第13話:死霊の芽生えと、繋がれた絆
血の味と凄惨な狂気の記憶を口元から拭い去り、荒い息を吐いていたその時だった。
無機質なアナウンスが脳内に響き渡る。
『スキル【死霊魔法・極】の内容が更新されました』
『【ゾンビ・ウルフェン】が召喚可能になりました』
『【ゾンビ・リーシェン】が召喚可能になりました』
「……なっ!?」
ハッとして思考を整理する。なるほど、さすがはダンジョンボスのユニークスキルだ。
ただ死体を動かすだけではない。一定以上の強さを持った魔物や人間を『捕食』することで、その魂ごと【死霊魔法・極】の使役対象としてストックできるらしい。
(……クズどものスキルを奪うだけでなく、死んでもなお手駒として使い倒せるというわけか。とんでもないチート性能だな……)
己の中に宿る異能の凶悪さに一瞬戦慄しつつも、これから始まる果てしない復讐劇を思えば、これ以上ない強力な武器だった。
「……二人とも、もう終わったからこっちを見ていいぞ」
背を向けて待たせていた奴隷の二人へ声をかける。
「……ウス……っ!?」
「……!?」
振り返った二人は、目を見開いて絶句した。
そりゃそうだろう。つい先ほどまで転がっていたはずの主人の死体が消え去り、その骨を手にした俺が、口元を血で汚して立っているのだ。誰だって恐怖で凍りつく。
「……あぁ、すまん。これが俺のスキル【捕食】なんだ。対象を喰うことでその力を奪える……的なものだ。まぁ、覚えておいてくれ」
俺が説明すると、二人は無言で何度も頷いた。
噂には聞いていたが、この世界の奴隷術式は反抗した際のペナルティが苛烈を極めるため、基本的には主人に対して絶対従順になるらしい。……本当にその通りのようだ。
「これから俺は一度街に戻ってから、また別のダンジョンへ向かう予定だ。だが……俺を主人としてついてくるのは問題ないか? 嫌なら正直に言ってくれ。俺が腕輪をしているとはいえ、出会ったばかりのうえに目の前で前主人を殺した蛮族だ。一度腕輪を外して話そう」
俺は腕輪を外し、二人の目の前に提示して問いかけた。
すると、岩のような大男が静かに、しかし力強い口調で言葉を紡いだ。
「……元主人のウルフェンは、俺たちを物のように扱い……そっちの子に関しては、まぁ……言いたくもないような行為もしていた。奴隷の身でこんなことを言うのはおかしいと理解しておりますが、俺は貴方に感謝している。貴方についていきたい。……本心です」
(……意外と喋れるんだな)
強面な見た目に反して、しっかりとした意思を感じる。続いて、隣に立つ猫耳の少女が、控えめに、けれど真っ直ぐ俺を見つめて口を開いた。
「……私も、ついていく」
「……そうか。ありがとう、二人とも。主人と奴隷という奇妙な関係ではあるが、これからよろしく頼む。俺はリンド・アルターヤだ。……えっと、二人の名前を教えてもらえるか?」
再び腕輪を自分の腕にはめ直し、自己紹介を促すと、大男は申し訳なさそうに視線を落とした。
「……リンド様、俺たちは前主人より名を与えられておりません」
「……私も」
「……マジか」
名無し、か。道具としてしか見ていなかった証拠だ。つくづく救いようのないクズだったな、ウルフェンは。
「わかった。なら、俺が名前をつけよう。お前は【ダイダラ】、お前は【エルニャ】だ。いいな?」
二人の佇まいや雰囲気から、直感で名付けた。
「……!! かしこまりました! このダイダラ、リンド様のためにこの命を捧げます!」
「……!! 捧げます……!」
二人は目を見開き、感極まった表情でその場に膝をついて頭を下げた。
この時は「大げさだな」程度にしか思っていなかったのだが、後に知ることになる。奴隷に『名前』を与えるということは、単なる識別ではなく「対等な人間として扱う」という、奴隷にとって最高峰の尊厳と名誉を意味するのだと。
(……そういえば、不思議なことがあるな)
ふと、自分の胸の内に意識を向けて驚いた。
ウルフェンの腕輪をはめ直し、二人との『奴隷契約(主従関係)』が正式に成立した途端――あれほど俺の脳を焼き尽くし、二人を食い散らかしそうになっていた凶絶な『飢餓感(食欲)』が、まるで嘘のように綺麗さっぱり消え去っていたのだ。
(あの【捕食】の怪物人格は、俺の『所有物』や『配下』になった存在には一切反応しないらしい……。システム的に喰う価値がないと認識したのか、あるいは契約の魔力が防波堤になったのかは分からないが……とにかく助かった)
正気を失った自分が二人を襲う心配がないとわかり、胸の奥底で深く安堵した。これで心置きなく、二人を信頼できる味方として連れて行ける。
レアリアへの帰り道、魔物を倒しつつ、俺は二人に向かって自分の過去とこれからの目的を隠さず話した。
ハズレスキルと蔑まれ、仲間に裏切られて奈落に落とされたこと。そして――世界と国王への復讐。
「……そんなこんなで、俺は元仲間を殺し、最終的には国王を殺す。それが俺の旅の目的だ。どうだ? 頭がおかしい人間だと思ったか?」
恐れられるのを覚悟で問いかけると、ダイダラは首を横に振った。
「……いえ。そもそも、この歪んだ奴隷制度を作り出した元凶こそが、現国王【アダムス=ユングベリ】です。奴隷は皆、あいつを激しく憎んでいます。……もちろん、俺もです」
「……私も、あいつ、嫌い」
エルニャも小さな拳をぎゅっと握りしめる。
まさか奴隷制度の元凶があの国王だったとはな。性根の腐った奴は、どこへ行っても敵を作っているらしい。思わず口元が歪む。
「よし……誰かに復讐を手伝ってもらおうなんて考えたこともなかったが、俺と共にこの復讐を成し遂げてくれるか?」
「……仰せのままに」
「……ままに」
道中、試しに二人の戦闘力を見せてもらったのだが――結論から言えば、二人とも反則的に強かった。
かつて『ランカーズ』でトップを張っていたガルガンやナスタと比べても遜色ない。特にダイダラの所持スキル【完全なる肉体】は、一定時間あらゆるダメージを完全に無効化するというチート性能だ。
群がる魔物を瞬く間に蹂躙していく二人を見て、俺は思わずニヤリと笑みを深めた。
無事にレアリアへ戻ると、ギルド長ライオから貰ったペンダントのおかげで検問を難なく突破。そのまま冒険者ギルドへと足を運んだ。
「おぉ、戻ってきたかリンド! ……って、ずいぶんと大きな成果を連れて帰ってきたみたいだな」
ライオは俺の後ろに控えるダイダラとエルニャを見て苦笑いを浮かべたが、野暮な追及は一切してこなかった。本当に気が利く男だ。
「あぁ。これがダンジョン主の『賢王の王冠』だ。攻略は完了した。それと、これから俺と行動を共にする『ダイダラ』と『エルニャ』だ。よろしく頼む」
紹介すると、二人はライオに向かって深々とお辞儀をした。
「おぉ!! お前の底知れない魔力からまさかとは思ったが……本当に単独攻略しちまうとはな! お前を引き入れた俺の目は間違っていなかったわけだ! これからもよろしく頼むよ、三人ともな!」
ライオは宿敵であるウルドのギルドよりも先にダンジョンを攻略できたことに上機嫌だった。
俺はダンジョンで手に入れたゾンビの肉や骸骨騎士の骨などの素材をギルドで換金し、今夜の宿を探そうと足を向けた。
「リンドさん!! ちょっと待ってください!」
受付嬢が慌ただしく走ってくる。
「ギルド長から『これを渡してくれ』と頼まれまして!」
「ん? 封書か? なんだこれ」
「すみません、私も中身は聞いてなくて……でも、きっと良い知らせだと思いますよ! それでは!」
手渡された封書を開くと、中には『ギルド管轄・賃貸物件の契約書』と、一本の部屋の鍵が入っていた。手紙の添え状が添えられている。
『仲間が増えたんだ、宿じゃ狭いだろ。二人パーティ用の部屋しか空いてなかったが、貸してやるよ。初期費用はさっきの素材換金から引き落としといたからな。鍵、失くすなよ。 ――ライオ』
「……どんだけ世話焼きなんだよ、あの人は」
手厚すぎるサポートに少し怖くなりつつも、感謝が胸に染みる。
地図を頼りに向かうと、レアリアの中央街から少し離れた静かな区画に、小綺麗な一軒家の平屋が建っていた。
「マジかよ、一軒家タイプか……至れり尽くせりだな」
中に入ると、生活に必要な家具が一式揃っていた。
奥の寝室には、一人用のシングルベッドが一つと、二人ならゆったり寝られそうな大きめのダブルベッドが一つ。
「悪いが、お前らは大きい方を二人で使ってくれ。俺は一人で寝たいからさ」
「……ベッドで寝かせていただけるだけで光栄です。ありがとうございます、リンド様」
「……ベッド、嬉しい」
嫌がるどころか、二人は心から感動したように瞳を輝かせていた。今までどんな劣悪な環境で寝かされていたのか……想像するだけで反吐が出る。
夜。
ダンジョン攻略の過酷な疲れと、新居のふかふかなベッドの心地よさも相まって、俺は久しぶりに深い眠りへと落ちていた。
――モゾ……モゾ……。
突然、布団の中で何かが動く気配で目が覚めた。
直後、俺のズボンが強引に引き下ろされる。
「っ!? な、何をしている……!?」
跳ね起きて視線を落とすと、俺の股間にエルニャが顔を埋めようとしていた。
「……男の人は……こうすると喜ぶって……」
震える声で呟くエルニャ。
……そうか。ウルフェンはリーシェンという女がいながら、日常的にこの小さな獣人の少女へ手を引き伸ばしていたのだ。吐き気がするほどの激怒が腹の底から湧き上がる。
「……これをしたら、殴られずに済んだから……だから……っ」
怯えた瞳。これはトラウマだ。生き残るために叩き込まれた、歪んだ防衛本能。
「……エルニャ」
俺は彼女の肩を優しく掴み、諭すように言葉を紡いだ。
「俺は、お前を殴ったりしない。お前たちは俺の復讐を手伝ってくれる、大切な仲間であり戦力だ。傷つけたり、そんな風にお前を道具扱いすることは絶対にしない」
「……っ……ぁ……」
エルニャの瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
「……ありがとう……ご主人様……っ」
泣きじゃくるエルニャの頭を、俺は優しく撫で続けた。
弱者が踏みにじられ、理不尽が当たり前のように横行するこの狂った世界。
……やっぱり、根本からぶち壊さなきゃダメだ。
(待ってろよ、カス共。一人残らず……喰い殺してやる)
夜の静寂の中、俺は決意を一層強く握りしめたのだった――。




