第60話:孤立する戦場と多次元の牢獄
「範囲を絞った俺の時止めなら……『止め』まで刺せるんだよッ!!」
白銀の停止世界の中、リンドの漆黒の爪がエノキダの胸元へと一直線に肉薄する――!
誰もがリンドの勝利を確信した、その瞬間。
「……見事だ。私の【クロノス】をそのように破るとはな」
エノキダの瞳に焦りはなかった。彼は静かに、もう一つの固有スキルを解き放つ。
「だが……私にはもう一つ、父から受け継いだ力がある。――スキル【多次元牢獄(次元封印)】」
「なに……っ!?」
ズザザザザザザザッ――――ッ!!
リンドの目の前の空間がガラスのようにひび割れ、禍々しい次元の裂け目が口を開けた。
圧倒的な吸引力がリンドを飲み込もうと引きずり込む!
「くそっ……! 空間干渉の術式かッ!?」
「その牢獄は次元の狭間。いかに【神域】を操ろうと、内部から破り出るには相応の時間を要する。……しばし、そこで頭を冷やしていてもらおう」
「クソがぁぁーーーッ!!」
次元の裂け目へと引きずり込まれていくリンド。様々なスキルを使ってみるものの転生者のユニークスキルには敵わず、暗黒の亀裂はパチンッ!と音を立てて修復され、完全に閉じられた。
――世界に、時止めの『静止』が解除される。
「ハァ……ハァ……ッ! なんだ...!?リンド様が……消えた……!?」
「そんな……リンド……!?」
リンドという絶対的な大黒柱を失い、呆然と立ち尽くすアイリス、ダイダラ、エルニャ。
その目の前に、軍刀を下げたエノキダが静かに歩み寄ってくる。
「……害虫の頭は塞いだ。残るは貴様たち三人だ」
――カチッ。
世界が静止し、そして解除された瞬間。
「ガハッ……!?」
「グオオオッ……!」
ダイダラとエルニャの巨体と身体が同時に血飛沫を上げ、地面へと激しく叩きつけられた。
「ダイダラ! エルニャ!」
アイリスが悲痛な叫びを上げる。
リンドを【多次元牢獄】に閉じ込め、残された三人へと向けられたエノキダの無慈悲な攻勢。時を止める術を持たない三人は、何が起きたかも分からないまま一方的に全身を切り刻まれていた。
(ダメ……! 時を止められたら、私たちじゃ防御も回避も一切できない……!)
絶望に呑まれそうになるアイリス。だが、彼女は崩れ落ちる二人を見て、ある違和感に気づいた。
(……待って。なんで二人は『死んでいない』の……!?)
【五角】最強の男が、無防備な三人を相手に手加減などするはずがない。なのに、叩き込まれている攻撃はどれも即死に至らない浅い傷ばかりだ。
(そうか……! 時間が止まっている間は、世界の理そのものが固定される……! どんな強力な攻撃も、時が止まっている間は『致命傷』にならないんだ……ッ!)
エノキダの弱点を見抜いたアイリス。しかし、見抜いたところで対策があるわけではない。
リンドのように局所的な時止め空間を展開する術式など、今のアイリスには使えないのだ。
「ガハッ……! まだだ……リンド様が戻られるまで……俺たちが倒れるわけにはいかん……ッ!」
ボロボロになりながら立ち上がるダイダラ。エノキダは眉一つ動かさず、再び【クロノス】を発動させる。
――カチッ。
止まった世界。エノキダが軍刀を振り下ろす。
しかし――その瞬間、彼の刀はエルニャの残像を空斬りした。
「……何!?」
時が動き出した瞬間、エルニャの姿はエノキダの背後に跳んでいた。
「ハァ……ハァ……ッ……! なんか……わかるの……ッ!」
野生の超直感。エルニャは思考ではなく、生き物としての本能で「空間の揺らぎ(時止め発動の瞬間)」を察知し、止まる直前に肉体の限界を超えた超高速移動を行うことで、停止世界の中に『残像』を残して回避し始めていたのだ。
「馬鹿な……人間が感性だけで私の【クロノス】の先手を取るなど……!」
初めて動揺を見せるエノキダ。
そして、エルニャが残した『残像』と、エノキダの「時止め中は致命傷が入らない」という二つの要素が、アイリスの頭の中で一つの奇跡的な作戦として結びついた。
(……勝てる。リンドがいなくても……この三人なら、エノキダを倒せる……っ!!)
アイリスの瞳に、覚悟と智謀の光が宿る。




