第2話:崖っぷちの友情と、落下の果て
パーティを結成してから、約二年。
「おい!! リンド!! てめぇまともに荷物持ちもできないのか!!!」
怒号とともに、背中に強烈な衝撃が走った。
ドカッ! と鈍い音が響き、僕は二人分の巨大なバックパックごと地べたへ蹴り飛ばされる。
「ご、ごめ……うわぁぁぁ!?」
「あ……! ちょっとガルガン! 私の荷物も入ってるんだけど!?……はぁ、荷物はもっと丁重に扱いなさいよね」
転がり落ちた僕に、ナスタは冷ややかな視線を向けるだけだった。心配しているのは僕の身体ではなく、バッグの中身だ。
二人からの視線には、かつての幼馴染に対する温もりなど微塵もなく、ただ『ゴミ』を見るような蔑みだけが宿っていた。
「クックック。元・神・童・さんがこのザマとは……運命は残酷ですねェ……クックック!!」
「先を急ぐ。時間がもったいない」
嘲笑うのは、一年前に入ってきた魔法使いのゲステス。
不快そうに言い捨てて通り過ぎるのは、僧侶のシアン。
「う……ぐっ……ま……待って……」
泥と埃に塗れながら立ち上がる僕を置き去りにして、四人は振り返りもせず奥へと歩いていく。
(どうして……こんなことになっちゃったんだろう……)
歪み始めたのは、パーティを結成して数ヶ月が経った頃だった。
前世の知識と幼少期からの鍛錬で「神童」と呼ばれていた僕は、あの神授の儀で『???』という謎の真っ黒なスキルを得た。
そして初めてのダンジョン攻略。
Sランクスキルを授かった二人は一戦ごとに目覚ましい成長を遂げ、飛躍的にレベルを上げていった。しかし――
『なんでだ……? 二人と同じくらい魔物を倒しているはずなのに、レベルが全く上がらない……?』
魔物を倒せば経験値が入り、レベルが上がる。それがこの世界の絶対法則のはずだった。
なのに、僕のレベルはピタリと止まり、経験値が入る気配すら得られなかった。
『だ、大丈夫よリンド! きっとその凄いスキルが成長している代わりに、レベルが上がりにくくなっているだけよ! 気にしないの!』
『……チッ、先に行くぞ』
最初はナスタも励ましてくれ、ガルガンも気遣ってくれていた。
だが、月日が流れるにつれて状況は悪化していく。
ランカーズは後衛二人を加えて補強し、Sランク二人による圧倒的な火力と、Aランク後衛による補助で、電光石火の如く成果をあげていった。
成長せず、スキルも使えない僕は、前衛を下ろされ、ついに『荷物持ち』へと降格した。
新メンバー加入時にはクビを宣告されかけたが、「荷物持ちとしての雑用」と「前世の知識によるダンジョン知識」を買われ、惨めな扱いに耐えながらギリギリで引き留められていたのだ。
◇
現在、ウルドという大都市のギルド公認パーティとなったランカーズは、新しく発見された未攻略ダンジョンの『初見調査』を任されていた。
ギルドマスターからも実力を認められた、輝かしい栄光の真っ只中。
しばらく歩くと、通路が二手に分かれていた。
「こういう構造の時は、右を選んだ方がいいって前哨本に書かれていたよ」
僕は存在価値を示そうと、知識を絞り出して提案する。
「うるせぇな無能荷物持ち! おい、左行くぞ!!」
「え……ちょ、ちょっと!?」
ガルガンは僕の言葉を鼻で笑い、逆の左通路へと突き進んだ。
その先は――やはりというか、行き止まりだった。
「チッ……マジかよ……ん? おい!! あれ見ろよ、宝箱があんじゃねぇか!!」
突き当たりの壁際に、重厚な装飾の宝箱がぽつんと置かれていた。
ガルガンが意気揚々と駆け寄ろうとした時、魔法使いのゲステスがその肩を制した。
「ガルガン殿、これはおそらく罠ですぞ。そこで……こうするのはいかがですかな? クックック……」
「てめぇ……ひヒヒ、いいじゃねぇか! そうしようか!」
僕に聞こえないよう小声で密談を交わすと、ガルガンは人が変わったような笑みを浮かべてこちらへ振り返った。
「なぁリンド。いつもキツく当たっちまって悪かったな。俺も度重なる攻略で余裕がなくなってたんだ。幼馴染相手に情けねぇよ」
「……!! そ、そんな……!」
「いや、俺が悪い。申し訳ないと思ってる。だからよ……これでチャラってわけじゃねぇが、あの宝箱の中身、お前にやるよ。とんでもねぇお宝かもしれねぇし、お前が強くなれるようにと思ってな」
「……! ガルガン……ありがとう!!」
今思えば、寒気のするような大根役者の演技だった。
けれど、連日の精神的苦痛と、久しぶりに幼馴染と対等に話せた嬉しさで、僕は完全に毒気を抜かれてしまっていた。疑うことすら思いつかなかった。
本当に愚かだったと思う。だが、もう遅かった。
僕が勢いよく宝箱へ駆け寄った、その瞬間――。
ガコッッッッッッッッッ!!!!
地響きとともに、足元の石畳がぽっかりと崩れ落ちた。
「う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
底の見えない大穴。僕は必死に手を伸ばし、崩れ残ったフチへとなんとかしがみついた。下は完全な暗闇。落ちれば命はない。
「ブッ……ハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
その時、抑えきれなくなったようにガルガンが大爆笑を破裂させた。続いてナスタも、ゲステスも腹を抱えて笑い出す。
「み、みんな……! 笑ってないで助けてよ!! 頼むよ……!!」
「おいおい!! こいつ本気で命乞いしだしたぞ!! バーーーカ!! あんなアホみたいな演技に騙されやがって!! 悪いなんて微塵も思ってねぇよ、バカが!!」
「ガルガン、頼む!! 君の『金剛力』なら僕を引っ張り上げられる!!」
僕がすがるように叫ぶと、ガルガンの顔から一瞬で嘲笑が消えた。
「黙れよ、無能が」
「……っ!?」
「俺ぁ昔からお前が気に食わなかったんだよ……『神童』ともてはやされ、それでも努力をやめず、常に俺の前を歩くお前がなぁぁ!!」
ガンッ!!
ガルガンの重い靴が、僕のしがみつく手を踏みにじった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!? な、何するんだガルガン!! やめてくれ!!」
「本当にバカね、あんた」
冷酷な声が頭上から降ってくる。見上げると、ナスタが蔑むような瞳で僕を見下ろしていた。
「今までは知識のある荷物持ちとして置いてあげてたけど、代わりの荷物持ちが見つかったのよ。Aランクスキル持ちのね。あんたはもう不要なの」
「クックック……あなたの処分には皆様困っておりましたが、この新ダンジョンでの落下事故ならば……誰も疑わないどころか、英雄の犠牲としてもてはやされるでしょうねェ」
二人の言葉で、全てを理解した。
新ダンジョンでの不慮の事故。危険と隣り合わせの冒険者には、どこにでもある話だ。
そうか。僕は最初から、事故に見せかけて殺される手はずだったのだ。
「あばよ、元・神・童・クン。来世はもっといいスキルが得られるといいなぁ!!」
ドガッ!!
ガルガンの太い足が、僕の顔面を真っ直ぐに蹴り飛ばした。
指先がフチから離れる。身体がふわっと浮き上がり、重力に従って黒い奈落へと堕ちていく。
「お前ら全員……絶対殺してやるからなァァァァァァァァァァ!!!!」
喉が裂けるほどの叫びは、闇の底へと吸い込まれて消えた。
◇
「さ、邪魔者もいなくなったことだし、宝箱開けちゃいましょ!」
ナスタは開いた穴を避け、宝箱のフタを跳ね上げた。
中に収められていたのは――柄が禍々しくも美しい『龍』の形をした、黄金に輝く大剣だった。
「お……おいおい!! なんだよこのヤバそうな剣は!! 見せろ見せろ!!……って、お、重すぎだろこれ……!?」
Sランクスキル『金剛力』を持つガルガンが両手で持ち上げようとするが、あまりの重量に足元がつき、フラフラと体勢を崩す。
「ちょっとガルガン危ない!! 離しなさいって、この……きゃっ!?」
「あっ――」
二人が奪い合った瞬間、手から滑り落ちた黄金の剣は、吸い込まれるように先ほどの穴へと落ちていった。
「ナスタてめぇ何してんだよ!!! あんなヤバそうな剣を……ちくしょう!!」
「まぁまぁお二人とも。もしかしたら穴の奥で元神童クンの腹に突き刺さってるかもしれませんし、また今度拾いに来ればいいんですよ。クックック」
「へっ、まぁそれはそれで面白そうだからいいか! どっちにしろ俺たちのステータスじゃ扱えそうにねぇしな!」
こうしてランカーズは歩き出す。まるで何もなかったかのように。
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