第65話:要塞突破と凶報
漆黒の魔導鉱石で築かれた要塞都市『エル・ストラード』。
雲を突く巨大な外壁からは無数の防衛砲台が突き出し、空気を震わせるほどの重厚な防御結界が街全体を覆い尽くしていた。
「……すごい圧迫感。王都の城塞都市なんて比べものにならないよ……」
要塞を遠巻きに見上げるアイリスがゴクリと唾を呑む。
「ガハハ! だが結界がどれほど頑丈だろうと、今のリンド様なら一捻りでしょう!」
「……油断はできない。アダムスは追い詰められている分、何をしてくるか分からないからね」
短剣の柄を固く握りしめるエルニャ。四人は街道の物陰に潜みながら、要塞の正門へと視線を向けた。
「ああ、真っ向勝負で門を破る必要はない。【クロノス】を手に入れた今なら、攻め込み方はいくらでもある」
リンドは静かに瞳を閉じ、体内に宿る新たな力――【時間操作】と【神域】を同調させた。
(数秒間……要塞の防衛結界と見張りの時間だけを『固定』する)
――カチッ。
世界から音が消える。
要塞の巨大な門、巡回する兵士たち、結界の魔力光までもが完全な静寂の中にフリーズした。
「行こう」
静止した世界の中を、リンドたちは何のリスクもなく悠々と通過し、要塞都市の内部へと一気に侵入を果たす。
――カチッ。
時が動き出した時には、四人は既に要塞の広大な内郭へと足を踏み入れていた。見張りや防衛網は、何が起きたのかすら気づいていない。
「すごい……! あの鉄壁の要塞を、傷一つ負わずに突破できちゃうなんて……!」
「フフ、これがリンドの新しい力だもんね!」
感嘆の声を上げるアイリスとエルニャ。しかし、要塞の最深部――中央の巨大な王城を見上げるリンドの表情は、どこまでも険しかった。
(……変だ。胸のざわつきが収まらない)
エノキダという最後の【五角】を喰らい、アダムスの手札は全て尽きたはずだった。
なのに、この城の奥底から伝わってくるのは、今までのどの【五角】とも違う――狂気と死を孕んだ、禍々しすぎる異質な魔圧。
「みんな、気を引き締めろ。……アダムスの奴、何か『余計なモノ』を掘り出しやがったかもしれない」
漆黒の爪を鋭く研ぎ澄ませ、リンドは王城へと伸びる大階段を静かに登り始める。
最奥で待ち受ける、魔王と化した「もう一人の深層の王」との決戦の刻が、刻一刻と近づいていた――。
大理石の重厚な扉を吹き飛ばし、リンドたちは要塞最深部の玉座の間へと足を踏み入れた。
「アダムス……年貢の納め時だ」
リンドの冷徹な声が響く。しかし、豪華な玉座の前に立っていたのは、怯える国王ではなく――ヘラヘラとした笑みを浮かべた男、シュウだった。
「やあやあ、いらっしゃい山城クン。……いや、ここではリンドって呼んだほうがいいのかな??」
「シュウ……!?貴様、何を企んでいる。」
「アハハ! 企むなんて滅相もない! たださ、最高の舞台を用意してあげようと思ってね!こんな狭苦しい城の中で決戦なんて、なんだか味気なくない?」
シュウが狂気的な笑みを浮かべてパチンと指を鳴らした瞬間――。
ズザザザザザザザッ――――ッ!!
リンドたちの足元の空間が広範囲に渡って激しくひび割れ、視界全体が眩い紫光に包まれた。空間転移術式。抵抗する隙すら与えられず、四人の視界が一瞬で書き換わる。
転移された先は、要塞都市の外に広がる――見渡す限りの荒涼とした大平原だった。
「ここは……要塞の外の平原……!?」
警戒して武器を構えるアイリス。その視線の先、高台となった岩場の上に、冷や汗を流しながら杖を突き立てる国王アダムスの姿があった。
「フ……フハハハッ! 逃げ場のない広大な平原へと誘い出してやったぞ、害虫どもめッ!!」
アダムスは狂ったように叫び、持っていた宝杖を大平原の地面へと全力で突き刺した。
「....アダムスぅぅぅ!!!!」
「貴様らはここで終わりだ!出よ! 地の底に蠢く我が忠実なる兵どもよッ!! 【深層召喚】――ッ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
地鳴りのような咆哮と共に、大平原の地面が無数に破裂した。
穴から這い出てきたのは、通常の個体を遥かに凌駕する禍々しい魔力を纏った【深層化】した魔物の大群勢。十、百、千……いや、数えきれないほどの黒い魔物の波が、地平線の果てまで平原を埋め尽くしていく!
「な……なにこれ……!? 魔物の数が……多すぎる……ッ!?」
アイリスが息を呑み、ダイダラとエルニャも圧倒的な軍勢の数に息を詰める。
「ガハハハハッ! 見よ、これぞ【深層】の資源を独占した余の真の力ッ! 押し潰してくれるわッ!!」
高笑いするアダムス。しかし、リンドの視線は無数の魔物の軍勢など見ていなかった。
無数の魔物たちの遥か後方――。
その軍勢を従えるかのように、腕を組んで静かに佇む一人の影。
異形の角を生やし、魔王のごとき禍々しい気圧を放つ【超深層化】した存在――桐原蓮。
「来たか、リンド……。この圧倒的な暴力の中で……貴様を喰らい、僕が真の王となる」
地平線を埋め尽くす魔物の大軍勢と、その背後に君臨するもう一人の【深層の王】。
広大な平原を舞台に、世界の運命を賭けた最終決戦の火蓋が、ついに切って落とされた――!




