戦間期 2 複合戦争
明治28年(1895年)春から夏にかけて。
大日本帝国による大清帝国の「秒殺」とも言える圧倒的な勝利は、極東の地にとどまらず、遠く離れた欧州列強の宮廷や外交サロンに「巨大な波紋」と、そして計算違いによる「激しい怒り」を引き起こしていた。
当初、ロシア、フランス、ドイツをはじめとする欧州の軍事専門家や投資家たちは、この日清戦争を「数年間にわたって続く、野蛮人同士の泥沼の殺し合い」になると予測(期待)していた。
彼らの目算はこうである。
極東の小国・日本と、図体ばかりが巨大な老国・清。この両者が果てしない消耗戦に突入すれば、必ず兵器と物資が枯渇する。そこへ欧州製の型落ちの軍艦や機関銃を法外な値段で売りつけ、さらに両国に莫大な「戦時公債(借金)」を背負わせる。
戦争が終わる頃には、日清両国とも欧州の金融資本の奴隷(債務国)となり、列強は一滴の血も流すことなく極東の権益を完全に分割支配できるはずであった。
しかし。
その帝国主義的な「甘い搾取の目算」は、滝脇慶家が指揮した電撃的な侵攻と、システム化された圧倒的な殲滅戦により、わずか数ヶ月で完全に霧散してしまった。
日本は外債に頼る前に自力で戦争を終わらせ、あろうことか清国から自国の国家予算数年分に及ぶ莫大な賠償金を現金(庫平銀)で毟り取ってしまったのだ。
「……話が違うぞ! 我々が売りつけるはずだった大砲も、貸し付けるはずだった借金も、すべてが紙屑になったではないか!」
欧州の投資家や政治家たちは地団駄を踏んだ。
だが、彼らの怒りと嫉妬の視線は、極東の島国(日本)に対してではなく、「ある一つの巨大な帝国」へと一斉に向けられることとなった。
「――すべては、あの『イギリス』のせいだ! 奴らだけが、極東の猿芝居の裏で甘い汁を吸っている!!」
欧州列強の憎悪の矛先は、ロンドンの大英帝国へと向かった。
無理もない。開戦前から「この戦争は短期で終わる」と日本側から極秘裏に宣告され、完全なすり合わせを行っていたイギリスだけは、戦争特需に踊らされることなく、的確に自国の利益を確保していたからだ。
日本の勝利によって結ばれた下関条約。その中には、清国の内陸部(重慶や北京など)の開市港場の拡大や、製造業の許可など、イギリスが喉から手が出るほど欲しがっていた『自由貿易の拡張権』がたっぷりと盛り込まれていた。
イギリスは自らの手を汚すことなく、日本という狂犬を放つことで、清国の分厚い扉を完全にこじ開けることに成功したのである。
本来であれば、これほどまでに異常で、洗練された殺戮をやってのけた大日本帝国に対し、欧州列強は「黄禍論」の旗印の下に一致団結し、恐怖をもって日本を総叩きにするはずであった。
しかし、現実にはそうならなかった。
フランスも、ドイツも、ロシアも。
彼らの目は、日本の不気味な軍事力よりも、「イギリスが極東の権益を独り占めしようとしている(日本を操って甘い汁を吸っている)」という疑惑と嫉妬に釘付けになってしまったのだ。
「日本など、所詮はイギリスの鉄砲玉に過ぎない。我々が真に警戒すべきは、あの狡猾なジョン・ブル(英国人)どもの貪欲さだ!」
これこそが。
滝脇慶家が盤面に仕掛けた、最大にして最も冷酷な外交的トラップであった。
自国が急激に巨大化すれば、必ず周囲の強者から袋叩きに遭う。
かつて戦国時代において、徳川家康は自らの勢力を拡大する際、常に「織田信長」や「豊臣秀吉」という巨大な権威を隠れ蓑(防波堤)として利用し、周囲の敵意をそちらへ逸らしながら、密かに自らの牙を研ぎ続けた。
慶家は、その家康の生存戦略を、世界地図のスケールで実行したのである。
世界の覇権国である大英帝国に「最大の利益」を渡すことで、彼らを『巨大な案山子(ヘイトを集めるデコイ)』として盤面の中央に立たせた。
欧州列強が「日本という未知の化物」に対して抱くはずだった純粋な恐怖は、イギリスへの嫉妬という強烈なノイズによって完全に分散され、列強同士の足の引っ張り合い(三国干渉など)へと矮小化されてしまったのである。
「……なるほど。大砲で敵の肉体を吹き飛ばすことだけが、戦争ではないというわけか」
東京、総理大臣官邸。
伊藤博文や陸奥宗光をはじめとする大日本帝国政府の首脳たちは、欧州から届く外交電報を読み解きながら、深い感嘆の息を漏らしていた。
彼らはこれまで、戦争とは「軍人同士が戦場で決着をつけるもの」だと考えていた。
しかし、滝脇慶家が提示し、そして完璧に実証してみせた『理戦論』の本質は、全く異なる次元にあった。
* 敵を自滅へと誘導する、冷徹な軍事(戦術と兵站)。
* 敵の内部を崩し、列強の動向を先読みする、保安部の諜報。
* 勝利の熱狂を冷まし、戦争の着地点をコントロールする、新聞を使った情報操作。
* そして、自国へのヘイトを分散させるために、世界最大の大国すらも案山子として利用する、極悪非道な外交。
これらすべてが、複雑な歯車のように連動し、一つの巨大な「目的(国家の生存)」に向けて処理されていく。
『理戦論』とは、単なる戦術論ではない。
軍事、経済、情報、外交。国家が持つあらゆる力を統合して敵を盤面から消し去る、『複合的な戦争』の完全なる設計図であった。
「……滝脇中佐は、我々に『本当の近代国家の戦い方』を教えてくれたのだ。武人の名誉や英雄主義などに酔っている暇はない。国家の生存という冷酷な算盤を弾き続けること。それこそが、列強の巣食うこの世界で生き残るための唯一の道だ」
政府首脳たちは、深く頷き合った。
日清戦争を経て、大日本帝国政府は「武士の国」から完全に脱皮し、慶家の『理戦論』を国家運営の基本OS(脳髄)としてインストールすることに成功したのである。
来るべきロシア帝国との最終決戦。
世界最大の陸軍大国を相手に、日本はもはや軍事力だけで正面からぶつかるような愚は犯さない。
イギリスを最大の同盟国として巻き込み、アメリカの世論を操作し、ロシアの内部に革命の火種をばら撒きながら、兵站の極限で敵の喉首を掻き切る。
極東の島国は、一人の男が残した悪魔の論理を抱え込んだまま、血と鉄が支配する20世紀の狂気へと、静かに、そして誰よりも冷酷に足を踏み入れていくのである。
―――
明治28年(1895年)、春。
日清戦争という巨大な狂気の嵐が過ぎ去った帝都・東京は、どこか浮き足立ったような、安堵と祝祭の空気に包まれていた。
陸軍参謀本部という「国家の脳髄」の中で、数ヶ月にわたり一歩も外へ出ず、ただひたすらに数万の命を盤上で処理し続けてきた男――滝脇慶家は、久方ぶりに帝都の雑踏の中を一人で歩いていた。
戦時中、彼はほとんど家に帰らなかった。
たまに書類を取りに戻ったとしても、決して子供たちに自らの顔を見せようとはしなかった。
当時の彼の全身からは、数万の死者の怨念を引き受け、国家の生存という冷酷な算盤を弾き続ける『覇王(修羅)』の毒気が、目に見えるほどの覇気となって立ち上っていたからだ。
これから新しい時代を生きる無垢な子供たちに、血の匂いと死の影を纏った父親の顔など、見せるべきではない。その冷徹な自己管理もまた、彼なりの不器用な「親の情」であった。
しかし今。
慶家が自宅の門前に立ち、見慣れた木戸に手をかけたその瞬間。
彼の肩から、何ヶ月も背負い続けてきた「見えない巨大な鉛」が、ふっと滑り落ちた。
(……終わったのだな)
門を潜り抜けた刹那、慶家は自らの内側で、完全にスイッチが切り替わるのを理解した。
戦場で数万の命を刈り取った「冷徹なるシステム」は、今この瞬間をもって休眠に入る。
だが、それは完全な終わりではない。前世の戦国時代から、家康の魂はずっとそうやって生きてきた。
一つの戦が終われば、それは次の戦への『布石』を打つための、日常という名の準備期間の始まりに過ぎない。ほんの少しの休息と、次の絶望的な盤面(ロシア戦)に向けた、静かなる日常。
「……開けるぞ」
玄関の引き戸を、ゆっくりと開ける。
家の中に満ちていたのは、参謀本部の作戦室に染み付いた珈琲と硝煙、そして死臭の入り混じった空気とは全く異なる。畳のい草と、夕餉の支度をする出汁の匂い、そして微かな線香の香り。
それは、彼が何万という他国の血を流してまで、どうしても守り抜きたかった『平穏』そのものであった。
「あ……」
「お、お父様……!」
土間に足を踏み入れると、廊下の奥からパタパタと足音が響き、二人の少年が顔を出した。
長男の信一(九つ)と、次男の吉次(七つ)である。
数ヶ月ぶりに見る父親の姿。最後に見た時は、近寄ることすら恐ろしいほどの威圧感を放っていた父が、今はただひどく疲れ切った、少し肩の落ちた「ただの父親」としてそこに立っている。
「……ただいま戻った。信一、吉次。留守の間、母様をよく守ってくれたな」
慶家が、微かに目尻を下げてそう声をかけると、子供たちは弾かれたように土間へ飛び降り、慶家の軍服に縋り付いてきた。
「お帰りなさいませ!」と叫ぶ子供たちの頭を、慶家は大きな手で不器用に、しかし確かな慈愛を込めて撫でた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
女中が深く三つ指をついて出迎える。そしてその後ろの障子が静かに開き、見慣れた女性の姿が現れた。
妻の、滝脇梅子である。
彼女の顔は、夫の帰還に対する無上の喜びと、そして「すべてを理解している」という底知れぬ知性に満ちていた。
梅子は、新聞に躍っていた『悪魔の参謀・滝脇慶家』というプロパガンダの裏で、夫が何を背負い、どれほどの孤独の中で戦い抜いてきたのかを、誰よりも正確に見抜いていた。
この国を救うために、夫が自ら進んで泥を被り、血の海を渡ってきたことを。
「……留守を預かりました。お疲れ様でございました、あなた」
梅子の、凛としながらも柔らかい声。
その顔を見た瞬間、慶家の胸の奥底で張り詰めていた最後の鋼の糸が、音を立てて解けていくのを感じた。
「ああ。……少し、長く空けすぎたな」
慶家は、軍帽を脱いで土間の端に置いた。
どれほどの計算を尽くそうとも。どれほどの命を奪い、悪魔と罵られようとも。
家に帰り、この家族の顔を見た瞬間に、ようやく「戦が終わった」という実感が、血肉を伴って静かに、だが確かに沸き上がってきたのだ。
「さあ、お上がりください。温かいお茶が入っておりますよ。……信一、吉次、お父様はお疲れです。あまり飛びつかないの」
「よい。……今日くらいは、構わんさ」
慶家は子供たちの手を引きながら、ゆっくりと廊下へ上がり、梅子の待つ居間へと歩みを進めた。
歴史の裏側で冷酷な盤面を操作し続けた覇王は、今この瞬間だけはすべての業を玄関の土間に置き去りにし。
静かなる日常と、ほんの束の間の休息という名の「温かな光」の中へと、その身を溶かしていったのである。




