第46話:戦勝の宴と深まる影
「……ん……」
重い瞼を開けると、視界に飛び込んできたのはいつもの家の天井と、枕元で小さく息を立てて眠るアイリスの顔だった。
「アイリス……?」
「……っ! リンド……!? よかった……目を覚ましたんだね……!」
身体を起こそうとすると、全身を激しい疲労感が襲う。あの【深層化】による膨大な魔力消費の代償で、丸三日間も眠り続けていたらしい。アイリスは涙ぐみながら、心底ほっとしたような笑みを浮かべてくれた。
「ずっと付き添っててくれたのか? アイリス」
「3日も目を覚まさないから本当に心配だったんだよ!体調はどう? どこか痛むところはない?」
「俺は3日も寝てたのか...。ああ、魔力はすっからかんだけど、もう大丈夫だ」
二人が顔を見合わせて微笑み合っていると、ドカドカと足音を立てて部屋に入ってきたのはダイダラだった。
「おお! リンド様、目を覚まされましたか。」
ダイダラはニヤリと笑うと、懐から布に包まれた「小さな包み」を取り出して差し出してきた。
「バンドの死体から指を持ち帰っておきましたぞ。あの男の残した力を、リンド様の糧としてください。」
「……相変わらず有能だな、ダイダラ。助かる」
気が利きすぎるダイダラの配慮に感謝しつつ、さっそくその指を【捕食】する。
一番最初の龍を【捕食】した時以来の全身の細胞へ巡る異質で強力な魔力の奔流。新たに手に入れたのは、バンドの圧倒的な身体能力と凶悪な切り札スキル【獣王モード】、常時数十倍の移動速度を誇る規格外のパッシブスキル【神速】だった。
「これでまた……一歩、強くなれたな……」
その日の夜。
バラクシアとレアリアの合同による、大規模な戦勝会が酒場で盛大に執り行われた。
「ガハハハッ! 主役の登場だなぁリンドッ!!」
「リンド様、アイリス殿! 今夜は無礼講ですぞーッ!」
大皿の肉を豪快に喰らいながら大酒を煽るサウスとダイダラ。
その横では、ギルドマスターのカレンとA級のシュミット、ライオが優雅に高級酒の杯を傾けている。
「リンド、本当に無茶ばっかりして……。でも、無事でよかったよ」
過去の因縁を完全に吹っ切ったアイリスが、晴れやかな笑顔でリンドのグラスに酒を注ぐ。
「アイリス....よくゴーレムの壁を突破したな。エルニャも、本当によく踏ん張ったな。前衛の隙を作ってくれたおかげで助かった」
「えへへ....リンド様に褒められると照れる...」
「ちょっとちょっと! 主役を独占しないでよ、エルニャ!」
アイリスが果実酒の入ったグラスを手に割り込んできて、リンドの隣の席をちゃっかりキープする。
「リンド、ほら! これ、この街の名物の果実酒なんだって! 飲んでみてよ!」
「お、サンキュ。……ん、甘くて美味いな」
「でしょー! 私が見つけてきたんだから!」
アイリスは得意げに胸を張り、楽しそうに笑う。
サウスが「おいおい、アイリスちゃんはリンドに甘すぎだろ〜!」とからかい、宴会場全体がどっと大きな爆笑に包まれた。死闘を乗り越えた仲間たちが一堂に会し、会場は割れんばかりの歓声と酒の香りで満たされていた。
誰もが勝利の余韻に浸り、最高の夜を過ごしていた――その時だった。
「みなさん……聞いてくださいッ!!」
会場の賑やかさを切り裂くように、悲痛な叫びが響き渡る。
高壇に駆け上がったのは、一人の女性だった。かつてこの街で犯罪者達に襲われていたところを、リンドが一番最初に救い出したあの女性だ。
「おいおい、なんだぁ? 酔っ払いか?」とサウスが笑い飛ばそうとしたが、彼女の次の言葉が、会場の空気を一瞬で凍りつかせた。
「この男……そこにいる『リンド』は……人間を喰っています!!」
静まり返る宴会場。
女性の手は、震えながらも真っ直ぐにリンドを指さしていた。
「私は見てしまったんです……! この男が、人間や冒険者の肉を……『食人』しているところを!! 騙されないでください、この男は……人間を喰らう化け物なんですッ!!」
一転して訪れる、息もできないほどの静寂。
さっきまで笑顔で酒を飲んでいた仲間たちの視線が、一斉にリンドへと集まった――。




