第57話:決戦前の湯煙と豪肉
北の極寒地帯を抜け、王都へと続く街道の途中にある交易都市『ローゼン』。
久々の温暖な気候と賑やかな街並みに、激闘続きだったリンドたちの肩の力が一気に抜けた。
「ふはぁぁぁぁ……! 生き返るぅぅぅ……っ!!」
老舗旅館の大浴場。湯船に肩まで浸かったアイリスとエルニャが、とろけたような声を上げる。
「氷の洞窟に雪山に……本当に死ぬかと思ったよ……」
「ほんとそれ……リンドのスパルタ特訓といい、あの大移動といい、女子の肌に悪すぎるってば……」
浮き球をぷかぷか浮かべながら、女子二人は久々の温もりに幸福感を噛みしめていた。
一方、男湯。
「……ふぅ」
湯船の縁に腕をかけ、リンドは天井を見上げていた。
双子を【捕食】したことで体内に宿った【完全風化】と【完全腐敗】の魔力。試しに湯船に浮かぶ湯垢に意識を向けると、一瞬で分子レベルで風化して湯が透き通る。
(……うん、便利だが風呂場で使う能力じゃないな)
「ガハハハ! リンド様、何やら物思いに耽っておられますな!」
ドッパーンッ!!と豪快な音を立てて男湯に入ってきたのはダイダラだ。
「おいダイダラ、湯を撒き散らすな……って、お前それ何だ?」
ダイダラの肩には、なんと『茹で上がった巨大な魔導タコ』が丸ごと一匹乗っていた。
「ガハハ! 旅の途中で獲れた『極上デビルオクトパス』にございます! 湯船の熱でちょうどいい塩梅に茹で上がりましたぞ! ささ、リンド様も一口!」
「風呂場でタコ食う奴があるか! 捕食するぞ!?」
「ガハハ! 召し上がれっ!」
思えばダイダラ、こいつもであった頃はほとんど喋らない仁王像のような男だったが、旅の中で感情を芽生えさせたなと思う。特にサウスとの出会いがいい刺激だったかな。
こういうやつらが理不尽に淘汰されるこの国はやはり異常だ。俺は改めてこの復讐を必ず成し遂げると誓い、風呂を上がった。
湯上がりの大広間では、豪華な宴会が始まっていた。
テーブルに並ぶのは、名物の霜降り極上肉のステーキに、新鮮な海の幸、そしてキンキンに冷えた果実酒。
「むぐむぐ……んっ! このお肉....柔らかくて美味しい....!」
「こっちの魚もたまらんっ! リンド、あーんしてあげる!」
「自分で食える。……まあ、うまいがな」
豪快に肉を喰らうダイダラ、酔っ払ってリンドに絡むアイリス、小さい口で一生懸命ご飯を頬張るエルニャ。カガヤを失った悲しみや【五角】との死闘の緊張感が、温かい食事と仲間の笑顔によって少しずつ癒やされていく。
(守らなきゃな……この場所も、この日常も)
果実酒を一口煽り、リンドは柔らかく微笑んだ。
激戦の合間に訪れた、束の間の平和。英気を養った四人は、明日からの最終決戦に向けて、静かに盃を交わすのだった――。




