第23話:残影と、開かれし心
「――【八つ裂き】」
――ドガァァァァンッ!!
静寂に包まれていた夜の『クロシキの森』に、悲鳴のような破砕音が響き渡る。
襲いかかってきた高レベルの魔獣――【影狼】の群れが、俺の死霊兵【アサシンベア・深層】の巨爪によって一瞬で肉片へと変えられた。
「ひっ……!?」
俺のすぐ後ろをついてきていたアイリスが、短い悲鳴を上げてその場にへたり込む。
透き通るような白銀の瞳を限界まで見開き、全身を震わせて目の前の光景を凝視していた。
「おい、遅れるなよ。踏み潰されるぞ」
「あ、あり得ない……っ! 何なのあの巨大な熊の魔物は……!? それに……貴方、魔法を一切使わずに、ただの身体能力だけで高ランクの魔物を蹂躙してるの……!?」
無理もない。
このクロシキの森は、ベテランのBランクパーティですら命がけで挑む高難易度エリアだ。それを俺は、単身かつ無傷で、散歩でもするかのように奥へ奥へと突き進んでいるのだから。
「手数を増やすか。【死霊魔法・極】――」
俺は道中で討伐・捕食した魔物の条件達成を確認し、新たにストックされた死霊枠を展開した。
闇の気流が渦巻き、俺の左右に二体の異形が形を成していく。
一つは、先ほど捕食した巨大な怪鳥――【魔鳥】。
そしてもう一つは、あの巨体と魔法無効の力場で暴れ回ったエリアボス――【剛角魔猪】。
『ギァァァァァァァッ!!』
『ブモォォォォォォォッ!!』
森全体を激震させる凄まじい咆哮。
深層の魔力を纏って死霊として蘇った二体のボス級魔物は、俺の意思に従い、残りの魔物たちを狩るべく森の奥へと解き放たれた。
「……っ!? エリアボスの……ガルガンチュア・ボア……!? なんで……魔物を従えているの……!? 貴方……本当に人間なの……!?」
アイリスは驚愕のあまり言葉を失い、開いた口が塞がらない様子だった。
畏怖、混乱、そして圧倒的な強さへの絶句。
だが――その瞳の奥にある変化が起きているのを、俺の【心眼】は見逃さなかった。
恐怖や警戒だけではない。
彼女は、先頭を切って怪異をなぎ倒しながら進む俺の『背中』を、どこか切なく、愛おしむような眼差しで見つめていたのだ。
(……昔の記憶でも思い出しているのか?)
実際、アイリスの頭の中には、かつてルナスティア家で過ごしたわずかな温もりが蘇っていた。
冷酷で、能力の高さだけを求め、忌み子である自分を『魔女』と呼んで排斥した冷血な家族たち。
そんな地獄のような屋敷の中で、唯一自分を人間として扱い、どれほど幼いアイリスが恐ろしい力を暴走させようとも、決して見捨てずにその前に立って守ってくれた老執事の姿――。
(……似てる。あの人の……背中に……)
どんなに凶悪な魔物が迫ろうとも決して揺らがず、自分を背中に庇いながら一切の敵を寄せ付けない圧倒的な後姿。
「ガキ」と無愛想に言い放ちながらも、死に体だった自分に何の返返り合いもなくポーションを与え、こうして安全に森を導いてくれる無骨な優しさ。
冷え切っていたアイリスの心に、小さな灯火がともっていく。
「……ねぇ、リンド」
アイリスが少しだけ歩幅を早め、俺の斜め後ろ、すぐ手の届く距離まで寄ってきた。先ほどまでの怯えや警戒は、綺麗に消え去っている。
「なんだ?」
「……貴方って、すごく意地悪で、口が悪くて、怪力で、人間離れしてるわ」
「言いたい放題だな」
「ふふっ……でも」
アイリスは小さくクスッと微笑むと、ボロボロのフードの隙間から、どこかすっきりとした透き通るような笑顔を見せた。
「……少しだけ、信用してあげてもいいわ。ほんの少しだけね」
「そりゃどうも。感謝するよ」
俺が肩を竦めて返すと、アイリスは嬉しそうに鼻を鳴らした。
夜の帳が下りるクロシキの森。
召喚獣たちの咆哮が遠くで響く中、俺たちの足取りは少しだけ軽くなっていた――。




