第27話:新たな居場所
やわらかな朝の光と、香ばしいスープの匂いで目を覚ました。
「……ん……ここ……?」
アイリスが体を起こすと、見覚えのない温かい部屋のベッドの上に寝かされていた。
ふと横に視線の向けると、椅子にもたれかかって腕を組み、静かに寝息を立てているリンドの姿があった。
(リンド……ずっと、看病してくれてたんだ……)
昨夜の恐ろしい出来事が脳裏を過る。
暴走した自分を受け止めてくれたリンドの温もり。そして――最愛の執事、ラウドの死。
胸を刺すような鋭い喪失感が込み上げ、アイリスはぎゅっと布団を握りしめて塞ぎ込んだ。
「……目、覚めたか」
低い声に顔を上げると、リンドがゆっくりと目を覚ましていた。
「……うん。リンド……助けてくれて、ありがとう」
「礼には及ばん。それより、動けるなら飯にしろ。ダイダラが作った」
「でも...そんな...」
「魔力の消費が尋常じゃない。食わないと本当に死ぬぞ。」
その言葉にアイリスは顔を下げる。
「私は....もう....味方もいない....どうしていいかわかんないの...。」
アイリスが呟いたその時、言葉を遮るように、豪快な巨体ながら仕草の丁寧な男・ダイダラと、小さな猫耳の少女・エルニャが温かく迎えてくれた。
「あ、目を覚まされましたか。リンド様に背負われて戻られた時は、本当に心配いたしましたよ」
「あ……おきた。よかった……。これ……あたかいスープ……たべて……」
ダイダラはお辞儀を交えながら穏やかに微笑み、エルニャはおずおずと、だが一生懸命にスープの入った器を差し出してくれた。
「俺の仲間だ。今のお前は一人じゃないんだ。さぁこっちに来い。」
アイリスを半ば無理やりリビングに連れていく。
大きなテーブルに並べられたのは、湯気が立つ具だくさんのスープと焼き立てのパン。
ダンジョンの中でまともな食事をとれていなかったアイリスは、勧められるままにスープを一口口に含んだ。
「……おいしい……っ」
心まで温まるような優しい味。
みんなでテーブルを囲み、温かい会話を交わしながら食事をとる。
冷酷なルナスティア家では一度も味わったことのない「家族」のような温もりに、アイリスの凍りついていた心が少しずつ解けていくのを感じていた。
その傍らで、リンドは自分の胸の内に起きた奇妙な変化に気づいていた。
(……おかしいな)
普段なら、強力な能力を持つ存在を前にすると【捕食】の衝動――喰らいたいという底なしの欲望が沸き立つはずだった。
だが、【悪魔の制約】という破格のスキルを持つアイリスに対しては、不思議とその食欲が一切湧いてこないのだ。
(己の絶望を共有し、互いに血を補い合ったからか……それとも……)
食後、アイリスは意を決したように、己の生い立ちとルナスティア家から受けた裏切り、そしてラウドの最後について改めて語った。
静かに耳を傾けていたダイダラが拳を強く握り締め、エルニャが憤慨して瞳を潤ませる。
「……実の娘を捨て、大切な方の命まで奪うなど……到底許されることではありません」
「ひどい……。かぞく……なのに……。あたし……ゆるせない……!」
二人の真っ直ぐな怒りに驚くアイリス。
そして、リンドは静かにアイリスの目を見つめ返した。
「アイリス。俺もかつて信じた仲間に裏切られ、深層へ捨てられた。だからこそ……お前の無念も怒りもよく分かる」
リンドの瞳に、静かな、しかし苛烈な蒼い炎が宿る。
「奪われたままで終わるつもりはないだろ。……ルナスティア家を...この腐った国をぶっ潰すぞ。」
「え……?」
「お前を捨てた連中に、後悔と絶望を叩き込んでやるんだよ。お前が望むなら、俺たちが力を貸す。だから――」
リンドは力強く手を差し伸ばした。
「今日からここがお前の家だ。俺たちの仲間になれ、アイリス」
「ええ、リンド様の仰る通りです。いつでも歓迎いたしますよ、アイリスさん」
「いっしょ……にいよう……。あたしたち……なかま……!」
ダイダラは丁寧に礼を尽くして微笑み、エルニャはつたない言葉ながらも、精一杯の笑顔で力強く頷いた。
見返りも求めず、傷ついた自分をそのまま受け入れてくれる暖かい場所。
「……うん……っ! よろしくお願いします……っ!」
アイリスの目からポロポロと涙が溢れ出したが、その顔には久々の、心からの輝かしい笑顔が戻っていた。
――その日の午後。
クロシキの森の陽当たりの良い丘に、小さなお墓が建てられた。
ラウドの愛用していた眼鏡と遺品が納められた墓前で、アイリスは静かに手を合わせる。
(ラウド……私、新しい家族ができたよ。もう泣かない。……この人たちと一緒に、前へ進むね)
風が優しく吹き抜け、アイリスの綺麗な銀髪を揺らした。
仲間を得た男と、過去を乗り越えた少女たち。
彼らの新たなる戦いと復讐の物語は、ここから本格的に幕を開ける――。




