第24話:壊れた期待と、重ね合わせた傷
森の開けた場所で小さな焚火を囲みながら、アイリスは静かに自分の過去を語り始めた。
パチパチと爆ぜる火の粉が、彼女のどこか諦めを孕んだ綺麗な白銀の瞳を照らし出している。
「……ルナスティア家はね、ウルド皇国の最高位である『国選魔術師』を代々輩出し続けている名門中の名門なの」
「国選魔術師か。皇国の魔法戦力におけるトップ層だな」
「えぇ。私はその直系の6人姉妹の末っ子として生まれたわ。……生まれつき、他の姉様たちの倍以上の凄まじい魔力を秘めていたから、両親や親族からの期待はそれはすごかったわ」
幼い頃のアイリスは、文字通り「ルナスティア家の神童」として持ち上げられ、蝶よ花よと甘やかされていた。
だが――その絶頂は、彼女が15歳を迎え、教会でスキルを授かったその日に脆くも崩れ去った。
「授かったスキルは……【悪魔の制約】。……聞いたこともないユニークスキルだったわ」
「悪魔の制約……?」
「えぇ。鑑定結果によれば……『特定の条件を満たすことで、己の魔力と威力を数倍~数十倍に跳ね上げる』という、破格の強化スキルだった。……でも、問題はその『条件』が何なのか、全く分からなかったこと」
アイリスは自分の細い手を見つめ、苦笑いを浮かべた。
「スキルの発動条件が判明しない以上、そのスキルはただの『置物』……ううん、それどころか悪夢の始まりだったわ。スキルが干渉して、本来使えるはずの基本魔法すら暴走したり、思ったように発動しなくなってしまったの。……莫大な魔力があるのに、まともに魔法一つ放てない『出来損ない』になっちゃったのよ」
神童から一転、一瞬にして嘲笑の対象へと引きずり下ろされたアイリス。
昨日まで笑顔を向けていた姉たちは、冷酷な目で彼女を蔑み、「名家の面汚し」「偽りの神童」と罵倒した。親もまた、一瞬で彼女を見限った。
「……数日前、両親に『魔物の調査』という名目で、このクロシキの森へ連れてこられたの。そして、森の最奥で……放置された。私を事故死に見せかけて処分するためにね」
「……実の家族に裏切られ、用済みとして捨てられたか」
俺の呟きには、アイリスの想像以上の重みが籠もっていた。
俺自身、かつて信じていた仲間――『ランカーズ』の連中に裏切られ、無能だと嘲笑われ、死の危険が渦巻く【ダンジョン深層】へと投げ捨てられた過去がある。
身に覚えのない絶望。命を預け合っていたはずの相手から背中を刺される、あの血が凍りつくような冷たさと孤独。
目の前の少女が味わった痛みが、他人事とは思えなかった。
「……胸糞悪いな。信じていた連中に切り捨てられる絶望は……痛いほどよく分かるよ」
俺の低く、どこか懐かしむような声に、アイリスは驚いたように顔を上げた。
「リンド……?」
「俺も昔、仲間に裏切られてな。死地へ置き去りにされた。……だから、お前が人間を信用できなくなる気持ちも、自分を責めたくなる気持ちも理解できる」
俺は焚火に薪をくべながら、真っ直ぐにアイリスの目を見据えた。
「だがな、アイリス。捨てられたからって、お前という人間の価値が消えたわけじゃない。裏切った連中が愚かなだけで、お前が引き下がる必要なんてどこにもないんだ」
「……っ……」
アイリスの胸に、俺の言葉が強く突き刺さった。
同情でも、哀れみでもない。同じ地獄を這い上がってきた者だからこそ言える、確かな説得力と温もり。
「なるほどな。だから『人間なんて信じない』か」
「……うん。でもね」
アイリスは膝を抱え込み、焚火の温もりを噛み締めるように呟いた。
「あの地獄のような家でね……たった一人だけ、私に優しく接してくれる人がいたの。私専属の執事で...。みんなが私を『魔女』『欠陥品』って蔑む中で、その人だけは『アイリス様はアイリス様です』って、ずっと温かい料理を作って、味方でいてくれたの」
冷酷な名家の中で、唯一アイリスを「人間」として愛してくれた人物。
「貴方の背中を見た時……なんだか、あの執事さんを思い出して……。無愛想だけど、本当はすごく優しい人なんだなって……そう思ったら、少しだけ涙が出そうになっちゃったの」
照れくさそうに顔を背けるアイリス。
俺は干し肉を噛みちぎりながら、空を見上げた。
「……【悪魔の制約】か。面白いスキルじゃないか」
「え……?」
「発動条件が分からないなら、これから試して探せばいいだけだ。魔法が出ないなら、出せる方法を俺が考えてやる。……実の親に見捨てられたくらいで諦めてんじゃねぇよ」
俺のぶっきらぼうな、だが一切の迷いがない言葉に、アイリスはポカンと口を開けた。
そして――ゆっくりと、ひまわりのような満面の笑みを咲かせた。
「……うん! ありがと、リンド!」
長い絶望の夜が明け、クロシキの森の木々の隙間から、温かな朝陽が差し込み始めていた――。




