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葵三つ葉  作者: 丸亀導師
戦間期
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戦間期 7 三陸の決死戦

明治29年(1896年)6月15日。


梅雨の湿気が帝都を覆う、重苦しい夜であった。

三宅坂の陸海軍参謀本部。 


すでに時計の針は午後八時を回っていたが、滝脇慶家大佐の執務室には煌々とランプの灯りが点っていた。

机の上に広げられているのは、満州とシベリアを網羅した巨大な兵站線(ダイヤグラム)の白地図。いつ、どこでロシアとの戦争の火蓋が切られても即座に軍を動かせるよう、彼は何十通りものシミュレーションを引いては消し、引いては消しを繰り返していた。


「……大佐殿。夜も更けました。本日はそろそろ、お切り上げになってはいかがでしょうか」


慶家の異常なまでの激務を慕い、共に居残って作業を続けていた若き将校たちが、気遣うように声をかけた。

慶家は万年筆を置き、凝り固まった首の筋をほぐしながら、小さく息を吐いた。


「そうだな。……少し、根を詰めすぎたか」


椅子から立ち上がろうとした、まさにその時である。


――ユ〜ラ……ユ〜ラ……。


最初は、眩暈(めまい)かと思った。


だが違う。床が、机が、吊るされたランプが、大きくゆっくりと揺れている。


ガタガタという激しい縦揺れではない。船に乗っているような、気味の悪い、ゆっくりとした大きな横揺れが、異様に長い時間続いたのだ。


「地震か……」


「また随分と、ゆっくりとした揺れですな。遠くで起きたのでしょう」


部屋にいた将校たちは、特に慌てる様子もなく、揺れが収まるのを待とうとした。


地震大国である日本において、立っていられないほどの激しい揺れでなければ、一々パニックを起こす軍人はいない。彼らは「大事ない」と判断し、再び書類に目を落とそうとした。


しかし。


彼らの上官である男の反応は、全く違っていた。


「……ッ!!」


慶家の顔から、血の気が一瞬にして引き、その漆黒の瞳がかつてないほどの驚愕に見開かれた。


「急ぎ、各地へ電信を飛ばせ!! 何処が揺れている!? 震源はどこだ!! 今すぐに調べろ!!」


それは、普段の冷徹で無機質な彼からは想像もつかない、矢継ぎ早で、悲痛なまでの叫びであった。

将校たちは、その異様なまでの剣幕に完全に気圧された。


「た、滝脇大佐……? いかがなさいましたか、ただの遠方の地震では……」


「ただの地震ではない!! 早くしろ!!」


慶家は、自ら机の上の書類を薙ぎ払い、壁に掛けられた日本地図に駆け寄った。


その顔には、平壌で数万の敵を包囲した時にも、旅順要塞を陥落させた時にも見せなかった、強烈な『焦燥と恐怖』が張り付いていた。


将校たちには分からない。だが、慶家の魂(徳川家康)には、骨の髄まで刻み込まれた『明確な記憶』があったのだ。


(……この揺れ方。間違いない。あの時と全く同じだ!!)


豊臣秀吉との決戦を前にして、両軍の戦意を根こそぎ奪い去った『天正地震』の地割れ。


そして慶長元年(1596年)、伏見城を崩壊させた直下型の激しい揺れ。


家康は、前世において数々の巨大地震を生き延びてきた。


だが、何よりも慶家を恐怖させたのは、駿府で大御所として隠居していた慶長16年(1611年)に、伊達政宗から報告を受けた『慶長三陸地震』の記憶であった。


『――大御所様。我が領地(三陸)にて、揺れは大したことがなかったにもかかわらず、突如として山のような大津波が押し寄せ、領民数千人が海に呑まれました』 


【揺れもしないのに来た、大津波の記憶】。 


ゆっくりとした、長い周期の横揺れ。それは、震源地が陸地ではなく、遥か遠くの『海底』であることを意味する。


そして、揺れが小さいからといって油断した沿岸の人々を、時間差で襲う、想像を絶する巨大な水の壁。

家康は、報告書からそのメカニズム(不条理)を直感的に理解し、深く胸に刻み込んでいた。それが今、この近代日本で完全にフラッシュバックしたのだ。 


「沿岸の家々には、直ちに避難指示の電信を飛ばせ!! 海岸線から離れろ! 一刻も早く、高台へ避難させよ!!」


慶家の怒号が、作戦室に響き渡った。


「大佐殿! 電信局より報告! 揺れが観測されたのは主に東北地方……『三陸沖』と推測されます!」


「三陸だと……ッ!!」


慶家は、地図上の東北のリアス式海岸を血の滲むような力で叩いた。


リアス式海岸のV字型の湾は、津波の威力を何倍にも増幅させる『死の地形』であることも、家康の記憶は完全に把握していた。


「間に合え……! 警官隊、および現地の鎮台(陸軍部隊)を総動員しろ! 民衆を叩き起こしてでも山へ走らせろ!! 『大津波が来る』と伝えろ!!」


それは、冷徹な『理戦論』など微塵も存在しない、ただ一つの命でも多く救おうとする、為政者としての剥き出しの叫びであった。


どんなに人間が完璧な軍事システムを創り上げようとも、大自然の暴力の前では無力である。だが、過去の記憶(経験)によって「予測」することだけはできる。


若き将校たちは、慶家のただ事ではない形相に弾かれたように通信室へと駆け出し、全国の電信網を使って、夜の闇に沈む東北沿岸部へと決死の警告を打ち鳴らし始めた。


のちに『明治三陸地震』と呼ばれる、日本災害史に残る未曾有の大津波が、東北地方の沿岸へとその巨大な黒い顎(あぎと)を開きかけていた。


軍事の天才が、初めて「自然という名の無慈悲な神」を相手に、時間との絶望的な戦いを挑んだ瞬間であった。


―――


「……何事だ!? 敵襲か、それとも反乱か!!」


深夜の帝都・東京。


深い眠りについていた総理大臣官邸や、各省庁の長官、さらには大蔵省の官僚たちの屋敷の扉が、陸海軍の将兵たちによって次々と激しく叩き起こされていた。


「敵襲ではありません! しかし、それ以上の国家の危機です! 滝脇大佐の命令により、直ちに内閣と全省庁の責任者を招集せよとのことです!!」


軍靴の音と馬の蹄の音が、静寂に包まれていた夜の東京を切り裂く。


滝脇慶家は、三宅坂の参謀本部に残っていたわずかな将校や通信兵、さらには宿直の兵士まで、陸軍・海軍を問わずありとあらゆる人員を叩き起こし、帝都の要人たちを文字通り「物理的に引きずり出す」ための伝令として走らせていた。


彼の動きは、常軌を逸するほどに早く、そして的確であった。


(……大津波が来た後では遅い。災害対応は『初動の兵站』がすべてだ!)


地震の揺れを感知してから、数分。


慶家の頭脳は、対ロシア戦のために用意していた巨大なダイヤグラムを、一瞬にして『対・大災害用』へと完全に切り替えてフル回転を始めていた。


「内閣(政治)だけでは足りん! 渋沢栄一をはじめとする財界の重鎮どもも叩き起こせ! 議事堂にも伝令を走らせ、議員どもを緊急招集させろ!

食糧、毛布、医療品、そして復興のための莫大な現金。……これらは軍の力だけではどうにもならん。国家の持つすべてのリソース(官・民・軍)を、今この瞬間に一つに束ねるのだ!!」


未曾有の惨事、リアルタイムの絶望

最初は、叩き起こされた閣僚たちも、財界人たちも、何が起きているのか全く把握できていなかった。


「……たかが東北で少しばかり地震があったからといって、なぜ真夜中に我々まで集められねばならんのだ。滝脇の奴め、軍を勝手に動かして越権行為も甚だしい!」


寝巻きの上に外套を羽織っただけの閣僚たちが、文句を言いながら参謀本部の作戦室へと集まってきた。

だが。


彼らの不満と眠気は、次から次へと通信室から飛び込んでくる『血まみれの電信報告書』を前にして、一瞬で凍りついた。


「……岩手県、宮古警察署より入電! 『海ガ引イタ後、山ノ如キ黒イ壁ガ襲来。街ハ完全ニ消失。死者数、算定不能』!」


「釜石より入電! 『港ニ停泊中ノ軍艦及ビ汽船、波ニ飲マレテ陸ニ打チ上ゲラル。生存者極メテ僅カ』!」


「宮城県、気仙沼より! 『沿岸部ノ村落、跡形モナシ。遺体ガ海ニ溢レテイル。至急、救援ヲ請ウ』!!」


ツーツー、トトツー。

モールス信号が打ち出されるたびに、作戦室にいる全員の顔面から血の気が引いていく。


「……な、なんだこれは……」


「村が……街が一つ、丸ごと消えただと……? 数千人、いや、数万人が一瞬で海に飲まれたというのか……!?」


先ほどまで不満を漏らしていた閣僚たちは、ガタガタと震え上がり、床にへたり込む者すらいた。


日清戦争の凄惨な戦場ですら、これほどの死者が一瞬で出ることはなかった。これは戦争ではない。大自然による、純粋で絶対的な「蹂躙」であった。


「……呆然としている暇はない!!」


絶望に打ちひしがれる政府高官たちに向け、慶家の鋭い怒号が作戦室に轟いた。


「すでに、数万の同胞が瓦礫の下、あるいは冷たい海の中で死に絶えた。……だが、今この瞬間も、瓦礫の中で息をしている者がいる! 明日の朝になれば、生き残った数万の被災者が、水と食糧がなく、怪我の痛みと寒さで次々と死んでいくのだぞ!!」


慶家は、血走った目で黒板を叩き、すでに引き終えていた『救難ダイヤグラム』を全員に見せつけた。


「これは軍の管轄などと言っている場合ではない!

海軍は直ちに東京湾および横須賀から、動かせるすべての艦艇(運送船含む)を三陸沖へ向けろ! 道路は津波で寸断されている、海からのアプローチ(艦砲射撃ならぬ、艦艇による物資輸送と野戦病院の展開)が唯一の生命線だ!

陸軍は近隣の鎮台から、スコップと担架を持たせた工兵隊を急行させろ!

内務省と大蔵省は、今すぐ国庫を開き、帝都中の米問屋と薬問屋から物資を根こそぎ買い上げ、上野駅から特別列車で北へ送れ!!」


慶家は、その場にいた渋沢栄一ら財界人にも容赦なく命令を下した。


「渋沢翁! 貴方たち商人の出番だ。日本赤十字社を動かし、民間からの義援金と物資をかき集めろ。利益など後回しだ、国が沈むかどうかの瀬戸際だぞ!!」


「……承知した。直ちに手配しよう」


渋沢もまた、慶家の気迫に押されるだけでなく、自らの商魂をすべて「人命救助」へと切り替え、即座に腹心の部下たちへ指示を飛ばし始めた。


深夜の参謀本部は、対清国戦、あるいは対ロシア戦のために用意された巨大なシステムが、全く別の目的――『大災害からの自国民の救済』という前代未聞の作戦行動へと、一瞬にしてその矛先を反転させたのである。


「……一秒でも早く、一粒の米でも多く、現地へ届けろ!! これは戦争だ!! 大自然という見えざる敵から、日本国民の命を奪い返すための総力戦だ!!」


かつて数万の敵を盤面で冷酷に「処理」し、人の心を持たぬ悪魔と罵られた男。


その男が今、誰よりも早く、誰よりも必死に、数万の同胞の命を救うために自らの脳髄(システム)から血を流すほどフル回転させ、政府と軍と民間のすべてを暴力的なまでの統率力で動かしていた。


明治三陸大津波。


のちに死者・行方不明者2万2千人以上という日本の歴史上最悪クラスの惨事となるこの大災害の初動において、滝脇慶家の異常なまでの即応と、常軌を逸した「強制的な国家総動員」が、どれほど多くの凍える命を絶望の淵から引きずり上げたか。


それは、彼を悪魔と呼んだ民衆たちも、まだ知る由もないことであった。



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