第19話:海の街バラクシアと『深層リベンジャーズ』
レアリアの街を出て、平原を歩くこと1時間ちょっと。
潮の香りと活気あふれる喧騒に包まれた、もう一つの都市が姿を現した。
要塞都市『バラクシア』。
大都市と呼べるほどの規模ではないが、広大な海に面しており、豊かな漁業と交易によって大いに栄えている港町だ。当然、しっかりとした冒険者ギルドも存在する。
俺たち3人とライオ、そして今まで名前を知らなかった例のギルド受付嬢――「ミルコ」というらしい――の5人は、街のメインストリートを歩いていた。
「いい街だな。レアリアほどではないが、活気で溢れているのが一目でわかる。それに……変な魔力の気配も一切感じられない。少なくとも、ここには国王の息はかかっていないだろう」
俺は魔物から奪った【気配感知】と【心眼】により、空間を流れる微量な魔力の波長すら視覚的に捉えられるようになっていた。街全体を包む空気は清澄そのものだ。
「……あぁ、俺も訪れるのは初めてだが、ここまで栄えているとは思わなかった。『海の支配者』の異名を持つバラクシアのギルドマスターは、かなりのやり手らしいな」
ライオが感心したように頷く。この世界では、冒険者ギルドが存在する街のギルドマスターがそのまま町長(市長)を兼任することが多く、バラクシアも同様のようだ。
「……クンクン。お魚の、すっごく良い匂い……!」
エルニャのお腹が「ぐぅ」と可愛らしい音を立てる。ぴんと立った猫耳をヒクヒクさせており、やはり猫の血が混ざっているだけあって魚には目がないらしい。
「……私も久しぶりの遠出でお腹が空いてきちゃいましたぁ。親睦を深める観光がてら、何か食べませんかぁ?」
ミルコもお腹をさすりながら、目を輝かせてライオにおねだりしている。
「……うむ、そうだな! 『腹が減ってはレベル上げもできぬ』という古い言葉もあるくらいだしな! まずは腹ごしらえといくか!」
(……絶対に転生者がこの世界に広めた名言だろ、それ)
微妙にアレンジされていてバカバカしいが、かつて同郷の日本人がこの世界に爪痕を残していると思うと、どこか可笑しく、少し誇らしい気もした。
俺たちはギルドの近くにある評判の魚料理専門店へと足を踏み入れた。
店内には香ばしい焼き魚と濃密な出汁の匂いが充満している。各自が適当に注文を済ませると、次々と豪華な料理が運ばれてきた。
刺身の豪華舟盛り、豪快な海鮮鍋、香ばしく焼き上げられた大ぶりの魚……おい、あきらかに頼みすぎだろ。誰だこんなに頼んだ奴は?
「なぁ……いくらなんでも多くないか?」
「ハハハハ! まぁいいじゃないか、今日は俺の奢りだ! みんな好きなだけ喰ってくれ!!」
「ギルド長、太っ腹~!! じゃあこれと、あっちの煮付けも追加でくださぁい!」
ミルコ、お前だったか。
普段受付でニコニコしている細身のスタイルからは想像もつかない大食いっぷりを見せている。
「……ウス。じゃあ俺も、この海鮮丼を大盛りで追加で……」
もう一人の大食漢はうちのパーティの巨漢だった。ダイダラ、お前は見た目通り食えそうだから納得だが。
俺は箸を取り、刺身を一きれ口に運ぶ。
うむ、不味くはない。人間としては普通に美味い料理だ。……だが、金を払ってまで喰いたいかと言われると疑問だった。やはり俺の味覚は【捕食】によって完全に狂っている。魔物が人間を襲って喰らう理由は、単純に「美味い」と感じるからなのだろうか。
俺はライオたちに怪しまれないよう、無表情で刺身を腹の中に納めていった。
……実を言えばここ最近、レアリアに潜伏している指名手配犯や悪質犯罪者を夜な夜な狩り集め、誰にも見つからない暗がりで【捕食】するのが密かな日課となっていた。
ライオからは「できれば無力化、最悪殺しても構わん」と言われている連中だ。奴らは人の皮を被った獣に過ぎない。俺の血肉となり、スキルの糧となって消える方が世のためだろう。
腹ごしらえを終え、いざギルドへ向かおうと店を出た、その時。
路地の影から人相の悪い男たちがゾロゾロと姿を現し、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて俺たちの前を塞いだ。
「てめぇら、見ねぇ顔だが……冒険者だな?」
「随分と上等な装備を着込んでるじゃねぇか。命が惜しけりゃ、有り金全部置いていきな」
白昼堂々、ギルド前でのカツアゲか。この街の治安はどうなっているんだ。
「お前らこそ何者だよ。こんな真っ昼間からコソ泥みたいな真似して、冒険者としてまともに稼げてないのか?」
「……うるせぇ!! 最近あちこちのダンジョンがおかしくなって、俺たち低ランクは食ってけねぇんだよ!! ガタガタぬかす前に金を出しやがれオラァ!!」
業を煮やした男が、怒号と共に俺の胸ぐらへ掴みかかろうと腕を伸ばしてくる。
俺は静かに息を吐き、昨夜狩った犯罪者から奪い取ったばかりのスキルを発動させた――【対人の心得】。
「へ?……うわぁぁぁぁぁ!?」
俺は迫る腕を最小限の動作で受け流し、男の顎へ完璧なカウンターの掌底を叩き込んだ。
【対人の心得】は非常に優秀な能力だ。素手による対人戦闘の精度が跳ね上がり、何より剣と違って「死なない程度に手加減して無力化する」ことが容易になる。
「さて、次はお前だな。かかってこいよ」
「ヒッ……う、ウワァァァァァァ!!」
「そこまでだ――【強麻痺】」
男が恐怖で逃げ出そうとした瞬間、どこからか透明な麻痺の衝撃波が飛来した。
【異常耐性】を持つ俺には静電気程度の刺激だったが、カツアゲの男は全身を激しい麻痺の痺れに襲われ、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「全く、白昼堂々こんなところで騒ぎを起こすとは……困った者たちだな」
振り返ると、そこには鮮やかな真っ赤な前髪で片目を覆った一人の女性が立っていた。
溢れ出る強気なオーラと凛とした美貌を兼ね備えた、成熟した大人の美女だ。
「……貴殿が『海の支配者』、カレン・リクタ殿か。騒ぎを起こしてしまってすまない。俺はレアリア冒険者ギルドマスターのライオネルだ」
ライオが前に出で冷静に頭を下げる。
「『破壊王』ライオネル……か! なるほど、生で見るとかなりの威圧感だな。なに、貴方がたは一方的に絡まれた側でしょう、お気になさらず。……ところで、貴方」
カレンの鋭い眼光が、俺へと向けられた。
「私の【強麻痺】の効きが異常に薄いようだが……貴方は何者だ?」
「リンド・アルターヤ。レアリアの代表冒険者として、ギルドマスターの護衛を任されている。……アンタのスキルに『耐性』があった、ただそれだけだ」
俺が素っ気なく自己紹介を返すと、カレンは俺の顔の呪印(赤線)をじっと見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「なるほどな……。貴方のその顔を見て、今回我が街を訪れた理由がなんとなく分かったよ。……私の執務室でじっくり話すとしましょう」
カレンの案内でギルド最上階の執務室へと通され、俺たちはこれまでの経緯と真相を打ち明けた。
「……なるほど、『深層』か。あの異質な魔力の正体は、そういうことだったのだな。話は分かった。そういうことなら、我々バラクシアギルドも全面協力しよう。先ほどの愚か者どものように、現在は周囲のどのダンジョンにも同様の魔力が蔓延し、冒険者たちが仕事と糧を失っている。早急に動かねばならん」
カレンは凛とした態度で即断した。
この世界のギルドマスターたちには、どこか芯の通った気品が感じられる。……ウルドの豚野郎以外は。
ウルドのギルドマスターは、ランカーズにいたゲステスの兄で「グドロス」という男だ。性格は破綻しており、下の冒険者には理不尽な横暴を働き、国王の前では揉み手で平伏する典型的な小物だった。
「協力を感謝する、カレン殿。早速だが、リンドの検証によれば、ダンジョン内に撒かれた『深層虫』が原因となっている。空気を浄化・無効化するスキルがあれば問題なく深層化を防いで侵攻できるはずだ。我がレアリアでも【空気清浄】を持つパーティを派遣し、無事に深層虫の駆除に成功している。……そちらでも要員を用意できるか?」
ライオが堂々とした態度で提案する。
「ふむ……何人か【清掃】や【環境浄化】の系統スキルを持つ者がいる。それで行けるだろうか、リンド殿?」
「『深層』の魔力は空気中を浮遊する毒だ。それが浄化、あるいは遮断できるものであれば何でもいい。大事なのは、その魔力を直接体内に吸い込ませないことだ」
「そういうことであれば、直ちに攻略部隊をいくつか編制できるな。……ちなみに、ここから一番近い対象ダンジョンは元々『Cランク』なのだが、どの程度の危険度まで跳ね上がっていると予想できる?」
カレンの問いに、俺は包み隠さず事実を口にした。
「Aランク上位……へたをすれば『Sランク下位』まで跳ね上がっていると見た方がいい。Bランク以下の冒険者は絶対に連れていかないのが賢明だ。正直、元がCランクとなると……俺たちでも割と骨の折れる戦いになる」
「なるほどな……。して、貴方がたはどのようなパーティ名で活動しているのだ? これほどの猛者たちの名を聞いたことがなかったのでな」
あぁ、パーティ名か。そういえば今まで決めていなかったな。
俺はダイダラとエルニャの顔を見やり、ニヤリと口元を歪めた。
「俺たちはできたばかりのパーティだからな。……そうだな、名前は『深層リベンジャーズ』とでも名乗っておこうか」
こうして、奈落の底から這い上がってきた男率いる新進気鋭のパーティを中心に、二つの都市による歴史的な【共同戦線】が結成されたのだった――。




