幕間・過去編(後):堕ちた神童と唯一の光
【悪魔の制約】を授かってから、アイリスの人生は180度暗転した。
「な……なぜだ!? なぜ基本の初級炎魔法すら発動しない!?」
どれほど魔力を練ろうとも、不気味な黒いモヤが術式を阻み、魔法は不発に終わるか暴走を起こす。
それだけではない。生まれた時から爆発的に伸び続けていた魔力数値が、『1000』から一切微動だにしなくなったのだ。
最初は「伝説のユニークスキルを使いこなすための準備期間だ」と静観していた両親や屋敷の者たちだったが、数ヶ月、1年と経つにつれ、その視線は露骨な「失望」へと変わっていった。
「……チッ、期待させておいてただの『出来損ない』か」
「ルナスティアの面汚しめ」
かつて惜しみない愛を注いでくれた両親はアイリスから完全に興味を失い、蔑みの目を向けるようになった。
そして、これまで大人しくしていた6人姉妹の姉たちが、牙を剥いた。
「今までお父様たちの寵愛を独占してくれたわね!」
「この偽りの神童が! 魔法も使えないくせにルナスティアを名乗らないで!」
日々の執拗ないじめ、暴言、冷水による暴行。
壊れた人形のように塞ぎ込むアイリスは、やがて地下の独房のような狭く暗い一人部屋へと押し込められた。
与えられる食事は、1日に一度の干からびた固いパンのみ。
絶望の底で膝を抱えるアイリスの前に、夜な夜なこっそりと訪れる人物がいた。
「アイリス様……お怪我はございませんか。さあ、温かいスープをお召し上がりください」
私属の老執事、ラウドだった。
「ラ……ウド……? どうして……私に関わったら、姉様たちに何をされるか……っ」
「私はアイリス様の執事ですから。皆が何と言おうと、私にとってアイリス様は大切なアイリス様です」
ラウドが運んでくれる湯気の立つスープの温もりと、優しく頭を撫でてくれる温かな手。
誰も信じられなくなった地獄の中で、ラウドと過ごす僅かな時間だけが、アイリスの死にかけた心を繋ぎ止める唯一の救いだった。
――そして、16歳を迎えたある日。
両親と姉たちの数人が、珍しく笑みを浮かべてアイリスの部屋を訪れた。
「アイリス。今日はお前も連れて『クロシキの森』のダンジョン調査へ行くぞ」
「え……? 私も……ですか?」
「ええ。家族みんなで攻略するのよ。たまには外の空気を吸いたいでしょう?」
姉たちの優しい言葉に、アイリスの胸が高鳴った。
(もしかして……私を家族として、もう一度受け入れてくれるのかも……!)
幼い頃のように愛されたい一心で、アイリスは喜んでその誘いに飛びついた。
だが――現実はどこまでも残酷だった。
ダンジョン内を進む途中、狂暴な魔物の群れが襲いかかってきた。
混乱の中、逃げ惑うアイリスを置いて、両親や姉たちは示し合わせたかのように一斉に身を翻し、アイリスだけを奥へと残して姿を消したのだ。
「姉様!? お父様!? どこにいるの……!?」
必死で逃げ回り、小さな洞窟の隙間に隠れて息を潜めた。
待っていれば、きっと助けに来てくれる。家族なのだから、自分を探しに来てくれるはずだと信じて。
――数時間。どれほど待っても、足音一つ聞こえてはこなかった。
意を決して洞窟の外へ這い出た時、そこには誰もいなかった。足跡すら綺麗に消え去っていた。
「……あ……あはは……そう……なんだ……」
騙されたのだ。
最初から自分を助けるためではなく、危険な森で事故死に見せかけて『処分』するために連れてこられたのだと、ようやく理解した。
胸を押し潰す猛烈な絶望。そして、自分を弄んだ家族への怒り。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁっ!!」
迫り来る魔物たちに向かい、アイリスは半狂乱になって魔法を乱射した。
不発と暴走を繰り返す不格好な魔法をむやみやたらに放ち続け――やがて完全に魔力が尽き、視界が真っ暗に染まっていく。
(……ああ、私……ここで死ぬんだ……。ごめんね、ラウド……)
冷たい地面に倒れ込み、意識が途切れかけたその瞬間。
ざく、ざく、と死地を恐れぬ力強い足音が近づいてきた。
漆黒の大剣を背負い、冷徹ながらもどこか絶対的な強さを纏った一人の男――リンドが、倒れた少女の前に降り立ったのだった――。
『幕間・過去編』――完
これにて第一章仲間集め編終了となります!
仲間達とどんな冒険をしていくのか、これからにぜひご期待ください!
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