第32話:五角の刺客と迫る絶望
ボスを倒したにもかかわらず、濃密さを増していく黒いモヤ。
不気味な静寂が広がる空間に、ズドンと重く、鈍い足音が響き渡った。
「気をつけろ...とてつもない異様な魔力の流れを感じる...。」
俺は深層にいたアルス=ノヴァに近い魔力を感知し、全員に警戒するように促す。
やがてはっきりと姿が見えるようになる。
「ヒヒッ……ハハハハハッ! なんだぁ? もう片付いちゃってんのかよ! 呆気ねぇなぁオイ!」
闇の奥から現れたのは、咆哮するような野蛮な笑い声を上げる巨大な男だった。
全身を刺青と禍々しい黒い毛並みに覆われた獣人――その身体はダンジョンと同じ『半深層化』の不気味な魔力を撒き散らしている。
「な、なんだアイツは……!? 人間……いや、獣人か!?」
サウスが大剣を構え、汗を流しながら叫ぶ。
その男の姿を見た瞬間、俺の隣でエルニャが息を飲んだ。
「……あ……お……お父……さん……?」
「あん? ああ……誰だっけか?弱いやつはみんな忘れちまうからよォ!ハッハッハッハッ!!」
男は狂暴な笑みを浮かべ、己の巨躯を叩いた。
「父親....!?間違いないのですかエルニャ!!」
ダイダラの呼びかけにエルニャは震えながらも小さくうなずく。
エルニャの父親でありながら、その瞳に肉親への情など欠片も存在しない。
「おい、てめぇは何者だ! このダンジョンを狂わせたのはお前か!?」
怒りを露わにするサウスに対し、バンドは鼻で笑いながら頭を掻いた。
「ハッ! 質問攻めかよ、うぜぇなぁ! 教えてやるよ、俺様は国王直属の裏の始末屋――『五角』が一人、バンド・ジャガラ様だ! 深層虫を撒いてダンジョンを半深層化させたのも、全部俺たちの仕事だよ!」
「五角……!? 国王直属の暗部だと……!?」
「ケケッ! そうだ! 俺たち『五角』の五つの刃が、この国に仇なすゴミカスを掃除して回ってんだよ! このバラクシアの異常事態も、ぜーんぶ俺たちのシナリオ通りってわけだ!」
ヘラヘラとべらべら喋り散らすバンド。
だが、その身体から発せられる圧迫感は、先ほどの深海龍すら遥かに凌駕していた。
「……話は終わりか、野郎……ッ!」
ブルーポセイドンの武闘家・ゲンが、耐えかねて拳を握り締め、バンドへと肉薄する。
S級パーティ屈指の体術と速度を誇る一撃――。
「ハッ、遅ぇよ」
ズザァッ――!!
「――ガ、ハッ……!?」
次の瞬間、誰もバンドの動きを認識できなかった。
音もなくゲンの背後に移動していたバンドの手には、ドロリと血を滴らせる『生の心臓』が握られていた。
「ゲン……!? ぐ、ゲンーーーッ!!」
サウスの悲鳴が響く。
ゲンは胸にぽっかりと大穴を開けたまま、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。圧倒的な速度と力。抵抗すら許されない惨殺だった。
「ヒヒッ! 命乞いでもするかと思ったら、いきなり突っ込んでくんだもんなぁ! クソ雑魚が!」
バンドは握り潰した心臓の血を拭いもせず、ペロリと舌を伸ばして舐めた。
「な……なん……て奴……っ」
ナハムが震える声で杖を構え、俺とダイダラも即座に武器を握り直す。
俺の【時間停止】すら、この怪物相手に通じるかどうか……冷や汗が背中を伝う。
殺伐とした緊張感が充満する中、バンドは退屈そうに欠伸を噛み殺した。
「ま、今日のところは遊んでやるのはここまでだ。他の3つのダンジョンの仕込みも見に行かねぇとならねぇしよ」
「待てッ!! ゲンを殺しておいて、逃げる気かッ!!」
血走った目で叫ぶサウスを、バンドは冷酷な眼光で一蹴する。
「喧しいな雑種。次会う時までに、少しはマシな玩具になっておけよ? ……後ろの深層くん、お前は殺りごたえがありそうだしなぁ!」
一瞬目が合い俺を見てニヤリと笑った。その顔には俺と同様に赤い文様。バンドが背後の空間を爪で切り裂くと、不気味な漆黒の亀裂が生じた。
「...誰であろうと俺の敵なら殺す...!せいぜい死ぬまでにやりたいことでもしとけよ...!」
「言うじゃねぇか!!楽しみにしてるぜ!じゃあなゴミ共! ギャハハハハッ!!」
高笑いと共に、バンド・ジャガラはその空間の亀裂の中へと消え去った。
遺されたのは、命を落としたゲンの冷たい死体と、激しい怒りに震えるブルーポセイドン。
そして、実の父親が放つ絶望的な狂気に顔を蒼白にするエルニャの姿だった――。




