第116話:因果喰みの鼓動
【約束の泉・神殿最深部・異空間】
ドクンッ―――――……!!
二度目の巨大な鼓動が響き渡ると同時に、異空間の床が黒い波紋を描いて歪み始めた。
血まみれで倒れていたリンドの体から溢れ出すのは、これまでの闇や黒金色のオーラとは異質な、「色」そのものを拒絶するような真の漆黒。
「あはっ……? なんだい、この感覚は……? 僕の【森羅万象眼】が……未来の検索結果を……弾いている……!?」
シュウが右目を歪め、不快そうに額を押さえる。
虹色の魔法陣が激しく明滅し、処理の負荷を示すように異形の水晶腕からパキパキと小さな亀裂が走り始めた。
「観測改変……不成立……? 馬鹿な、『山城クンが死亡する未来』も『立ち上がれない未来』も、全て僕が確定させたはずだッ!!」
シュウが狂気的な苛立ちを露わにし、振り上げた水晶の刃をリンドの首元へ全力で叩き落とす!
ズバァァァァァァンッ―――――ッ!!
「……違う、見えないんだ.....どんなに未来を視ようとしても....【闇】の中だ....!!」
ピキィィィィィンッ―――――……!!
叫びとともに繰り出されたシュウの必殺の斬撃が、リンドの首筋の「手前」で完全に静止した。
いや、静止したのではない。
シュウが斬り下ろしたという「果」に至るための「因(原因)」そのものが、リンドの体から溢れ出る漆黒の渦の中へズルズルと引きずり込まれ、消失していたのだ!
「な……なに……ッ!? 刃が……届かない……!? いや、届くという『結果』を導く情報が……闇に飲まれて消えている……!?」
シュウの【森羅万象眼】に、生まれて初めて「困惑」の色彩が走る。
ゆっくりと、リンドが体を起こした。
壊れていた背骨や破れ散った肉体が、ドス黒い因果の糸によって強引に繋ぎ合わされ、瞬く間に再生していく。
その瞳に宿るのは、従来の【神深眼】の輝きではない。
光すらも呑み込む、完全な「虚無の黒」だった。
「教えてやるよシュウ。お前が気取っていた『観測者』ってのはな……用意された盤の上でイキがってただけの……ただの『観客』だ」
リンドが静かに立ち上がる。
その脚が異空間の床を踏みしめた瞬間、シュウが周囲に展開していた数百の「観測の鏡」が一斉にパリンッと音を立てて粉砕された!
「ぐあっ……!? 僕の領域が……破壊されている……!?」
「未来を書き換えるだと? 笑わせるな。……未来が欲しけりゃ、俺のこの【常闇】をくぐり抜けてみろ。」
【捕食】の本質――物理的・魔力的な事象を超え、事象の根幹たる「因果」そのものを喰らい尽くす【常闇の王】の覚醒が、いま静かに始まった。
「リンド……! あのオーラ……今までと全然違う……!」
離れた場所で応戦していたアイリスが、その圧倒的な存在感に息を呑む。
「あはっ……あははははッ!! 最高だ! 最高だよ山城クンッ!! 僕の観測すら喰らい始めるなんて……これこそ僕が待ち望んだ『完全な絶望』にして『最高の王』だッ!!」
動揺を狂気で塗り潰し、シュウが両腕を広げて全魔力を暴走させる。
因果を喰らうリンドと、観測改変を過熱させるシュウ――激闘は未だかつてない領域へと突入する。




