第22話:忌み名
「……っ!? な、誰……近寄らないで……っ!!」
俺が近づくと、倒れていた少女は弾かれたように跳ね起き、必死に背中を大きな大木の幹へと押し付けた。
その瞳には、隠しきれない強い警戒と……人間そのものに対する深い恐怖が色濃く浮かんでいる。
ボロボロのローブから覗く綺麗な銀髪と、透き通るような白銀の瞳。顔立ちには幼さが残っているが、佇まいにはどこか浮世離れした高貴さが漂っていた。
「落ち着け。危害を加えるつもりはない。こんな森の奥で倒れてたから声をかけただけだ」
「嘘……っ! 人間の言葉なんて、もう信用しない……! 私を……捕まえに来たんでしょ……!?」
少女は震える手で懐から小さな杖を取り出し、俺へ向けようとする。
だが――その瞬間、ぐらりと身体を大きく揺らし、激しい眩暈を起こしたようにその場へ崩れ落ちかけた。
「おい、無理をするな」
咄嗟に手を伸ばしてその肩を支える。
接触した瞬間、【心眼】を通して少女の体内の魔力残量が視覚的に理解できた。……完全に枯渇している。魔力が底を突き、生命力(HP)すら削れ始めている極限状態だ。
「……くっ……離して……っ! 【魔導】の……ルナス……うっ……っ!?」
彼女は自分の口から「ルナスティア」の名前が出かかった瞬間、まるで呪いに触れたかのように顔を酷く歪め、激しい拒絶反応を示して言葉を詰まらせた。
「ルナスティア家……? 魔法の名家として有名な、あの貴族か」
前世の知識やギルドでの情報が頭を過る。
確か、国でも屈指の魔導名家で、代々強力な魔法使いを輩出している家系だ。優秀な『6人姉妹』が治めていると聞いたことがある。目の前の少女はその末っ子というわけか。
「……言わないでっ!! その名前を……口にしないで……っ! 私はもう……あの家とは関係ない……っ!!」
少女は自分の肩を抱きしめ、小さな体をガタガタと震わせた。
名家の名を口にすることすら耐えがたいほどの激しい苦痛と恐怖。相当な惨劇か、裏切りがあったのは確かだった。
「優しくしてるつもりはないさ。ただ、目の前で死にかけの奴を見捨てる趣味がないだけだ。……魔力が底を突いて限界なんだろ。喰え。毒なんて入ってない」
俺は溜息をつき、亜空間から回復ポーションと干し肉を取り出して少女の前に置いた。
「……なんで……? 私は……『魔女』って呼ばれて……家族にすら恐れられて、追われて……誰も信じられないのに……なんで見知らぬ私に優しくするの……?」
少女はポーションを見つめたまま、絞り出すような声で呟いた。
『魔女』――。
詳細までは話してくれないが、おそらくその幼い体には、名家の中でも群を抜いて異質な、とてつもない(そして恐ろしい)スキルが眠っているのだろう。だからこそ家族にすら恐れられ、追われ、ここまで逃げてきたのだ。
「『魔女』だかなんだか知らんが、俺からすればただの腹を空かせたガキにしか見えん」
「ガ……ガキ……っ!? 私は立派な魔法使いよ……っ!!」
憤慨して頬を膨らませる少女。……少しは緊張がほぐれたらしい。
少女はおずおずとポーションを手にとり、一気に飲み干した。喉を潤し、少しだけ顔色が戻っていく。
「ふぅ……。……助けてくれたのは、感謝してあげるわ。……私の名前は、アイリス。……もう『ルナスティア』なんて家名は捨てたから……ただのアイリスでいいわ」
「俺はリンドだ」
アイリスと名乗った少女に頷き、俺は立ち上がり、静かに森の奥へと視線を向けた。
「アイリス。お前が何から逃げていて、どんなスキルを持っているのかは興味ない。だが、この『クロシキの森』は明日、俺の仲間たちがレベリングのために攻略しに来る場所だ。俺が今夜のうちに危険な魔物を殲滅して、安全なルートを完成させる。……大人しく後ろについてきな」
「……え? 一人でこの高難易度ダンジョンを……? 貴方、一体何者なの……?」
「ただの『深層』の生き残りだよ」
俺はニヤリと不敵に笑うと、背後に再び【アサシンベア・深層】を召喚し、漆黒の威圧感を放たせた。




