいぜ、最高の経験値になってくれそうだ!」
滞空したアルス=ノヴァが腕を掲げると、その頭上に禍々しい黒い雷光が収束していく。
一瞬の溜めののち、超スピードで俺に向かって放たれた。
「……ッ!? 黒い雷……!?」
通常の雷魔法を遥かに凌駕する速度と圧。回避は不可能。
「普通の人間なら、影も残らず蒸発してるな……! ――【星砕き】!!」
俺は黄金の剣を両手で構え、正面から黒い雷光に向かって一閃を叩き込んだ。
ガァァァァァンッ!!!!
天地を揺るがす衝撃音とともに、黒雷が粉々に爆砕され、霧となって霧散する。
『ナ……ナンダト……!? ワガ……シレイノ・ライコウヲ……!?』
絶対の攻撃をあっけなく打ち消され、驚愕に身を震わせるボス。
俺は黄金の剣を肩に担ぎ、黒髪に赤いメッシュの混ざった髪を揺らしながら、邪悪な笑みを浮かべた。
「特別に見せてやるよ……新生した俺の力をな……!!」




