第25話:悪魔の制約
「ここが……『クロシキの森』の最深部、ボスの巣穴か」
俺とアイリスは、森の奥深くに口を開ける巨大な洞窟へと足を踏み入れていた。
安全ルートの確保も大詰め。この最深部のボスさえ撃滅すれば、明日からのダイダラたちのレベリングは万全となる。
洞窟の奥、広大な大空洞へと辿り着いたその時――地鳴りのような重低音が響き渡った。
『グォォォォォォォォォンッ!!』
巨岩を押し破って姿を現したのは、岩石のような硬質化した皮膚を持つ、翼を持たぬ巨大な地龍――【地龍・テンタクルス】。
「ひっ……! 巨大な地龍……!?」
「アイリス、下がってろ」
俺は即座に間合いを詰め、渾身の力を込めて黄金龍の剣を繰り出した。
――ガギィィィィンッ!!
爆音と共に火花が散る。……だが、感触がおかしい。
まるで底なしの沼を叩いたかのように、俺の怪力がすべて相殺され、テンタクルスの皮膚に擦り傷一つついていない。
(なんだ……!? 衝撃が通らない……『物理無効』か!?)
「リンド、気をつけて! その地龍……強力な物理耐性、ううん『物理完全無効』のスキルを持っているわ!」
後方からアイリスの叫びが飛ぶ。
なるほど、物理が効かないなら魔法か。
俺はいったん後ろに下がり、「蒼炎弾」を放つ。
――ドゴォォンッ!!
テンタクルスの巨体に炎が着弾する。
だが、表面の皮膚を僅かに焦がした程度で、決定打には程遠かった。
「駄目……! リンドの魔法は魔力自体は凄まじいのに、構築が粗削りすぎるわ! 魔法の構造が最適化されていないから、本来の威力が出てない……!」
さすがは魔法の名家出身、アイリスの眼力は正確だった。
俺の魔法は【捕食】やステータスで無理やり発動させているだけで、熟練の魔法使いのような精密な術式構築ができていないのだ。物理無効の相手に、この粗削りな魔法で挑むのは筋が悪い。
「……チッ、一度体勢を立て直すか。引き上げるぞ、アイリス」
「そうするしかなさそうね...えっ...」
俺が撤退の判断を下した、その時だった。
「どうしたアイリス!!何かあったのか!!」
一点を見つめるアイリスに駆け寄っていくと、視線の先には煌びやかであったであろうボロボロの馬車があった。
「名家の紋章....待て、これって”ルナスティア”の....!?」
「あ……ぁ……」
アイリスが足をもつれさせながら、洞窟の隅へとフラフラと歩き出した。
そして、その傍らに倒れていたのは――。
「……ラ……ウド……? なんで……なんでここに……っ!?」
血まみれの老執事服を纏った老人。
アイリスを心から愛し、味方であり続けてくれた唯一の理解者――執事ラウドだった。
ルナスティア家を追放されたアイリスを心配し、必死で追いかけてこの森へ入ったのだろう。だが、運悪く最悪のボスと出くわしてしまったのだ。
「アイリス……様……? ああ……ご無事で……よかった……」
ラウドはかすかな吐息と共に、血に濡れた瞼をゆっくりと開けた。
その老躯は原形をとどめないほど押し潰されており、生命の灯火が消えかけているのは一目瞭然だった。
「嫌……嫌ぁぁぁっ! ラウド! しっかりして! 待って、今ポーションを……っ!」
「お逃げ……ください……アイリス様……。どうか……幸せ……に……生き....て....」
アイリスの涙で濡れた手を、ガタガタと震える血塗れの老手が優しく握り返す。
それが――老執事の最後の言葉となった。
力が抜け、だらりと地面に落ちる老人の手。
「ラウド……? うそ……嘘でしょ……? 目を開けてよ……ラウドぉぉぉぉぉっ!!」
アイリスの悲痛な絶叫が洞窟内に響き渡る。
絶望、喪失、怒り、そして狂気。あらゆる負の感情が彼女の身体を駆け巡った、その瞬間――。
【――『悪魔の制約』の実行条件を検知――】
【条件:『真に心を許した大切な者の不可逆な死』を達成】
【制約解除――魔王級魔術を解放します】
ゴォォォォォォォォォッ!!
世界のルールを塗り替えるかのような、漆黒と真紅の魔力の渦がアイリスを中心に爆発した。
「制約が解除されたのかっ...!?なんて凄まじい魔力なんだ....!!」
空間が歪み、洞窟全体が激しく揺れ動く。
絶望の涙を流しながら立ち上がったアイリスの瞳は、輝く銀から……狂気と死を孕んだ血のような赤へと染まり上がっていた。
「……あ……あああああああああああああっ!!!!」
その咆哮と共に、人間が扱って良い領域を超えた『魔女』の圧倒的な絶命の威圧が、洞窟内を満たしていく――。




