第51話:神域の夢とふたつの禁忌
極寒のオアシスに建つカガヤの屋敷にて、地獄のような修行が始まってから数日が経過していた。
「――違うッ! 魔力を『練る』のではない、『空間そのものに馴染ませる』のじゃ!」
カガヤの怒号が屋敷の庭に響き渡る。
リンドは全身から汗を吹き出させ、荒い息を吐きながら手中に展開した魔力の球体を見つめていた。カガヤが教える【禁忌の魔術】は、従来の攻撃魔法や強化魔法とは根本から異なる。
属性や威力を求めるのではなく、世界を構成する「理」そのものを歪め、書き換える領域の術法。
「くっ……魔力の波長を……空間の歪みに合わせる……!」
「そうだリンド! 己の魔力を世界の欠片と誤認させよ!」
リンドの指先から放たれた極小の魔力弾。それが空間に接触した瞬間――音もなく周囲の空間がぐにゃりと歪み、数メートル先の巨岩が何の前触れもなく二つに切断されて消滅した。
「ハァ……ハァ……! これが……空間干渉の魔術……!」
「ほお、数日でここまで形にしてみせるとはな。体内に莫大な【深層】の魔力を秘めていればこその力じゃが……お主の素質も恐ろしいわい」
カガヤは満足そうに顎髭を撫でた。
庭の隅では、アイリスもカガヤから授かった古文書を手に、自らの氷魔術に空間干渉を組み込むための高度な魔導理論と格闘しており、ダイダラとエルニャもまた、カガヤの魔術結界を利用した特訓で身体能力を限界まで追い詰めていた。
その夜。薪ストーブの爆ぜる音を聞きながら、リンドは温かいお茶を差し出してきたカガヤに、ふとした疑問を投げかけた。
「カガヤ……あんたほどの魔術師を追放したって『集落』は、一体どこにあるんだ?」
「……フォフォ、鋭いな。ただの集落なわけがなかろう」
カガヤは愛用のパイプをくゆらせ、遠い目をして煙の向こうを見つめた。
「わしを追放したのはな……この国の頂点、国王アダムス・ユングべリじゃよ」
「……! 国王アダムスが……!?」
思いもよらぬビッグネームに、部屋の隅で魔導書を読んでいたアイリスたちも息を呑む。まさかこんなところで俺たちの最終目標が出てくるとは思わず、俺も目つきが変わる。
「かつてな……わしとアダムスは、この世の真理を解き明かそうとする研究の同志じゃった。そして二人で辿り着いたのが、世界の底底に眠る『深層』の領域よ」
カガヤは言葉を切り、静かに手招きをした。彼の掲げた手のひらの上に、黒い霧のような【深層】の魔力と、その奥で透き通るような絶対的輝きを放つ【未知の魔力】が像を結ぶ。
「アダムスは『深層』の圧倒的な暴力に魅せられ、それを御することで世界を統べようとした。……だが、わしは『深層』のさらにその先……絶対不可侵の領域【神域】に魅了されてしまったのじゃ」
俺は聞き覚えのある言葉に反応した。【深層】と対を成す存在。あのもう一人の現存する転生者・シュウが使ったスキルにも【神域】とあった……。偶然とは思えないこの関係性に思わず口に出してしまった。
「不可侵領域……【神域】……」
「そうじゃ。【神域】とは、神の理そのもの。人に扱えぬ『禁忌の魔術』。アダムスはわしの探求が自分たちの支配構造すら破壊しかねんことを恐れ……わしに『禁忌に触れた狂人』の烙印を押し、この北の地に追放したのさ」
「……なるほどな。国王アダムスにとって、あんたの『神域』の探求は都合が悪かったわけだ」
リンドの言葉に、カガヤは満足そうに目を細めた。
「そういうことじゃ。あ奴は深層の力で王となり、【五角】という組織を作り上げた。……リンドよ、わしが目指し、アダムスが恐れた【神域】の力……お主なら扱えるかもしれん」
国王アダムスの過去と、世界の裏に隠された【神域】の存在。
図らずも【五角】、そして国王アダムスへの最大の反撃の切り札を、リンドはこの北の隠者から授かろうとしていた――。




