第12話:復讐の刃と、繋がれた鎖
賢王ボヌルドを食らい尽くし、無事に『賢王の墓』を完全攻略した俺は、玉座の奥に鎮座していた絢爛な宝箱を開けた。
中に納められていたのは、怪しい紫色の魔力を揺らめかせる一振りの剣、洗練された漆黒の手袋、そしてダンジョン踏破の証である『賢王の王冠』だった。
早速、新スキル【鑑定】を透過させる。
【賢王の魔法剣】
装備条件:魔力2000以上
ステータス補正:筋力+1500 / 魔力+1500 / 魔防+500
付与スキル【王家の呪い】:魔法を纏わせた攻撃の与ダメージが200%増加。斬撃を当てた対象のMPを吸収する。※効果消去不可
【邪龍の手袋】
装備条件:Lv85以上
ステータス補正:防御+500 / 魔防+1000
特殊効果:自身から離れた手元の武器を、任意のタイミングで手元へ引き戻す(引き寄せ)。
「……破格の性能だな。特に魔法剣のMP吸収とダメージ補正は俺のスタイルに噛み合いすぎている」
基本はこの魔法剣を主軸にし、もう一本の双剣枠を相手や状況に応じて切り替えるのがベストだろう。
手に入れた新装備を身に纏う。鏡を見るまでもなく、自分の身なりが着実に『黒一色』の異形へ染まっていくのがわかる。まあ、もはや日陰を歩く身だ。お誂え向きというものだろう。
手に入れた装備を整え、ダンジョン奥の転移ゲートを潜って入口のエントランスへと戻った。
その瞬間、城の入口付近から人の気配と喋り声が届いた。俺は咄嗟に【透明化】を発動し、気配と姿を遮断する。
「へっ、こんな辛気臭いボロ城を調べろだなんて、マスターも人が悪いぜ!」
「仕方ないでしょ、こんな巨大なダンジョンを野放しにはしておけないわよ。それに……レアリアの連中に先越される前に、私たちが攻略して手柄にしちゃわないとね!」
「……ウス」
「……」
見開いた視界に入ってきたのは、四人組の冒険者パーティだった。
見覚えがある。ウルド公認パーティの一つ、『銀狼ブレイクス』だ。かつてランカーズ時代に合同攻略で組んだことがある。
当然、当時の荷物持ち(ゴミ扱い)だった俺は、こいつらの荷物まで理不尽に押し付けられ、雑用を押し付けられた記憶しかない。
「そういや知ってるか? あの『ランカーズ』さんのとこの無能荷物持ち! あいつ穴に落ちて死んだらしいぜ!」
リーダーのウルフェン・ロクスが大声で蔑むように下衆く笑う。
「あー、あの冴えない男ね。いつも薄暗くて気味が悪かったわぁ。死んだって誰一人悲しまないんじゃないかしら? フフフ」
露骨に嗤うのは、副リーダーのリーシェン・シナクス。
後に控える二人は、岩のような巨体の大男と、猫耳の生えた小柄な獣人の少女。いわゆる“戦闘奴隷”だ。意思を感じさせない眼差しで後ろに突っ立っている。
ウルフェンの親はウルドでも有数の豪商人であり、有り余る金で息子に戦闘奴隷を買い与えたのだ。
「ハハハ! やっぱりああいう無能から真っ先に死んでいくんだよ! 俺のようなロクス商会の未来を担う選ばれし男が生き残り、強く繁栄する! ワッハッハッハ!!」
「本当ね!『ランカーズ』さんの価値が下がってた時にさっさと脱退してれば命くらいは助かったかもしれないのに、愚かな奴! アハハハ!」
嘲笑いながら俺の悪評で盛り上がる二人。
フツフツと胸の奥から怒りが煮え滾り、それと同時に……強烈な腹の虫が鳴った。
思考が腐りきったクズども。ハズレスキルを理由に他人を見下し、踏みにじる連中。
世界に復讐を誓った俺が、最も反吐が出る種族だ。
「――誰が死んだって?」
俺は【透明化】を解除し、四人の目の前に静かに姿を現した。
「なっ……なんだお前!? ……って、荷物持ちくんじゃん! 髪染めてイメチェンでもしたのかよ!?」
ウルフェンは俺の顔を見るなり、驚きから一転して馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「なぁ……さっきの話、俺も混ぜてくれよ。誰が死んだって? 俺はこの通り、ピンピンして生きてるんだが……なぁ?」
「で、デマ情報だったの!? ウルフェン、誰から聞いたのよそれ!」
「お、俺はガルガンさんから直接聞いたんだぞ!? だから間違いないはずなんだが……なんで生きてやがるお前!? ……あ! 解かったぞ! ここが墓のダンジョンだから幽霊だ! バカにされたのが悔しくて化けて出ちまったんだな!? ギャハハハハ!」
本人を目の前にしても反省の色一つ見せず、嘲笑を重ねるウルフェン。
その態度に俺の中で何かがプチりと切れ、容赦なく【威嚇】を全解放した。
――ズウゥゥゥゥンッ!!!
「……!? な、なんだこの圧は……っ!? う、動きが……!?」
四人全員がその場に縫い付けられたように凍りついた。当たり前だ。深層種となった俺とこいつらのステータスには、天と地ほどの開きがある。
俺は【空間魔法】で新しく手に入れた【賢王の魔法剣】を引き抜き、ウルフェンの喉元へ先端を突きつけた。
「俺はさ……お前らみたいに弱い奴をゴミみたいに扱うクズが大っ嫌いなんだよ。……だからさ、死んでくれよ」
「ヒィィィィィィィ!? な、何なんだよお前急に!? なんでこんな所にいるんだよ!! こ、殺さないでくれ! 頼む! 謝るからあぁぁぁ!!」
鼻汁を撒き散らし、惨めに命乞いを始めるウルフェン。
「なんでここにいるか……? 俺がこのダンジョンを単独攻略したからだよ。ほら……これがクリア報酬の『賢王の王冠』だ。分かったか? 俺は今、お前たちを指一本で瞬殺できる。……どうだ? お前らがバカにしてゴミ扱いしていた“無能”に殺される気分は?」
「……てめぇ!! 調子に乗りやがって!! 不意打ちじゃなきゃ俺がボコボコにできるんだよ無能がぁ!!」
「ほう……そうか。じゃあ俺と一騎打ちをしようじゃないか。お前が勝ったら、全員無傷で解放してやる」
俺はウルフェン一人の【威嚇】だけを解除してやった。
「ずいぶん余裕じゃねえか……殺してやるよ無能がぁぁぁ!!【銀剣の舞】!!!」
ウルフェンの所有するSランクスキル【銀剣の舞】。
周囲の空間に無数の銀色の刃を生成し、一斉に射出する強力な乱撃スキルだ。Sランクの中でも上位に位置し、レベルが上がればガルガンすら凌駕し得るポテンシャルを持つ。
だが――。
「遅えよ、雑魚」
無数の銀剣が射出された瞬間、俺の姿はすでにその場から消えていた。
瞬神のごとき速さで、すでにウルフェンの背後へと潜り込んでいる。
「なっ……は、速――」
人間に対して絶対的な致死ダメージを弾き出す【冥王の凶剣】で、【切り裂き】を発動。
スパッ――と、手応えすら感じないほど容易く、ウルフェンの首が宙を舞った。
「き……キャアァァァァァァァァァァァァァッ!?」
リーシェンの狂乱した悲鳴がダンジョン内に響き渡る。
「一騎打ちなら勝てると思ったか? ダンジョン内での慢心と油断は、一瞬で死を招くんだよ。……さて、次はお前だ」
「ち……ちょっと待って!! 私はあいつに……あいつに暴力で脅されて嫌々仲間になっていたの!! さっきの悪口だって本心じゃないわ!! ……ほ、ほら! 私のこと、好きにしていいから!! 身体には自信があるのよ!? だから……命だけは助けてちょうだい……!!」
涙と化粧をぐちゃぐちゃにして、醜く命乞いをしてくる女。
つくづく思う。人間は感情がある分、怪物や魔物よりも遥かに汚く見えてしまう。あの穴に叩き落とされたあの日から……俺は一層そう思うようになった。
「今……好きにしていいって言ったか?」
「!! え、えぇ、もちろんよ!! なんでも好きにして!!」
「そうか……じゃあ……」
俺は冷酷な笑みを浮かべ、刃を振り下ろした。
「じゃあ、死んでくれ」
「え――」
スパッ――。
言い訳を聞く価値もなく、リーシェンの首も一刀のもとに跳ね飛ばした。
残るは奴隷の二人。
この二人は意思があるのかすら判別できず、会話ができるかも怪しい。どう処理したものか。
「……お前らは、主人が死んだ場合どうなるんだ?」
岩のような大男と、猫耳の生えた小さな獣人の少女。対照的な二人に向かって問いかけると、大男の方がゆっくりと口を開いた。
「……ウルフェン・ロクスの腕にある『隷属の腕輪』が破壊されない限り、奴隷契約は継続する。……万が一それが破壊された場合、自動的に奴隷商の元へ送還される呪印魔法が仕込まれている」
「なるほどな。もしその腕輪を俺が装着したら、お前たちの主人は俺になるのか?」
「……ウス」
「……」
そういうことか。あいつの死体にある腕輪が、二人を縛る物理的なキーになっているらしい。
俺はウルフェンの死体から『隷属の腕輪』を剥ぎ取ると、自分の腕に装着した。カチリと音がして腕輪が青く輝く。
「よし、一旦俺がお前たちの主人だ。何、悪いようにはしない。……まず、ここで起きたことは全て忘れろ。それと二人とも、後ろを向いて待ってろ」
「……ウス」
「……」
主人の指示に従い、二人は意思を感じさせない足取りで背を向けた。
(……よし、これで終わりだ。あとはこの街のギルドへ戻り――)
立ち去ろうと踏み出した、その時だった。
――ドクンッ!!
胸の奥で、異質な心臓の鼓動が跳ね上がった。
「ぐっ……!? ガハッ……!?」
突如、喉の奥が焼き切れるような凶絶な『飢餓感』が全身を襲う。
視界が赤く染まり、左頬の血の如き紋様がドクドクと不気味に脈動を始めた。足元に転がる新鮮な死体から立ち上る血の匂い――それが理性を強引に焼き切っていく。
(ダメだ……やめろ……! 俺は……もう人間なんて……喰わないと……ッ!!)
必死に頭を抱え、自分の爪を皮膚に食い込ませて抗おうとする。
だが、カチリと脳内で『何か』が弾けた。
――思考が、冷酷な捕食者のものへと完全に塗り替えられていく。
「……ハッ……ヒヒッ……」
先ほどまでの葛藤が嘘のように、口角が吊り上がり、金色の瞳が嗜虐的な狂気で濁り切る。
リンドの意識は暗闇の奥底へ押し込められ、身体を支配したのは【食欲】の化身たる別のナニカだった。
「極上じゃねえか……クズの肉も、熟成させれば最高の“餌”だ……ぁヒヒハハハハッ!!」
四つん這いになり、肉塊と化したウルフェンとリーシェンの死体へ飛びつく。
バリバリと骨を噛み砕き、血肉を貪り喰らう。噛み締めるたびに溢れ出す生命力と経験値。気味の悪い歓喜の声を上げながら、夢中で喰らい尽くしていく。
『【ウルフェン・ロクス】を捕食しました。スキル【銀剣の舞】を獲得』
『【リーシェン・シナクス】を捕食しました。スキル【氷結障壁】を獲得』
……冷機的なアナウンスが脳内に響き渡り、空腹感が満たされた瞬間。
「……ッ……!? ハッ……!!」
ふっと憑き物が落ちたように、リンドの意識が表に引っ張り戻された。
視界に入ってきたのは、血みどろになった自分の両手と、跡形もなく喰い散らかされた骨くず。
「うぐっ……オロロロロロロ……ッ!!」
猛烈な嘔吐感に襲われ、膝をついて激しく吐き戻す。
吐いても吐いても、口の中に残る血の味と、喰らっている最中に感じてしまった『脳が震えるほどの快楽』の記憶が消えない。
(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……ッ!! 俺は……俺の中で何が起きてる……!?)
捕食時の『アイツ』に身体を奪われている間の、自分の狂気じみた笑い声と喰い様がフラッシュバックする。
自分が自分でなくなっていく底知れぬ恐怖にガタガタと震えながら、俺は血の付いた口元を乱暴に拭ったのだった――。




