第18話:反逆の狼煙
深い闇の通路を抜け、俺たちはついにダンジョンの最終層――ボス部屋の重厚な扉の前に辿り着いた。
道中で岩壁にへばりついていた【深層虫】を片っ端から駆除したおかげで、ダンジョン内に充満していた狂気的な魔力はかなり薄れ、本来の環境へと戻りつつあった。
「さぁ、ボス戦だ。おそらくボスも『半深層』か、それ以上に変貌しているだろう。準備はいいか?」
「……ウス!! お任せください!」
「全力で……やる!!」
二人ともやる気満々だ。
先ほどまで『深層』の魔力に苦しんでいたというのに、本当に頼もしく成長してくれた。
俺は静かに頷き、ボス部屋の観音開きの扉を勢いよく押し開けた。
「――っ!? なんだ、この異常なまでの密度は……【浄化】!!」
扉が開いた瞬間、先ほどまでとは比較にならないほどの刺すような高濃度魔力が吹き出してきた。俺は間髪入れずに【浄化】の光を二人へ飛ばし、安全を確保する。
さらに、魔力の影響を受けにくい重装の【上位骸骨騎士】を先行させ、部屋の壁に群がっていた深層虫を一気に駆除させた。
霧が晴れ、ついに最深部に鎮座するボスの姿が露わになる。
事前情報では巨熊の怪物『アサシンベア』だったが――その佇まいはあまりに異質だった。
「……まあ、これだけ濃い『深層』の魔力を浴び続ければこうなるよな」
漆黒の毛並み、全身に脈打つ不吉な赤い血管模様。
『半』などではない。完全に【深層化】を果たしたアサシンベアが、狂気に満ちた赤い瞳でこちらを睨みつけていた。背後には同じく深層化した小熊の群れが数匹従っている。
俺は即座にウルフェンとリーシェンを召喚し、間合いを詰めた。
「小さいのは皆に任せる! 俺がボスを叩く!!」
「……ウス!!」
「……はぁぁ!!」
『今回も乗っていくぜぇ!!』
『行くわよ!!』
それぞれが標的を定め、一斉に戦端が開かれる!
ボスは俺の接近を察知し、空間を揺らすほどの激しい【威嚇】を放ってきた。だが、総ステータスで遥かに上回る俺には微風に等しい。
亜空間から引き抜いた二本の神剣を交差させ、【深層切り】と【風牙】を連続叩き込む。やはり【深層切り】は、深層の魔物に対して特効とも言える絶大なダメージを与えるようだ。
激痛に狂暴化するボスを横目に、俺はスキル【砂潜り】を発動。
【窒息耐性】を持つ俺は、土の中に潜伏しても一切のダメージを受けない。姿を消した俺を探してキョロキョロと周囲を警戒するボスの真後ろ――その死角の影から一気に跳び上がった。
「はぁぁぁぁぁ! 砕けろぉぉぉぉ!!」
渾身の力で放たれた【星砕き】がボスの脳天を直撃し、巨大な巨躯が豪快にダウンする。だが、さすがは完全深層化したダンジョンボス、生命力が異常にタフでまだ息がある。
(……良し、実験といくか)
俺は【鑑定】を発動してボスの体透過し、脈打つ心臓の位置をピンポイントで捕捉する。そして――心臓『だけ』に照準を合わせ、【黄金化】を発動させた。
『ゴルォォォォォ!? ガッ……ガガ……っ』
ボスが喉を詰まらせ、激しく痙攣し始める。
作戦成功だ。この【黄金化】は単に表面を金で覆うだけでなく、対象の部位そのものを『純金』へ変質させる。動き回る敵の狙った部位だけに発動するのは難易度が高いが、一度決まれば即死級のエグい効果を発揮する。
やがてボスの心臓が完全に金へと変わり、巨体から力が抜けて絶命した。
俺はすかさず死骸へと飛びつき、【捕食】を開始する。……相変わらず不味いが、他の深層種に比べればまだマシな部類だった。
『アサシンベア・深層を【捕食】しました。経験値を獲得。スキル【八つ裂き】【異常耐性】を獲得』
状態異常を無効化する【異常耐性】に、必殺の爪撃【八つ裂き】。
やはりダンジョンボスは必ず一つは強力なユニークスキルを所持しているようだ。
(……なら、俺が一番最初に食べたあの巨大な『ドラゴン』は何者だったんだ? あのレベルの凶悪なユニークスキルを同時に二つも持っていたということは、間違いなく最高峰のボス級だったはずだが……やはり『深層』は謎が多すぎる)
「……行きますよ、エルニャ!」
「はい……です!!」
横に目をやると、ダイダラとエルニャが抜群の連携で残った小熊を翻弄していた。
『ハハハ! この程度か雑魚どもが!』
『私たちの相手じゃないわね全く!!』
ゾンビ化しても相変わらずの口数のウルフェンとリーシェンが、死を恐れない凶悪な立ち回りで小熊を叩き潰していく。
ふと疑問に思った。こいつら……生前より明らかに強くなっていないか?
死を恐れない戦闘スタイルも理由だろうが、それ以上に使役者である俺のステータスが上がるにつれ、召喚されるゾンビのスペックも底上げされているのかもしれない。自分のスキルの研究もまだまだ必要だな。
「……横から小熊二匹……来ます!」
「……ウス!! はぁぁぁぁぁぁ!!」
二人の洗練された連撃が叩き込まれ、最後の小熊も絶命した。
ゾンビたちもすでに戦闘を終え、得物を納めている。
『あーあ、張り合いがないぜ。我が主よ、次はもっと強い奴を頼みたい』
『そうよ! 今の私たちなら……どんな相手でも負けないわ!』
「……思いついたぞ。お前たち、今度ダイダラたちと模擬戦でもやるか? もちろん殺しは無しでだ」
ここにいる4人は、全員がすでにSランク冒険者すら凌駕する領域に足を踏み入れている。並の魔物では練習にすらならない。なら、身内同士で限界まで高め合えばいい。我ながら最高の名案だ。
『確かにこいつらとなら、面白い戦いができそうだな!!』
「……俺は負けんぞ」
早くもバチバチと熱い火花が散り始める。
「また今度にしてくれ。今はまずライオへの報告が最優先だ」
俺は苦笑しながらウルフェンたちを【亜空間】へと引っ込めた。
帰り道、俺たちは今後のパーティ連携のおさらいや、俺を含めた3人での立ち回りなどを話し合いながら、和気あいあいとゆっくり街道を戻っていった。
――その後、冒険者ギルドの執務室にて。
「そうか、やはり『深層』が絡んでいたか……。それにしても【深層虫】か。実に嫌な代物だな。問題はなぜそんな虫がEランクダンジョンに発生したか、だが……」
「自然発生とは考えにくい。ウルドの連中が意図的に置いていった、と考えるのが自然だろう」
「やはり、リンドもそう思うか……。レアリアは他の街と密な連絡を取っていないから詳細は分からんが、もし他のダンジョンでも同じことが起きておるとしたら……これは国を揺るがす大問題だぞ」
ライオは重々しく腕を組み、深く考え込んでいた。
実際、今回のEランクダンジョンも体感でBランク上位~Aランク近くまで難易度が跳ね上がっていた。こんな異常が多発すれば犠牲者は計り知れない。
だが――『皇国のお膝下』と呼ばれるウルドは、この事態に対して全く動いていないのだ。
「……国王が直接絡んでいる、という線もあるな」
「……!? な、なんだと!?」
ライオが目を丸くして驚愕する。
「ある筋から聞いたんだが、現国王の今の髪は黒く、目の下には赤い線がついているらしい。……俺と同じ『深層』と深い関わりがあるのはほぼ確定だ。なら、あり得るだろう。ウルドの連中は国王の忠実な駒だ。指示に従って虫を撒いた……十分考えられる」
「なんと……。私も一度だけ姿を見たことがあるが、当時は白髪だったぞ……。なるほどな、お前と同じく何かの拍子に『深層化』した……というわけか。ますます国の闇が深くなってきたな」
あまりに現実離れしていながら、確かな根拠を持つ説に、ライオは眉間を固く寄せる。
「我々も他の街と連携を取る必要があるかもしれないな……。最近は反ウルドを掲げる都市もちらほら存在すると聞く。もはやレアリアだけで閉じこもっている場合ではないかもしれん」
「俺にできることがあれば言ってくれ。世話になった義理もあるが……『深層』が関わっている以上、俺は無関係ではいられない」
俺が協力を申し出ると、ライオはガタッと椅子を蹴って立ち上がった。
「おぉ!! そう言ってくれて非常に助かる! では今この瞬間から、お前たちのパーティを『レアリア代表パーティ』とする! 他の街との会談や交渉にも一緒に出席してもらうぞ!!」
「……え?」
できれば目立つ真似は避けたかったのだが……口にしてしまった以上、もはや引き返せない。
ライオの奴……どれだけ俺たちを信頼し切っているんだ。
こうして、俺たちの思惑を他所に、物語は世界を巻き込む大動乱へと動き出していった――。




