第64話:遺志を継ぐ顎と要塞の影
静寂が街道を包み込む。
膝をつき、最期に穏やかな微風のような笑みを浮かべて息絶えたカルマルド・エノキダ。
リンドは静かにその死体へと歩み寄り、手を伸ばす。
「あんたの無念と、その血脈……確かに俺が引き継ぐ」
「【捕食】――ッ!!」
ゴォォォォォォォォッ!!
【五角】最強の人間、そして過去の転生者の血を引く男の生命力と、理不尽なる時間のチート因子がリンドの体内に流れ込んでいく。
『個体名:カルマルド・エノキダの【捕食】を完了』
『固有スキル【時間操作】を獲得』
『※【神域】との統合により、局所的な時間干渉・停止の効率が大幅に上昇しました』
ドクンッ……ッ!!
全身の細胞が歓喜に震え、脈打つ。
【神域】に続き、双子の【風化・腐敗】、そしてエノキダの【時間操作】。
リンドという存在のスペックは、もはや世界の理そのものを書き換える領域へと到達していた。
「リンド……っ!!」
魔力の暴走が収まると同時に、アイリスが耐えかねたように駆け寄り、リンドの胸へと飛び込んできた。
「無事で……無事でよかった……! 戻ってきてくれて、ありがとう……ッ!」
「……ああ。お前たちが持ちこたえてくれたおかげだ。アイリス、ダイダラ、エルニャ……よくやったな」
「リンド様にお褒めいただけるとは光栄の極み! ですが、アイリスのあの決死の作戦とエルニャの動きがなければ、危ないところでしたぞ!」
「ん……みんなで、勝った……!」
互いの健闘を称え合い、ボロボロになりながらも笑い合う四人。
リンドの不在を埋め、力を合わせて最強の【五角】を打ち破った経験は、三人の絆と強さをより強固なものへと昇華させていた。
「よし……回復魔術で傷を癒やしたら、一気に向かうぞ」
リンドは視線を上げる。街道の遥か先、雲を突く山脈の合間に見えてきたのは、漆黒の魔導鉱石で覆われた無骨極まりない建造物――。
国王アダムスが逃げ込み、最後の防衛線を敷く絶対不可侵の戦場。
要塞都市『エル・ストラード』。
「アダムス……最後の【五角】も潰した。お前の手札はもう無いぞ」
カガヤの遺志を抱き、エノキダの母への誓いを胸に秘め、リンドたちはついに最後の決戦の地へと足を踏み入れるのだった――。
【要塞都市エル・ストラード・玉座の間】
「どういうことなのだ……!!」
重厚な要塞の最深部。豪奢な絨毯の上に、国王アダムス・ユングベリは惨めに這いつくばっていた。
手に持った魔導通信器からは、ノイズと共に『カルマルド・エノキダの生命反応消失』という残酷な事実が告げられている。
「エノキダまで破られたというのか……!? 最強の【五角】だぞ!? 【クロノス】を持つあ奴まで……ッ!!」
血の気を失い、ガタガタと歯の根を鳴らすアダムス。
ダンジョン資源の独占、世界を握るはずだった【深層】の力。そのすべてを支えていた最強の暴力【五角】は、今や一人の『害虫』によって完全に全滅させられたのだ。
「何が国王だ……! 何がウルドの主だッ!! これでは……これでは余が追い詰められているではないかッ!!」
爪を噛み、錯乱状態で叫び散らすアダムス。
その哀れな醜態を、暗がりから見下ろす二つの影があった。
「相変わらず見苦しいな、アダムス。小物が王の真似事をするからそうなる」
静寂を破って歩み出たのは、冷ややかな漆黒の瞳を持つ青年――桐原蓮。
「き、貴様……桐原……ッ!?お前は死んだはず....!」
アダムスが息をのむ。桐原は、リンドと同じくダンジョンの最奥で【深層】を使い、過去に処刑したはずの存在だった。それが今、目の前に立っている。
「……勘違いするなよ、アダムス。僕がお前を助けてやるわけじゃない。僕の目的は、神域の領域に達したあの男――リンドをここで喰らい、俺が唯一無二の『真の王』になることだ」
桐原の背後に、ぬっと影が差す。
一切の感情を見せないヘラヘラ顔で、ぬかるんだ殺気を放つ男――シュウ。
「シュウ……貴様もか……!」
「フフフ....そう殺気立たないでよ国王サマ。」
シュウは笑いながらアダムスの顔を覗き込む。
「この桐原クンが新【五角】にして、史上最高傑作なんだよ!!ほら、桐原クン!!見せてあげてよ!アハハハハハ!!」
「【超深層化】...!!ハァァァァァァ!!」
桐原が異形へと成る。その姿はまるでおとぎ話に出てくる”魔王”を彷彿とさせるような....まさに【深層の王】を名乗るにふさわしい禍々しい姿だった。
「ふ……ふはは……! そうか……! 新たなる【五角】……! 深層の王がいれば、どんな者だろうと恐れるに足らんッ!!」
桐原蓮とシュウ。
【五角】の全滅によって絶望の淵にいたアダムスは、狂気に満ちた歪んだ笑顔を取り戻す。
要塞都市エル・ストラードの最奥で、リンドを待ち受けるのは、同じく神の領域へと至った「もう一人の転生者」――。




