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第17話:侵食する『半深層』


無事に馬車のおじさんも無傷で済み、引き続き俺たちをダンジョン前まで送り届けてくれた。


「いやぁ、この仕事を始めてからかなりの修羅場は通ってきたつもりだったが、あんなデカい魔物に襲われたのは初めてだよ! おかげで助かった、お代はいらねぇ! あんたらは俺の命の恩人だ!!」


豪快に頭を下げられ、返答に少し困ってしまう。駄賃を浮かせてもらえるのはありがたいが、商売として大丈夫なのだろうか。


「こちらこそ助かった。帰りはおそらく遅くなるだろうから、先に街へ戻っていてくれ。……これを持っていけば、帰り道に魔物に襲われにくくなるはずだ」


そう言って、俺はかつて砂漠ダンジョンのクリア報酬で手に入れた【魔除けの鈴】を手渡した。

魔物を近寄らせなくする便利なアイテムだが、魔物を喰らってスキルを貪りたい今の俺には不要な代物だ。


「いいのか……!? いやほんと、何から何までありがとうな!! また遠出するときは声をかけてくれ、俺が責任を持って運んでやるからよ!!」


馬車のおじさんに大きな貸しを作れたようだ。レアリアの一般市民と良好な関係を築いておいて損はない。今後の活動もしやすくなるだろう。


走り去る馬車を見送った後、俺たちはダンジョン前の広場を捜索した。

本来なら初心者向けの露店やポーション屋、飯屋が所狭しと並んでいるはずの場所だが、今は全員が避難しており、不気味な静寂が漂っていた。


「低ランクダンジョンだから各街の公認冒険者は派遣されない……つまり、レアリアとウルド、どちらの冒険者でも自由に入れる場所か。そんなところで一体何をやらかしたんだ、ウルドの連中は……?」


きな臭い陰謀の匂いを感じつつ、俺たちはダンジョンの入り口へと向かった。

ステップを踏み越え、洞窟の闇へと足を踏み入れかけた――その瞬間。


「――!? この胸が狂おしくなるような嫌な空気……間違いねぇ、『深層』の魔力だ……!!」


ダンジョンの奥底から吹き出してきた魔力を肌に浴び、俺の脳裏に激しい既視感(フラッシュバック)が走る。

謎の巨大ドラゴンの上で目を覚まし、ミノタウロスに殺されかけ、ドラゴンの死骸を喰らい尽くして始まった、俺の地獄の原点。


「……ここからは、今まで経験したことのない異常な戦いになる。覚悟はいいか?」


「……ウス!!」

「ご主人様のために……私、頑張る!!」


「よし……行くぞ!!」


内部へ進むにつれ、ダンジョン本来の空気とは明らかに異なる、常軌を逸した濃度の高魔力が体を叩きつけてくる。

まさか……この初心者用ダンジョンそのものが、『深層』と同等の地獄へと変貌を遂げつつあるのか……!?


「……ハァ、ハァ……っ」

「……うっ、オエッ……」


ふと後ろを振り返ると、ダイダラとエルニャが『深層』の魔力毒に耐えきれず、膝をついて激しく嘔吐しかけていた。

まずい、俺が持つ【深層耐性】を二人に分け与えることはできないのか……!?

焦りながら周囲を鋭く見渡すと、ダンジョンのゴツゴツした岩壁に、不気味な虫が何匹もへばりついているのを発見した。


すかさず【鑑定】を発動する。


深層虫


分類:深層変異種


特徴:『深層の霧』を撒き散らし、周囲の環境を深層化させる不気味な寄生虫。


見た目は巨大なカタツムリのようだが、殻の下からムカデのような無数の足がウジャウジャと生えており、見るに堪えないグロテスクさだ。


(俺がいた奈落にはこんな虫はいなかった……。だが、こいつを喰えば『深層』に対抗するスキルが得られるかもしれない!)


「【蒼炎弾】――ッ!!」


奇襲の蒼い炎で壁の深層虫を焼き殺し、地面に落ちた死骸へ駆け寄ってそのまま口の中へ放り込んだ。

……激しい腐肉と泥が混ざり合ったような、気分の悪くなるような味が口いっぱいに広がる。本当に深層の魔物は不味い。


『深層虫を【捕食】しました。経験値を獲得。スキル【深層の霧】【浄化】を獲得』


(【浄化】……!? おあつらえ向きのスキルだ!)


深層虫を喰らい尽くすと同時に、周囲を覆っていた深層の霧がすっと薄れていくのが分かった。この虫が【深層の霧】を使ってダンジョンを強制的に『深層化』させていたのだ。


「二人とも、動くなよ――【浄化】!!」


光の粒子を二人に纏わせると、先ほどまで死に体だった二人の顔色が一劇的に良くなり、荒い息が静まった。


「……ありがとうございます、リンド様。あの異様な魔力に心が呑み込まれそうでした……」

「……ごめんなさい、私……役に立てなくて……」


不甲斐なさに落ち込む二人の頭を撫でてやる。


「気にするな。この『深層』の魔力は、耐性のない普通の人間なら一瞬で狂死するレベルのものだ。よく耐えてくれたよ」


「……! ウス!!」

「……私、もっと頑張る!!」


気合を入れ直し、さらに奥へと進む。

事前の情報では、このダンジョンは1層のスライムから始まり、ゴブリン、コボルト、オークと階層ごとに難易度が上がり、最深部のボスは巨大な『アサシンベア』とのことだった。


広場に出ると、事前情報通りスライムの群れが蠢いていた。

……だが、その姿は明らかに異常だった。


「……!? 体に不気味な赤い紋様が浮き出ている……!? 『深層化』しているのか!?」


体色は水色のままだが、表面に血のような赤い血管模様が脈打っている。俺が奈落で見かけた深層の怪物と同質の不吉なオーラだ。


「気をつけろ! こいつらは普通のスライムじゃない! 油断せず全力で叩き潰せ!!」


「……ウス!!」

「やって……やる!!」


二人が間髪入れずに踏み込む。俺は【神聖魔法】で二人のコンディションを極限まで引き上げつつ、手近なスライム3匹を【星砕き】で叩き潰した。

確かにFランクのスライムにしては異常な硬さと攻撃力だったが、地獄を潜り抜けてきた俺たちの敵ではない。


周囲の深層虫を【蒼炎弾】で駆除しつつ、潰れたスライムの液状の体を掬って口に流し込む。

……泥水とヘドロを混ぜたような凄まじい不味さだ。


『スライム・半深層を【捕食】しました。経験値を獲得。スキル【溶解液】を獲得』


(『半深層』……か。完全な深層種に変化しきっているわけではないんだな)


ダイダラとエルニャも手際よく残りのスライムを粉砕した。

続く第2層。ここには『半深層』と化したゴブリンの群れが蠢いていた。


「手を緩めるな! 【砂塵竜巻】!!」


何十匹もの半深層ゴブリンをまとめて巻き込み、肉片へと変える。不快感を押し殺して肉を喰らったが、すでにゴブリンは捕食済みのため新たなスキルは発現しなかった。完全に食べ損だ。


第3層。半深層化コボルトの群れ。


『コボルト・半深層を【捕食】しました。スキル【深層切り】を獲得』


そして第4層。広大な大空洞には、凶暴化し筋肉が膨れ上がった『オーク・半深層』の小集団が待ち構えていた。


「こいつらは数が多くて骨が折れそうだな。手駒を増やすぞ――【死霊魔法・極】。ウルフェン、リーシェン、上位騎士5体……召喚!」


黒い魔法陣から、死霊となったウルフェン、リーシェン、そして重装鎧の骸骨騎士たちが湧き出す。


『今回もド派手に暴れてやるぜ!!』

『素敵よウルフェン! 私も負けないわ!』


「ダイダラ、エルニャ! 元敵と一緒に戦うのは気が進まないだろうが、今のこいつらはただの忠実な人形だ! 全員で一気に叩き潰すぞ!」


「……ウス!!」

「うん……頑張る!!」


俺とウルフェンによるダブル【銀剣の舞】が空間を裂き、無数の刃がオークたちの巨体を肉片へと変えていく。そこへダイダラの重ハンマーとエルニャの神速の連撃、ゾンビ軍団の包囲攻撃が畳み掛けられた。

手練れ5人と高ランクの死霊5体。完璧な全方位殲滅戦だ。

圧倒的な暴力の前にオークの群れは瞬く間に壊滅し、最後の一匹が崩れ落ちた。


『※【死霊魔法・極】の解放条件を満たしました。一定数の【オーク・半深層】を討伐したため、召喚可能枠に追加されました(消費MP:250)』


『オーク・半深層を【捕食】しました。経験値を獲得。スキル【深層・神聖魔法】を獲得』


(なるほど……強力な魔物でも、一定数を狩って捕食すれば召喚枠にストックできるわけか。本当にどこまでも至れり尽くせりな極悪スキルだな)


脳内に響くシステム音を聞きながら、俺は手に宿った新たな魔力の輝きを見つめる。

【深層・神聖魔法】。

深層の持つ狂気と、神聖魔法の持つ治癒・光が融合した、不吉で強力な気配を纏う力だ。


『半深層』の魔物たちを蹂躙しながら、俺たちはついにボス部屋の前へと辿り着いたのだった――。

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