理戦 6
休日に縁側で幼子たちをあやし、周囲から「子煩悩」と囁かれていたその微笑ましい姿とは裏腹に。
同じ頃、滝脇慶家は参謀本部の執務室において、大日本帝国という一つの国家を「後戻りできない段階」へと引きずり込む、恐るべき大盤面の操作を最終段階へと移行させていた。
標的は、隣国――『朝鮮(李氏朝鮮)』の完全なる掌握である。
この数年間、朝鮮の外交は清国とロシア、そして欧米列強の間をフラフラと行き来し、度重なる致命的な失態を演じてきた。
しかし、その失態の半分以上は、慶家が構築した日本の諜報網が意図的に誘導し、あるいは失態が最大化するように裏から手を回した結果であった。
気づけば朝鮮は、国際社会における信用を完全に失い、頼るべき綱を日本に握られる形で、真綿で首を絞められるように徐々に日本の掌の上へと転がり落ちていたのである。
―――
形式上、朝鮮の絶対権力者は李氏朝鮮の第26代国王・高宗であった。
しかし、慶家は高宗の首を物理的にすげ替えるような、反発を招く野蛮な真似はしなかった。高宗を「王」として玉座に座らせたまま、その手足となる『軍事権』を日本の軍事顧問団で掌握し、国の血液である『貿易権』と『内政(関税やインフラ整備)』にまで、日本の資本と官僚を深く食い込ませていた。
そして何より慶家が恐るべき手腕を発揮したのは、朝鮮半島における「北部と南部の民衆の対立」や「身分闘争」といった不満のエネルギーを、見事なまでにコントロールし、『一つの壮大な物語』へと作り変えたことである。
慶家は、朝鮮全土に潜伏する草の者たちを使って、民衆の間に一つの噂(物語)を徹底的に流布させた。
『民の暮らしが苦しいのは、決して高宗王のせいではない。王は国の近代化を望んでおられる。しかし、旧態依然とした特権階級(事大主義の守旧派両班)たちが己の利権に固執し、王の邪魔をしているからだ』
この物語は、搾取に苦しむ朝鮮の民衆にとって、非常に飲み込みやすく、また希望の持てるロジックであった。
慶家は言葉(噂)だけで民衆を動かすような三流の真似はしない。その物語を裏付けるための「絶対的な物理証拠(経済格差)」を意図的に作り出した。
高宗が進める近代化政策(その実態は日本への権益譲渡)に賛同し、日本に協力的になった親日派の両班たちの領地。慶家はそこにだけ、日本の農業技術、新型の農具、そして資本を惜しみなく投下した。
結果として、彼らの治める土地はみるみるうちに潤い、生産性が爆発的に向上した。税収が安定したことで民への過酷な搾取も緩和され、その土地の農民たちの暮らしは、目に見えて劇的に楽になり始めたのである。
一方で、清国に傅き、日本の介入を拒む守旧派(親清派)の両班たちの領地は、意図的に経済網から弾き出され、近代化の恩恵を受けられずに無残な没落の途を辿っていった。
この「隣の芝(圧倒的な経済格差)」を見せつけられた守旧派の領民たちは、当然ながらこぞって声を上げ始めた。
「どうして、山一つ越えたあの村は豊かで、我々ばかりがこんな目に遭うのか!」
「我々の領主(両班)が、清国などという古い国にしがみついているからだ!」
すべては、慶家の計算通り(出来レース)であった。
血を流さぬ「完全征服」
日本という国に近づいた者たちは、豊かに、裕福になる。
清国という過去の亡霊に傅く者たちは、無残に没落し、飢えていく。
その残酷なまでのコントラストを見せつけられた朝鮮の民衆たちは、自らの生存本能から、熱狂的に「王の近代化政策(=日本の介入)」を支持し、守旧派を憎悪し始めた。
彼らは、自らの意志で、自らの手で、国をより良くするために立ち上がっていると信じて疑わなかった。
だが、その実態はどうであったか。
民衆が「豊かさの象徴」として熱狂的に支持したその新しい国のシステムは、経済(通貨と銀行)から、軍事(武器と指揮系統)、さらには学問(近代教育のカリキュラム)に至るまで、すでにその100%が『大日本帝国の統治範囲』に組み込まれていたのである。
血を流して他国を侵略すれば、必ず民衆の激しい抵抗(ゲリラ戦)に遭い、膨大な軍事費と兵站を消耗する。前世の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で、豊臣秀吉がどれほどの泥沼にハマり、国力をすり減らしたか、慶家(家康)は誰よりもよく知っていた。
だからこそ、彼は決して軍隊を前面に出さなかった。
富と、情報と、人間の「羨望」を巧みに操り、『侵略される側が、自ら喜んで侵略者のシステムに首を差し出す』という、究極の盤面を構築したのである。
(……戦とは、いかに兵の血を流さずに、敵の心臓を握り潰すかだ)
三宅坂の執務室で、慶家は朝鮮半島の地図を眺めながら、冷たい万年筆のペン先で「京城」の位置をトントンと叩いた。
―――
深夜。
子が寝静まった自邸の寝室で、滝脇慶家は暗闇の中で静かに目を閉じていた。
肉体は休息を取っている。しかし、その極めて冷徹な頭脳は、微睡みの中でさえ休むことなく、海を隔てた朝鮮半島の『盤面』を俯瞰し続けていた。
(……待つのだ。ひたすらに、待て)
慶家が待っているのは、自らが周到に張り巡らした
「経済と格差による真綿の絞首刑」に耐えかねた者たちの、『最後の暴発』であった。
日本側にすり寄った両班たちが富を蓄える一方で、清国にすがりつく守旧派の両班たちは、日々その権力と財産を削り取られ、今や限界点(臨界点)に達しようとしている。
人間というものは、絶対的な絶望よりも「隣の者が自分より裕福になること(相対的剥奪感)」に最も激しい憎悪を抱く。
やがて守旧派の両班たちは、その苦しみに耐えかね、自らの領民を扇動するだろう。
「我々が苦しいのは、日本の毒に当てられた王と、親日派の裏切り者どものせいだ」と。
そして彼らは必ず、暴徒と化した民衆を率いて、他の豊かな領地へ、親日派の両班へ、そして最終的には高宗王そのものへと牙を剥き、襲いかかるはずだ。
(それで良い。……それこそが、我が大日本帝国が喉から手が出るほど欲している『大義名分』なのだから)
慶家は、暗闇の中で微かに口角を上げた。
ひとたび朝鮮国内で大規模な内乱(暴動)が起きれば、日本の外務省と諜報網は、直ちに欧米列強に向けて大々的な宣伝を開始する。
『李氏朝鮮は、自らの手で国を統治することすらできない、無知蒙昧にして野蛮な国家である。座視すれば、極東の治安は完全に崩壊する』と。
そして、慶家が仕掛けたこの残酷な罠には、「最大の獲物」を確実に引きずり出すための究極の仕掛けが施されていた。
反乱を起こした守旧派たちは、日本の軍事顧問団が背後につく高宗(政府軍)を相手に、単独で勝利することは絶対にできない。
追い詰められた彼らが最後にすがるのは、古くからの宗主国――大清帝国である。彼らは必ず、「どうか我が国を救っていただきたい」と、清の皇帝を神輿に担ぎ上げ、軍事介入を懇願する。
(……その瞬間。我が国には、天を突くほどの『巨大な大義』が完成する)
大清帝国には、中華思想という絶対に引けない『面子』がある。
内部がどれほど腐敗し、西太后や軍閥の対立で国が軋んでいようとも、「助けを求めてきた朝貢国(属国)を見捨てる」ことは、すなわち清国自身の東アジアにおける覇権の全否定を意味する。
彼らは自らの面子を守るためだけに、必ず朝鮮半島へと軍隊を派遣してくる。派遣せざるを得ないのだ。
(……そして、清国の軍隊が朝鮮の土を踏んだ時。その戦争は、我が国にとって完璧な『出来レース』となる)
「野蛮な反乱軍と、それに結託して不法に介入してきた清国軍から、正当なる朝鮮王政と、我が国の正当な権益(居留民)を保護する」
これ以上ない、合法かつ完璧な大義名分。
国際社会(列強)は、文明国としての体裁を整え、自衛のために戦う日本を支持する、あるいは少なくとも黙認するだろう。
戦端が開かれる前に、清国の将軍たちの心理、軍の配置、弾薬の備蓄量に至るまで、日本の『草の者』たちがすべてを丸裸にしている。戦闘など、ただの確認作業に過ぎない。
名実ともに、大手を振って清国を物理的に叩き潰すことができる。
極東の覇権が、完全に日本の手に落ちる日が来る。
秋の夜風が、雨戸をカタカタと微かに揺らす。
暗闇の寝室で、冷徹なる理戦論の覇王は、迫り来る「その日」を想い、氷のように静かな、しかし確かな狂気を孕んだ寝息を立てていた。




