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第15話:もう一人の“天害級”


まったく気がつかなかった。

レベルが上がり、冒険者としての勘も研ぎ澄まされ、今までは周囲の人や魔物の気配を感覚的に感知できるようになっていたはずだ。

だが――今、俺の背後に立つ『何者か』からは、一切の気配が感じられない。今この瞬間すらもだ。


俺は冷や汗を流しながら、頭の中で間髪入れずに【鑑定】を発動する。だが、網膜に浮かび上がるはずの情報ウィンドウは透明なままで、何も表示されない。


「……お前は何者だ。俺に何か用か?」


「そんなに警戒しないでよ……って、いきなり後ろから話しかけられたらそうなるよね、ごめんごめん!」


振り向きざま、俺はその男の姿を見て目を疑った。

このファンタジー世界には絶対に存在し得ない、日本の高校生が着る『ブレザー制服』を身に纏っていたからだ。


「お前……! その服装は……!!」


「お、この服に反応したってことは君も転生者なんだね! まぁそうだよねぇ……その異様な魔力、さっきの戦い方、どう見ても普通の人間ではないだろうとは思ってたよ!」


一発で見抜かれた。なんなんだ、こいつは。何が目的でここにいる?


「剣をしまってよ、僕は君とは戦うつもりもないし、敵じゃない。少なくとも今はまだ、ね。僕の名前は柳(ヤナギ) 修一(シュウイチ)。転生した時の名前はもう捨てたよ。みんなからはシュウって呼ばれてる」


また日本人か。なぜこうも同郷の奴ばかりと出くわすんだ。

……だが、この男から発せられる得体の知れない圧迫感は本物だ。俺は警戒を解かずに剣を鞘へ納め、最低限の自己紹介を口にした。もちろん、『リンド』という名は伏せる。


「……シュウ、か。俺の昔の名前は……山城(ヤマシロ)だ。お前の目的を聞きたい。なぜこんなダンジョンにいる。お前、尋常じゃなく強いだろ」


「ははは! いいね、僕の強さを見抜いたのかな。うん、じゃあ目的を話すね。実はさ、国王サマに『レアリアに異様な魔力を持つ者が現れたから調べてこい』って言われたんだよね。それで君に辿り着いたってわけさ!」


「――っ!?」


心臓が跳ね上がった。

俺の復讐対象である現国王アダムスが、こんなにも早く俺の存在を感知したのか……!?

いや、正確には俺の顔や名前までは特定していないはずだ。だが、俺が発する異質な「魔力」の波長を察知して刺客を寄越した。


まずい。こいつを生かして返せば、俺の正体や潜伏先が公になってしまう。

隠れることも、牙を研ぐ時間も失われる。――殺さなきゃ、ここで消さなきゃダメだ!!


考えるより先に、俺は亜空間から双剣を引き抜き、【高速移動】を発動。

視界が置き去りになるほどの神速でシュウの懐へと肉薄する。反応速度は俺の方が上だ、いける!


「【星砕き】――ッ!!」


腕の筋肉を破裂させるほどの全力の第一撃。だが――俺の必殺の刃は、男の肌に触れるどころか、見えない『透明な壁』に阻まれて火花を散らした。


「……っ!!? なっ……!?」


「すごく速いね君! 僕のスキルがなきゃ今頃大ダメージ食らってたよ!! すごいすごい!!」


シュウが無邪気に笑うと同時に、俺の攻撃を防いだ『何か』が実体化して姿を現す。

それは――男の背中から力強く生え揃った、常軌を逸した巨大さを持つ純白の天使の翼だった。


「普段は【透明化】してるんだ。見えなかったでしょ? とってもいい攻撃だったから特別に教えてあげる! 僕のスキルは【神域化】――おそらく君と同じ“天害級”にして、歴代最強のスキルさ!!」


空間が歪んだ。

シュウの背後の空間が裂け、そこから無数の武器が滑り出してきた。

俺の【銀剣の舞】に酷似しているが、決定的に格が違う。この世界に存在するありとあらゆる伝説級・神話級の武具が、何千、何万と宙に浮遊しているのだ。

よく見ると、俺が手に持つ『黄金龍の煌剣』と同等の輝きを放つ宝具すら、その中にいくつも混ざっていた。


「君すごく面白いから、国王サマには何も言わないでおくよ!! ……その顔の呪印(線)の事もね!! じゃあ、生きてたらまた会おうね! バイバイ、山城クン!」


シュウが指を鳴らすと同時に、無数の宝具の雨が津波となって俺へ襲いかかってきた。

【銀剣の舞】で放たれる斬撃を相殺させつつ、奥義【流星群】を全開にして飛来する武具を叩き落としていく!


「くっ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


死んでたまるか!!

手に持った二本の剣を骨が折れるほどの力で振り回し、次々と死を運んでくる兵器の雨を弾き飛ばす。シュウの姿が掻き消え、無限と思われた武器の嵐にもようやく底が見え始めた――その時。


嵐の真ん中から、ひと際異質な輝きを放つ極大の神剣が一本、音速を超えた勢いで俺の胸へ向かって一直線に飛来した。


「なめ……るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


両の剣を交差させ、死に物狂いでその神剣を受け止める!

キンキンッ!!と鼓膜を破るほどの金属摩擦音がダンジョンの奥部屋に響き渡り、俺の体は勢いに押されて床を削りながら後方へ吹き飛ばされる。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


渾身の力を振り絞り、ついに神剣を横へ弾き返した。

床に突き刺さった神剣は輝きを失い、やがて灰となって消え去っていく。


……生き延びた。

自分の体を見下ろすと、全身がズタズタに切り裂かれ、血の海ができていた。【再生】スキルの自動修復すら追いついていない。ステータスを開くと、HPはごっそりと7割以上も削り取られていた。


「ハッ……ハッ……。普通にやり合ったら、俺は死んでいたな……」


完敗だった。遊ばれていただけだ。

まだまだ実力不足だ。こんな強者が国王の側にいる以上、今の俺の戦力で復讐に向かえば返り討ちに遭うだけだ。


もっと強く……もっと圧倒的な怪物にならなければならない!!


俺は宝箱からクリア報酬をひったくるように奪うと、足早にダンジョンを抜け出した。そしてレアリアへ戻る道中、目につく森林の魔物を見境なく狩り、狂ったように喰らい尽くした。


『コボルトを【捕食】しました。スキル【バーチカルライン】【気配感知】を獲得』

『ゴブリンを【捕食】しました。スキル【悪食】【欲張り】を獲得』

『ゴブリンアーチャーを【捕食】しました。スキル【弓術の心得】【心眼】を獲得』

『オーガを【捕食】しました。スキル【鬼術】【食増】を獲得』


ボロボロの状態でレアリアの拠点に辿り着き、フラフラと扉を開ける。


「……!? リンド様!! そのお怪我は一体……!?」

「ご主人様……!! どうしたの……!?」


血まみれの俺を見て、ダイダラとエルニャが血相を変えて駆け寄ってきた。


「あぁ……大丈夫だ。俺には自動回復のスキルがある。少し寝ていれば治るさ。すまないな、心配をかけて」


二人に着替えを手伝ってもらい、俺はすぐにベッドへと横になった。

明日から、ダンジョン攻略の効率を極限まで上げる。ダイダラとエルニャの育成も加速させる。もっと強く、誰にも踏みにじられない力を手に入れるんだ。


一方――ウルドの北方、現国王アダムスが座す巨城の要塞都市『ディアラバーニ』。

玉座の間へと通じるテラスに、天使の翼を羽ばたかせたシュウが舞い降りた。


「おぉ……シュウよ。戻ったか。どうだった? 私の脅威となるような奴はおったか?」


重厚な鎧を纏った兵士たちが並ぶ中、玉座に深く腰掛けた老王アダムスが問いかける。


「はは、安心してよ。確かにちょっと強い奴はいたけど、僕の足元にも及ばない奴だったさ。考えすぎだよ、おじいちゃん」


絶対の権力者である国王に向かって、あからさまに軽薄な口調で言い放つシュウ。

周囲の護衛騎士たちは不快感に眉をひそめたが、誰一人として男に怒声を浴びせる者はいない。この男が持つ【神域化】の暴威には、この国の全軍をもってしても敵わないと知っているからだ。国王自身すらも。


「ハッハッハッハ! そうかそうか、お前がそう言うなら私の考えすぎだったか。すまんな、面倒を頼んでしまって」


「別に暇だったからいいさ……。そうだ、僕はしばらくここを空けるから、せいぜい寝首をかかれないように気をつけてね! って、あんたなら問題ないか! アッハッハッハ!」


シュウはそれだけ言い残すと、再び純白の翼を広げ、嘲笑を残して空の彼方へと飛び去っていった。


「やれやれ……あの性格でなければ本当に優秀な駒なのだがな。“天害級”の扱いは実に手を焼く」


開け放たれた窓の外を見つめ、国王アダムスは静かに愚痴をこぼす。

だが、その老いた瞳の奥には、底知れぬ冷酷な光が宿っていた。


「まあよい……もう少しだ。もう少しで私の『計画』が始まる。誰にも邪魔はさせんよ……」


不敵な笑みを浮かべる国王。

この世界を揺るがす巨大な闇が、水面下で着々と動き始めていることを、まだ誰も知らない――。

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