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第59話:停止する世界と真面目なる試練


――カチッ。


世界の全てから音が消えた。

風にたなびく砂埃も、流れる雲も、荒涼とした世界そのものが完全な静寂の中にフリーズする。

そして次の瞬間――。


「ガハッ……!?」


「きゃああああっ!?」


ドカァァァンッ!!と凄まじい衝撃音が弾け、リンド、アイリス、ダイダラ、エルニャの四人が同時に激しい吐血と共に吹き飛ばされた。

何が起きたのかすら分からない。気づいた時には全身に深い斬撃を刻まれ、地面を転がっていた。


「くっ……ハァ……ハァ……ッ! 今……何が起きた……!?」


血を吐きながら立ち上がろうとするリンド。

その目前に、いつの間にかエノキダが静かに佇んでいた。軍刀の刃からは血が滴り落ちている。


「怪我の浅い者から始末しようとしたが……【神域】とやらの魔力皮膜か。よく耐えたな」


エノキダは眉一つ動かさず、軍刀をぬぐうと恭しく口を開いた。


「疑問に思っているようなので説明しよう。我が固有ユニークスキルは【時間操作(クロノス)】。このスキルの発動中、世界におけるすべての時間と運動は完全に停止する。制限時間や使用回数の上限は存在しない」


「な……ッ!? ぜ、制限なしの……時止め……!?」


アイリスが戦慄の声を上げる。

エノキダは淡々と、あまりにも丁寧に解説を続けた。


「左様。止められた時間の中で動けるのは私のみ。防御も、回避も、魔力障壁の展開すら停止した状態の貴様たちには意味をなさない。無防備な肉体を刻むだけの単純作業だ」


(……真面目すぎて全部自分の手札を喋りやがる! だが、だからこそ絶望的だ……ッ!)


リンドの脳内が高速で回転する。

無制限の時止め。発動されたら最後、抵抗すら許されず一方的に殺される。


(時間を止められた後に対応するのは不可能だ……なら、止まる『前』に仕掛けるしかない……!)


「【死霊召喚】ッ!! 影の領域を広げろッ!!」


リンドが影を広げ、範囲内の空間全体に【捕食】と【完全風化】の魔力網を張り巡らせようとした――その瞬間。


――カチッ。


「ぐはぁっ……!!」


視界が暗転し、次の瞬間にはリンドの腹部へエノキダの凄まじい蹴り込みが入っていた。技の起点すら作らせてもらえない。


「無駄だ。私が見切り、思考した瞬間に時間は止まる。発動の予兆を感知して先手を打つことなど……不可能なのだから」


「ガハッ……ハァ……ッ……!!」


何度やられても、発動の瞬間すら捉えられない【時間操作(クロノス)】。

全身血まみれになりながら地を這うリンドの脳内に、猛烈な『違和感』が渦巻いていた。


(……おかしい。何かがおかしい……!)


無制限に時間を止められ、無防備な相手を一方的に攻撃できる。エノキダの真面目な性格なら、王の命に従って一瞬で全員の首を刎ねて終わらせているはずだ。

なのに、先ほどから喰らっているのは深い打撃や浅い斬撃ばかり。なぜ止めを刺さない……いや、刺せないのか……!?


(そうか……! 時間が停止している間、世界のすべての物質は『固定』される。肉体も例外じゃない……! 停止中にどんな強い威力を叩き込んでも、表層を傷つけるのが限界で、即死級の致命傷までは通らないんだ……ッ!)


エノキダが言わなかった、スキルの唯一にして最大の欠陥。

エノキダ自身もそれを理解しているからこそ、時間を解除した瞬間にダメージがまとめて弾けるよう、何度も浅い攻撃を叩き込んで磨耗させていたのだ。


「……何かを察したような顔だな。だが、理解したところで状況は変わらん」


エノキダが静かに軍刀を構え直す。


「無駄だ。止めが刺せなくとも、時間を止め続けて削り続ければ、いずれ貴様たちの命は尽きる」


「ハッ……言わなかったな、エノキダ。だが、破り方は分かったぞ」


リンドはニヤリと血に塗れた口角を上げた。


「時間を止められて対処できないなら……こっちも止めればいい」


「……何?」


リンドが解き放ったのは、カガヤから喰らい、体内で統合した【神域の魔術】。

世界の理そのものに干渉し、書き換える究極の術式。


「広範囲で無制限の時止めはお前の勝ちだ。だが……『この数メートルの空間だけ』なら、俺のスキルで時間を固定できる……ッ!!」


俺は【神速】で【時間操作】を使われる前に5Mギリギリまで近づく。


「届け!【時間停止】――ッ!!」


――カチッ。


エノキダが【クロノス】を発動させた瞬間、リンドの足元から広がった白銀の絶対領域が、エノキダの停止空間と正面から激突した!

世界全体は止まっている。しかし、リンドを中心とした半径5メートルの超局所的な空間だけは、リンドの【時間停止】によって時止めが『相殺』され、動くことが許されていた!


「な……ッ!? 私の【クロノス】の中で……動いているだと……!?」


初めてエノキダの表情に、驚愕の亀裂が走る。


「範囲を絞った俺の時止めなら……『止め』まで刺せるんだよッ!!」


時が止まった白銀の世界の中、リンドの漆黒の爪がエノキダの胸元へと一直線に肉薄する――!

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