第40話:絶望の足枷と観察
「グオオオオオオオオオッ!!!!」
神殿の右翼を完全に壊滅させながら、ディープ・ゴーレムが狂乱の咆哮を轟かせる。
その巨大な漆黒の岩拳が力任せに落とされるたび、古代の石畳が爆発するように砕け散り、不気味な衝撃波が広域の空気を激しく揺さぶる。
「押し潰されるな! 一歩でも退けば、後ろで戦う後衛陣が全滅するぞッ!!」
真っ先に地を蹴って切り込んだのは、A級冒険者連合のリーダー・シュミットだ。
猛然と振るわれるゴーレムの巨腕に対し、紙一重の踏み込みでその懐へ潜り込むと、大剣に渾身の闘気を込めて関節の隙間へ叩きつけた。
ガキィィィィンッ!!
神殿内に不快な金属音が響き渡る。だが、シュミットの表情が驚愕と戦慄に歪んだ。
「ぐっ……!? か、硬い……! 刃が通るどころか、手応えすら……ッ!?」
「シュミット、そこから離れろ! 【雷刃・迅雷連閃】ッ!!」
すかさず交差するように躍り出たのはライオだ。
超高圧の紫電を纏わせた刀身で、目にも留まらぬスピードの三段突きをゴーレムの胸部へ叩き込む。しかし、奔流する雷撃すらも、漆黒の岩肌に血のように脈打つ「赤い紋様」へと吸い込まれるように掻き消されてしまった。
「な……魔法を纏わせた斬撃すら弾くというのか……!? バカなッ!」
「ケケケッ! 無駄だ無駄ぁ! 『深層の核』と完全に同化したこのゴーレムは、ただの土人形じゃねぇんだよ! 通常の物理も魔術も一切通じねぇ、完全無欠の要塞なんだよッ!」
神殿の中央でリンドたちと激しい死闘を繰り広げながら、高笑いするバンドの声が響き渡る。
「……物理も魔法も弾くのなら、衝撃を直接体内に通すまでだ!」
流麗な身のこなしで瓦礫の山を駆け上がり、空中から舞い降りたのはギルドマスター・カレン。
二本の短剣を交差させ、ゴーレムの膝裏の関節部へ目にも留まらぬ連続突きを叩き込む。だが、どれだけ重厚な衝撃を送り込もうと、ゴーレムは痛痒を感じた様子もなく、そのままカレンを叩き潰そうと巨大な腕を豪快に振り抜いた。
「くっ……!? 衝撃波すら内部に届かない……ッ!?」
「マスター、危ねぇッ!! 【剛体・巨岩挟み】ッ!!」
ボガァァァァンッ!!
カレンの頭上へと迫る岩拳を、間一髪で正面から受け止めたのはサウスとダイダラだ。
サウスの大剣とダイダラの巨斧、そして二人が誇る巨大な大盾が重なり合い、衝撃で足元の石畳を大きく崩落させながらも、ゴーレムの巨腕を真っ正面から力任せに押し留める。
「ぐ……あぁぁぁッ! 重ぇ……! 腕の骨がミシミシ言ってやがる……ッ! 物理も魔法も通じねぇで、どうやって倒せってんだよッ!?」
「耐えるのですサウス殿……ッ! 我らが折れれば、後ろの仲間たちが……ガハッ!?」
押し込まれる力圧に耐え切れず、ダイダラが血を吐く。
サウスの大盾にも不気味な亀裂が走り、前衛の防衛線はいまにも崩壊寸前だった。
「アイリス! 私の魔法に合わせて! 奴の動きを一度止めないと前衛が潰されるわ!」
「はいッ! 『極大氷結槍』ッ!!」
ナハムとアイリスが放った二条の極大魔法。
激しい氷撃と魔力の奔流がディープ・ゴーレムの胸部を直撃する。――しかし。
ズズズ……ッ!
「な……魔法が……呑み込まれていく……!?」
放たれた氷結魔法すらも、体表の「赤い紋様」が眩い光を放つと同時に、煙のように霧散してしまった。
傷一つ、擦り傷一つすら付かない絶望的な存在。
「グオオオオオオオッ!!」
反撃の隙すら与えず、ディープ・ゴーレムが再び巨大な両腕を持ち上げる。
手持ちのカードをすべて弾かれ、呼吸を乱すシュミット、ライオ、カレン。血を吐きながら盾を構え直すサウスとダイダラ。
そして、自信を持って放った魔法を容易く打ち消され、呆然と息を飲むアイリスとナハム。
「そんな……私たちの魔法まで、全く効かないなんて……」
神殿の片隅を支配したのは、あらゆる攻撃が一切通用しないという、息もできないほどの絶望感だった。
誰もがその絶対的な暴力の前に膝を折りかけた――その時。
「ううん……絶対にあるはず。完全無欠なんて絶対にない……!」
小さく、だが力強い呟き。アイリスだった。
かつてリンドの背中を追い、絶望の中でも決して諦めないと誓ったあの経験が、彼女の瞳に鋭い理知の光を灯していた。恐怖に震える脚を強く踏み締め、アイリスは歪む空間の中でゴーレムの魔力器官を凝視する。
「私が見つけてみせる……リンド様のように、このバケモノの破綻を……っ!」
「アイリス……あなた……」
ナハムが息を飲む。周囲が諦めかける中でただ一人、敵の僅かな挙動の差異に集中し続けるアイリス。
「グオオオオオオオッ!!」
ゴーレムが再び巨大な岩拳を振り下ろす。
「攻撃が来るぞ!! 死ぬ気で止めろぉぉぉぉぉぉ!!」
サウス、ダイダラ、そして態勢を立て直したライオたちが死力を尽くして巨腕を受け止める。
その、衝撃が走った一瞬だった。
「……見つけた!! ナハムさん、あの赤い紋様!! 攻撃の威力を最大にするその一瞬だけ……全身の紋様の発光が『腕』に集中して、体幹の防壁が途切れてます!」
「……!? なんですって……!? 攻撃に全魔力を回すため、一瞬だけ防御の魔力循環が疎かになっている……!? 本当だわ、全身の防壁が薄くなっている……!」
ナハムもまた、アイリスの指摘で眼前の真実に気づき、鳥肌を立てた。
絶対の防御力を誇る人形だからこそ、全力を振り抜く瞬間にしか生じない唯一の死角。
「遠くからじゃタイミングがズレる……! 私が直接前線に飛び込んで、攻撃の瞬間に合わせます!」
「ちょっと!!あなた、危険よ!!」
ナハムの忠告をよそに杖を強く握り直し、後衛の安全地帯を飛び出していくアイリス。
「私に続いてください!! ここから反撃ですっ!!」
前線へと走り出す小さな背中が、絶望に呑み込まれかけていた仲間たちの心に、大きな反撃の炎を打ちくべた――!




