第20話:無限の糧と、深層の呼び声
「オラァァァァァァァァ!!」
「……うらぁぁぁぁぁぁ!!」
――ドゴォォォォォォン!!
ダンジョンの最深部ボス部屋に、腹に響くような凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
ダイダラの巨ハンマーと、死霊化したウルフェンの神剣が真正面から激突し、火花を散らしていた。
2日後に控えたバラクシアとの共同戦線による『同時ダンジョン攻略』に向け、俺たちはボス部屋の広い空間を利用して最終調整を行っていた。
メニューは、俺が考案した【ダイダラ&エルニャ vs ウルフェン&リーシェン】の2対2による実戦形式の模擬戦だ。
『チョロチョロと動いて目障りね……!【氷結障壁】!!』
「そんな遅い攻撃……届かない、です!!」
死霊リーシェンの放つ氷の壁を、エルニャは神速の身のこなしで軽々と跳び越えていく。
お互いに手加減なしの全力戦闘。死霊たちは俺の命令で「殺す気」で襲いかかり、ダイダラたちもまた、死線を超える勢いでそれに応戦していた。
俺はその激闘を横目に、先日捕食したアサシンベアの検証を行っていた。
【死霊魔法・極】の仕様通り、一定以上の強さを持つボス級の個体は、一度討伐してしまえば召喚枠にストックできる。試してみると、驚くべき結果が出た。
「ガァァァァァァァァァ!!」
召喚された【アサシンベア・深層】の凶暴性とステータスは、まさに化け物そのものだった。
同じアサシンベアの群れを赤子の手をひねるように叩き潰し、子熊を一瞬で食い殺してみせる。
(これが俺の手駒となった『深層』の召喚獣のパワーか……。恐ろしいな。だが、これからウルド皇国や国王を相手に回すとなれば、これ以上ない貴重な戦力になる)
俺自身も桁外れに強くなった自負はあるが、国という巨大な組織や『神域』のスキル持ちを相手にするには、まだまだ力は足りない。
レベルを1でも高く、手駒を1体でも多く。俺は共同攻略までの2日間、一切の妥協なくダンジョンに潜り続けた。
「……ぐぅぅぅぅぅぅ……っ!!」
『ハハハ! さっきまでの威勢はどうしたぁ!? このまま押し切ってやるよォ!!』
ふと目をやると、ダイダラがウルフェンの超高速の剣舞【銀剣の舞】に押されていた。やはり剣を受け流しながらウルフェン本体のパワーに対処するのは相当に厳しいようだ。
「まだだ……っ!!【完全なる肉体】……!!」
ここぞというタイミングで、ダイダラが自身のユニークスキルを発動させた。
あらゆる攻撃を完全に無効化するチートじみた能力。冷却時間が1時間という痛いデメリットはあるが、その効果は絶対だ。
『なっ……攻撃が効いてねぇだと……!? な、なめるなぁぁぁ!!』
焦ったウルフェンが咄嗟に防御姿勢を取ろうとするが、遅い。
完全無敵となったダイダラの巨ハンマーが、ウルフェンの胸板へ一直線に振り下ろされた。
「……終わりです! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
――ドゴォォォォォォォォォン!!
空間を爆破したかのような大音響と共に、ウルフェンの死霊体が粉々に砕け散り、灰となって風に舞った。勝者、ダイダラ。
深層ダンジョンの修羅場を潜り抜けるたび、たくましく進化していくこいつの成長には俺も感心するばかりだ。ちなみに灰になったウルフェンはMPさえ払えば何度でも再召喚できるので問題ない。
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
少し遅れて、リーシェン側の戦闘も決着がついたようだ。
全身ボロボロになりながらも、最後はエルニャが神速の突きでリーシェンを消滅させていた。……本当に、ただの奴隷として埋もれさせておくには惜しすぎる逸材だ。そう思えば、二人を引き合わせてくれた元パーティの無能ども(特にウイルフェン)には感謝しないとな。
そして――俺はこの模擬戦の最中、とんでもない『システムの裏技』を発見していた。
俺自身は、自分が召喚した死霊や魔物を倒しても経験値を得られない。
しかし、『ダイダラやエルニャが俺の召喚獣を倒した場合』は、通常通り莫大な経験値が入ってレベルアップするのだ!
これはまさに革命だった。
俺の引き出す召喚獣は、最低でもCランク上位、高いものではAランク中位に達する強豪ばかり。危険なダンジョンを探索して闇雲にモンスターを探すより、俺がその場で召喚した高ランク魔物を二人に狩らせ続ける方が、何百倍も効率が良い!
(無限レベリング(永久機関)の完成だ……!)
この方法を確立してからの二人のレベルの上がり幅は、まさに劇的だった。
今や二人だけでも、かつて俺が二人と出会った『賢王の墓』程度なら容易に単独攻略できる領域に達している。
急成長を遂げる二人を見つめ、俺は満足げに口元を緩めた。
「よし、今日は疲れも溜まっただろうからここまでだ。明日だが……二人にはまだ『深層』に染まっていない正常なダンジョンを攻略してもらう。今の二人なら、ボスまで難なく行けるはずだ。そうだな……『クロシキの森』にしよう」
「……ウス! ご期待に添えるよう全力を尽くします!」
「私、全力で……行く!!」
頼もしく胸を張る二人を見送り、俺は一人頷く。
二人が挑む前に、今夜俺が先に『クロシキの森』へ潜り、ボスやレア種を先回りして【捕食】してレベルとスキルを回収しておこう。
(……まだまだこれは序章に過ぎない。俺の【捕食】とこのシステムがあれば、どこまでも無限に強くなれる。国王やランカーズ……いや、『神域』のシュウにすら届く圧倒的な最強を目指すんだ……!!)
――その頃。ウルド皇国近郊の未攻略ダンジョン。
「ガルガン!! なんでいつまで経ってもボス部屋に辿り着かないのよ!?」
「ちぃぃ……っ!! うるせぇな! 道案内とか索敵系はあいつ(リンド)に全部押し付けてたから、俺に分かるわけねぇだろ!! おい! ゲステス!! お前がナビしろや!!」
ダンジョンの通路でギャーギャーと醜く罵り合っているのは、ランカーズのナスタとガルガンだった。
リンドが前世の記憶と血のにじむ努力で蓄積していた「ダンジョン構造の知識」と「圧倒的な探索スキル」。その全てをリンド追放によって失ったランカーズは、ダンジョン攻略のペースが劇的に鈍化し、今や国王からの信頼を失いかけていた。
「申し訳ありません、ガルガン様ぁ。私は攻撃魔法に特化したスキルですのでぇ……探知などは専門外でしてねぇ……」
ゲステスが嫌みらしくへらへらと頭を下げる。
「どいつもこいつも使えねぇ奴らばっかりだ……おい!!! 荷物持ち!! お前なんとかできないのかよ!!」
イライラを募らせたガルガンが、パーティの最後尾を歩く「新しい荷物持ち」へ怒声を浴びせた。
リンドの穴埋めとしてあてがわれた、ぶかぶかのフードを目深に被った小柄な荷物持ち。その人物が、くすくすと軽い鈴の音のような声で喋り始める。
「あはは、この道は『左』だよ! 僕を信じて進んでみてほしいな、ガルガンクン」
「てめぇ……誰に向かってタメ口きいてんだよ!!」
態度が気に入らなかったガルガンが怒り狂い、荷物持ちの胸ぐらを荒々しく掴み上げた。
その反動でフードが大きく捲れ上がり、下から少年のように愛くるしい、だが底知れぬ狂気を秘めた素顔が露わになる。
「アハハハ、気に障ったならごめんよ。でも、こっちが正解なのは確定なんだ。魔力の流れで分かるからね! 行ってみようよ!」
そこにあったのは――『神域』の所有者、柳修一の顔だった。
シュウの言葉通りに進むと、偶然か必然か、行き止まりの空間に豪華な宝箱がポツンと置かれていた。
「……てめぇ、あの箱取ってこいよ」
ガルガンがニヤニヤしながら指示を出す。
「いいの!? レア物が入っててもあげないからね! じゃ、お言葉に甘えてっと――」
――ガコッッッッッッ!!
案の定、宝箱の手前に仕掛けられていた落とし穴のトラップが作動した。
床が抜け、シュウの身体が真っ逆さまに暗闇の奈落へと落ちていく。
「俺たちに嘘の道を教えた罰だよバーーーーーカ!! アッハッハッハッハッハッハ!!」
かつてリンドを奈落へ突き落とした時と全く同じ、醜く歪んだ大爆笑を響かせるガルガン。
「にしても多いわね、罠。なんでこんなに引っかかるのかしら」
「ナスタ様。すでに他者が攻略済みの安全なダンジョンでは、こういった危険な迂回路は塞がれているのが常なのです。クックック」
「……『神の子』が再び無事に戻らんことを祈る」
ナスタ、ゲステス、そしてシアンまでもが冷淡に言葉を交わす。
あの時と同じように、彼らは何事もなかったかのようにシュウを見捨て、ダンジョンの奥へと去っていった。
――真っ暗な落とし穴の底。
底へ叩きつけられる直前、シュウの背中から眩い光の翼(神域)が展開し、ふわりと軽やかに着地を決めた。
「ふーん……これが国王サマや山城クンの言ってた『深層』かぁ。確かに普通の人間なら立っていることすらできない魔力が流れてるね。でも、こんな場所に本当にいるのかなぁ……転生者」
シュウは『神域』の翼を羽ばたかせ、常人なら即死する深層の大迷宮を何事もなく軽快に駆け抜けていく。
そして――かつてリンドがアルス(桐原蓮)と出会った、あの悲劇のボス部屋へと辿り着いた。
そこには、肉体を喰われ、朽ち果てた骨だけとなった桐原蓮の姿(骸骨)が転がっていた。
「わ! 本当だったんだね。国王サマも酷いことするなぁ。……ほいっ、【神域魔法・魂呼び】」
シュウが骨に向かって小さく手をかざすと、眩い金色の神聖な光が骸骨を包み込んだ。
やがて光が収まった時――そこには、骨ではなく、生前の肉体を取り戻した桐原蓮がぽかんと座り込んでいた。
「……っ!? ここは……『深層』……なのか……?」
自分の手を見つめ、驚愕に目を見開く桐原。
「やぁ、桐原クン……で、合ってるかな? 僕は柳修一。シュウでいいよ! 君は僕の魔法で、一時的に魂を現世に繋ぎ止めて肉体を再生したんだ。……ここで君に何があったのか、詳しく教えてくれるかい?」
桐原は目の前の少年が自分と同じ日本の転生者であることを察し、静かに、だが強い決意を込めて頷いた。
「……同じ日本の転生者なんだね。いいよ。僕がここで受けた仕打ち……この場所のこと……全部、君に話すよ」
奈落の闇の底で、二人の転生者の運命が交差し、物語は新たなる混沌へと加速していくのだった――。




