第16話:深層の残影と、喰らいつく牙
――チュンチュン。
爽やかな小鳥のさえずりで目が覚めた。
シュウとの絶望的な死闘から一夜が明け、自分の体を見下ろすと、全身をズタズタに切り裂いていた無数の傷口が綺麗さっぱり塞がっていた。
魔物から奪い取った【再生】のスキルは、つくづく恐ろしいほど重宝する。
「……リンド様、お目覚めになられましたか!」
「ご主人様……っ! よかった、目が覚めた……!」
ベッドの脇に目をやると、ダイダラとエルニャが今にも泣き出しそうな顔でこちらを覗き込んでいた。昨夜は血まみれで帰宅したため、余計な不安と心配をかけてしまったらしい。
「二人とも、改めてすまない。心配をかけたな。もう体もすっかり元通りだし、痛みもない。……だが、正直言って状況はかなりマズいかもしれない。国王アダムスに、俺の存在が察知され始めている。昨日の傷も、国王が寄越した刺客との戦闘で負ったものだ」
「……!? それは本当ですか!? そうなると……相当に危険ですね」
ダイダラが激しく息を呑む。
「あぁ。刺客自身は『国王には詳しく話さないでおく』と言っていたが、その言葉を額面通り信じるわけにはいかない。一応『リンド』という本名は伏せたが、いつ正体が割れてもおかしくない状況だ。ここからは急ピッチで戦力を強化する。……ついてきてくれるか?」
「……ウス!!」
「……ご主人様と、ずっと一緒!!」
二人は迷わず床に膝をつき、力強い眼差しで俺に深々と頭を下げた。
準備を整えた俺たちは、まず二人へ新たな装備を買い与えるため街の高級武具店へと向かった。
前主人のウルフェンは強欲でケチだったため、二人には初期冒険者すら着ないようなボロボロの布切れしか与えていなかったのだ。
俺は銀貨を惜しげもなく放り出し、重厚で洗練された高級防具を一式買い揃えた。
最初は二人とも「自分たちのような元奴隷がこんな高価なものを……」と恐縮していたが、半ば無理やり着せ替えてやると、気に入ったらしく何度も鏡の前に立って嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。
そして武器に関しては、昨日のシュウとの戦いで飛来した宝具の雨から、俺が咄嗟に【亜空間】へと格納しておいた一級品の武具から選別して手渡した。
スカルハンマー
装備条件:筋力1,500以上
ステータス補正:筋力+1,000 / 防御+1,000
所持スキル:【霊圧】(無条件で敵対する者の防御力を激減させる)
毒種の短剣
装備条件:俊敏1,500以上
ステータス補正:筋力+1,000 / 俊敏+1,000
所持スキル:【猛毒】(切りつけた相手の傷口から必殺の猛毒を侵食させる)
どちらもダンジョンボスのクリア報酬に匹敵する、凄まじい性能を秘めた極上物だ。
高い装備条件も今の二人なら軽々とクリアしている。威圧感あふれる漆黒のハンマーを手にしたダイダラと、洗練された紫毒の短剣を構えたエルニャ。見た目も完全に一線級の冒険者パーティだ。これなら街中で変な目で見られることもないだろう。
その後、俺たちは冒険者ギルドへと足を運んだ。換金を済ませ、今日のレベリング先を選定しようとした――その時。
「よぉ、リンド。見るからにまた一層強そうなパーティになったな」
「ライオか。珍しいな、部屋から出て受付にいるなんて」
「俺は引きこもりじゃねぇよ、舐めるな。……いや、まぁ色々とな。ちょいと厄介な騒ぎが起きてんだよ。ふぁぁぁ……」
見ると、ライオは目元に凄まじい隈を作り、何度も欠伸を噛み殺していた。
「何かあったのか? 今まで世話になったお返しだ、俺にできることなら協力するぞ」
「おおぉ! それは願ったり叶ったりだ! ぜひ頼みたい。……実はな、これまではEランクに指定されていたチュートリアル用のダンジョンがあるんだが……ウルドの連中が入っていった後にうちの冒険者が潜ったら、化け物みたいな魔物が蔓延っていたって話なんだ。三十人ほどの調査隊を派遣したが……生きて戻ったのはたった一人だ」
「……!? Eランクダンジョンで、そんなことが……!?」
「あぁ。しかも生き残った奴も片足を失い、本当に命からがら逃げ帰ってきた。……で、その冒険者が言っていたんだよ」
ライオは俺の顔をじっと見つめ、重々しく言葉を溜めてから告げた。
「その異変の起きたダンジョンの奧に……お前と同じ『赤い線の呪印』を持った奴がいた、とな。『深層』が関係しているのかもしれない」
「――っ! マジか……!」
『深層』。
俺がかつて仲間に裏切られ、死にかけた場所。
かつての転生者・桐原蓮が殺害された場所。
そして、俺がこの狂った世界への復讐を誓った、全ての原点。
未確認領域ゆえに当分は関わる機会がないと思っていたが……ここで『深層』のキーワードが浮上するとは。
「わかった。俺が調査に向かう。……それにしても『ウルドの連中が訪れた後』というのが引っかかるな。それまではごく普通の初心者用ダンジョンだったんだろ?」
「あぁ。ゴブリンやスライム、強くてもオークが単体で出る程度の浅いダンジョンだった。全く何がどうなっているのやら……頼んだぞリンド。『深層』が絡んでいるなら、お前にしか頼めん」
「あぁ、任せてくれ。俺にとって『深層』は因縁の場所だ。調査どころか、異常ごと根こそぎ叩き潰して攻略してやるよ」
「……ふっ、頼もしいねぇ全く」
ライオから地図を受け取った俺たちは、馬車を借りて目的地へと急行した。
本来なら初心者冒険者や商人で賑わっているはずの街道だが、現在は不気味なほど人影がなく、走っている馬車は俺たちの乗る一両だけだった。
すると突然――
「……ん!? う、うわぁぁぁぁぁ!!?」
御者のおじさんが悲鳴を上げた。
激しい揺れと共に馬車が急停車する。外へ飛び出すと、本来この地域には生息していないはずのAランクの翼竜――『ワイバーン』が2体、威嚇するように巨体を広げて上空を塞いでいた。
「おっさん、下がってろ!! ダイダラ、エルニャ! お前たち二人で右の1体を倒せ! 左は俺がやる!」
「……ウス!!」
「ご主人様……任せて!!」
思わぬ形になったが、新装備のお披露目戦だ。二人の立ち回りを視界の端で確認しつつ、俺も左のワイバーンへ意識を向ける。
まずは、新スキルのテストだ。【砂塵竜巻】を発動させると、激しい砂嵐が空中を舞い上がりワイバーンを呑み込んだ。広域攻撃ゆえに致命傷とまではいかないが、激昂したワイバーンが滑空して俺へ突進してくる。
「なら、これはどうだ――【黄金化】」
突進してくるワイバーンの両翼へ照準を合わせ、スキルを行使する。
直後、バキバキバキッ!!と異様な金属音が響き、ワイバーンの羽が一瞬で重厚な純金へと変質した。
『ガァァァァァァァァァ!?』
バランスを失った巨体は自重に耐え切れず、激しい音を立てて地上へと叩きつけられた。
「よし……次はこれだ。【死霊魔法・極】。ドラゴンゾンビ、ウルフェン、リーシェン……召喚!」
俺の足元に巨大な黒い魔法陣が広がり、腐臭と共にドラゴンゾンビ、そして手駒となったウルフェンとリーシェンのゾンビが這い出てきた。
『我が主よ。この目前のワイバーンを滅ぼせばよろしいのですね?』
ウルフェンが恭しく頭を垂れる。俺に食い殺された記憶は書き換えられ、絶対の忠誠を誓う下僕へと作り変わっていた。
「そうだ。手早く頼む」
『かしこまりました。いくぞリーシェン! 【銀剣の舞】!』
『わかったわウルフェン! はぁぁ! 【氷結障壁】!』
驚いた。ゾンビ化して使役されていても、生前のスキルをそのまま行使できるのか。
完璧なコンビネーションでワイバーンを追い詰める二人の姿を確認し、俺はトドメの直前に二人を土へと戻し、ドラゴンゾンビにフィニッシュを命じた。
『グルァァァァァァァァァァァ!!』
超高熱の【暗黒の息吹】が吐き出され、ワイバーンは叫ぶ隙もなく全焼して絶命した。
「ふむ……ゾンビ使役も使ってみるとかなり強力だな」
俺は即座にワイバーンの死骸へ飛びつき、【捕食】を開始する。その傍らでダイダラたちの戦闘に目をやった。
「エルニャ! 魔法で奴の翼を凍らせて地上へ叩き落としてください!」
「……わかった!」
ダイダラの的確な指示を受け、エルニャが【神速】を発動。
肉眼では捉えきれない超絶的な速度で上空を疾走し、紫毒の短剣と氷魔法を叩き込んでワイバーンの翼を凍りつかせる。混乱したワイバーンが墜落した瞬間――
「ウォォォォォォォォォォォ!!」
ダイダラが踏み込み、【スカルハンマー】を渾身の力で振り下ろした。
【霊圧】によって防御力を削がれたワイバーンの頭部が、熟した果実のように木端微塵に砕け散る。
Aランク上位の魔物相手に、ほぼ無傷での完全勝利。素晴らしい成長速度だ。
俺はワイバーンの肉を喰らい尽くし、満たされた心地で二人へ歩み寄った。
『ワイバーンを【捕食】しました。スキル【炎攻撃増大】【喰い裂き】を獲得』
『【捕食】【悪食】【食増】【喰い裂き】の全獲得を確認。――【捕食】スキルの仕様がアップデートされました』
『※相手が生存している場合でも、体の一部を【捕食】することで、一定時間相手の所持スキルの一部を行使可能になります』
(……アップデートだと!?)
脳内に響いたアナウンスに目を見開いた。本当に“天害級”は何でもありだな!
だが、これは凶悪すぎる強化だ。たとえシュウや今後の強敵をその場で殺し切れなかったとしても、腕一本、肉一切れでも喰らいちぎりさえすれば、相手のチートスキルを一定時間奪い取ってこちらが行使できるということだ。
「二人ともよくやった。完璧な連携だったぞ。さぁ、先を急ごう」
「……ウス!!」
「えへへ……!」
二人の成長を称えつつも、俺の思考は冷たく冴え渡っていた。
なぜ初心者用ダンジョンの周辺に、こんな危険なAランクの魔物が徘徊しているのか。
ウルドの介在、赤い線の呪印、そして『深層』の影。
深まる謎の答えを求め、俺たちは変貌を遂げたダンジョンへと足を踏み入れたのだった――。




