生命有る事
明治18年(1885年)、梅雨。
しとしとと降り続く雨の音が、新居の静寂をより一層深めていた。
滝脇慶家は自室の巨大な日本地図と東アジアの海図を前に、一本の赤鉛筆を走らせ、国内の兵站路の最終確認を行っていた。
現在の日本列島には、彼が数年前から猛烈な政治工作で敷設を急がせた「鉄の血脈」が、確かな輪郭を持って浮かび上がっていた。
(帝都・東京から、海軍の拠点である呉(広島)まで、一本の太い鉄道線が通った……)
大動脈は確保された。
さらに地図の別項目には、大坂から日本海側の要衝・舞鶴へ、そしてそこから東日本へと向かう路線の「建築予定年」が緻密に書き込まれている。
人員と兵站を、東京から滞りなく前線へと大量輸送するシステムは、これで一応の確立を見た。海軍の艦艇数も、大久保内閣の強力な予算措置によって安定して伸びており、ドックには次期主力艦の建造計画がずらりと並んでいる。
「……清国を相手にする分には、この時期で許容範囲の数を揃えられたな」
慶家は、赤鉛筆を置き、深く息を吐いた。
彼の胸の内に、極めて珍しい『安堵感』が広がっていた。
思えば、フランスから帰国して以来、泥に塗れ、軍の常識を破壊し、政敵を謀略で手籠めにし、古い将官たちと胃の痛くなるような暗闘を繰り広げてきた。
(全く……泥臭く、見苦しい十年であった)
だが、この確かな路線図と造船所の稼働数を見れば、その見苦しい足掻きが、確実に大日本帝国という国家を「勝てる盤面」へと押し上げていることが実感できた。
一通りの確認を終えた慶家は、凝り固まった肩を回しながら自室を出て、居間へと足を向けた。
居間には、妻である梅子の姿があった。
彼女は机に向かい、西洋の心理学書と日本の文学書を並べ、日本語と英語の構造を比較しながら、自らが創る学校のための「独自の教材」を熱心に編纂している最中であった。
慶家が入ってきた気配に気づくと、梅子はペンを置き、振り返った。
その顔には、充実した仕事への満足感と共に、どこか「彼が部屋から出てくるのを、今か今かと待ち構えていた」ような、微かな緊張が入り混じっていた。
「……どうかしたか?」
慶家が尋ねると、梅子は立ち上がり、彼を真っ直ぐに見つめて、極めて簡潔に、事務報告のように言った。
「今日、医者にかかり……妊娠していることが分かりました」
雨音だけが響く居間に、その短い言葉が落ちた。
「……そうか」
慶家は、表情を崩すことなく、ただ短くそれだけを返した。
冷血な夫の無関心な態度に見えるかもしれない。しかし、梅子は彼を問い詰めたり、泣き出したりはしなかった。彼女は、この男が感情の波を表面に出さない「思考の怪物」であることを、誰よりもよく知っているからだ。
(……嬉しくないわけでは、ない)
慶家は、自らの胸の奥で、奇妙に脈打つ心臓の音を聞いていた。
前世である徳川家康としての記憶を含めれば、彼にとって「子を持つ」ことは決して初めてではない。
いや、むしろ多すぎた。正室や側室との間に、信康、秀康、秀忠、忠吉……数え切れないほどの子を成してきた。
しかし、戦国時代において、彼にとっての『子』とは何であったか。
それは同盟国への「人質」であり、政略結婚のための「駒」であり、家を存続させるための「予備の装置」でしかなかった。長男・信康に切腹を命じたあの血を吐くような夜から、彼の中で子供とは、盤面を維持するための『政治的道具』という機能でしかなかったのだ。
だが。
慶家は、目の前に立つ梅子を見た。
愛や情からではなく、極めて合理的な『契約』から始まったこの女との関係。互いの知性を武器とし、背中を預け合い、この国の古い因習と戦ってきた戦友。
彼女の腹に宿った新しい命は。
誰かに差し出すための人質でもなければ、政略の道具でもない。
(……道具ではない、ただの『命』、か)
それは、何十年、いや何百年ぶりかに彼が直面する、あまりにも純粋で、計算式の通じない、全く未知の存在であった。冷酷な計算機であった彼の脳内に、経験したことのない「複雑な感情」が、じんわりと、しかし確実に広がっていた。
「どうしたものか……」
慶家の口から零れ落ちたその言葉は、いかなる軍事会議の難題を前にした時よりも、深い困惑と真実味を帯びていた。
梅子は彼のその呆然とした表情を見て、言葉の奥にある「複雑な重み」を瞬時に察し、黙って微笑み返した。アメリカ帰りの彼女からすれば、「喜んで抱きしめる」といった西洋的なリアクションがないことは百も承知だ。この男が、かつてない未知の事象に直面し、その優れた頭脳をフル回転させて「処理」しようとしているのだと理解していたからだ。
自室に戻った慶家は、椅子に深く腰掛け、暗闇の中で自らの前世(徳川家康としての記憶)の底へと沈み込んでいった。
物心ついた時には、すでに父(松平広忠)は殺され、この世にいなかった。
周囲の大人たち(家臣たち)は、自分を「主君」と祭り上げながらも、その実は松平家を存続させるための『生け贄(道具)』としてしか見ていなかった。
いつ寝首を掻かれるかも分からぬ日々。今川へ人質として送られるはずが、戸田氏の裏切りによって織田へと売られ、尾張で過ごした日々。
あの時、冷たい打算が渦巻く大人たちの中で、初めて自分を「一つの命(人間)」として扱い、兄のように無茶苦茶に引き回してくれた男(若き日の織田信長)。
しかし、そのささやかな光も長くは続かなかった。
再び道具として今川へ引き渡され、元服してからは来る日も来る日も、他人の盤面で血を流す戦の連続。
裏切りと死が日常化する中で、彼は次第に、かつて自分が忌み嫌っていた『大人たち』と同じ狂気に染まっていった。
生き残るために。松平という家を活かすために。
妻(築山殿)を殺し、愛する長男(信康)に切腹を命じた。孫娘(千姫)すらも、豊臣を滅ぼすための政治的な爆弾として大阪城へと送り込んだ。
二百六十年の泰平の世を維持するためとはいえ、彼は文字通り「身内の血肉」を盤上の駒として使い潰してきた冷血漢である。
(……そんな私が。天下を背負う義務のない、この明治という時代において)
政略でも、人質交換でもない。
ただ、自分と、自分と同じ知性を持つ女との間に、純粋な一つの命が生まれる。
その事実は、慶家にとって途方もなく「難しい」ものであった。
冷徹な計算機であったはずの彼の胸の奥に、かつてないノイズが走る。
『死なせたくない』『道具として使いたくない』という、執着。
これこそが、彼が前世で完全に切り捨てたはずの「未練」であり、人間としての「欲」であった。
抗い難いその感情に、極東の覇王は一人、暗い書斎で静かに苦悩していた。
―――
数日後。
降り続く梅雨の雨の中、慶家は参謀本部での執務の合間に、珍しく同期の男を酒保(将校向けの休憩所)へと誘い出した。
相手は、沼津兵学校時代からの腐れ縁であり、同じく参謀本部に籍を置く古川宣誉大尉であった。
古川は、すでに所帯を持ち、一児の父となっている。
慶家は、テーブルの上のコーヒーカップを見つめながら、ひどく回りくどい、まるで暗号でも解くような言い回しで「妻に子ができたことへの困惑」を口にした。
それを聞いた古川は、コーヒーを吹き出しかけ、次いで腹を抱えて大笑いした。
「ハハハハ! 傑作だな。おいおい滝脇、清国の軍隊を紙屑のように扱い、古い将軍たちの首にシビリアン・コントロールの首輪を嵌めるあの『冷血の慶家』が、赤ん坊のことで頭を抱えているのか?」
「……笑い事ではない。私は、赤子という変数をどう盤面に組み込めばいいか、全く見当がつかんのだ」
生真面目に、そして本気で悩む慶家の顔を見て、古川は目尻の涙を拭いながら、優しく、そして的確なアドバイスを送った。
「いいか、滝脇。子供という生き物はな、男(父親)がいなくても、女親と周囲がいれば勝手に育つもんだ」
古川は、煙草に火を点けながら言った。
「ましてや、お前のように何でもかんでも『理屈』と『効率』で物事を測る男が、無理に育児の盤面をコントロールしようとしたら、奥さんも子供も息苦しくて死んでしまうぞ。
……お前の得意な戦と同じだ。自分から動くな。ただ、妻が困った時にだけ全力で後方支援(兵站)を行い、あとは少し離れた場所から、子供がどう育つのかを『見守って』やればいいんだよ」
(見守る……)
「道具として使う必要もない。お前の理想を押し付ける必要もない。ただ、存在を許容し、眺めているだけでいい。……それが、俺たち父親にできる最大の役割ってもんさ」
古川のその言葉は、慶家の心の奥底に絡みついていた重い鎖を、スッと解きほぐすような響きを持っていた。
(そうか。……私はこの子に、天下を継がせる必要はないのだな)
前世の家康として背負っていた「徳川の血を絶やさない」という重圧。
しかし今の彼は、一介の滝脇慶家少佐である。子が凡人であろうが、天才であろうが、自由に生きさせればいい。
「……古川。貴様、たまには役に立つことを言うな」
「たまには、は余計だ。これでも一応、お前の先輩の親父だからな」
窓の外では、長かった梅雨の雨が上がり、雲の隙間から微かな夏の陽光が差し込み始めていた。
冷徹な軍人であり、人間不信の覇王であった滝脇慶家は、友の笑い声の中で、少しずつ「ただの父親」としての顔を受け入れようとしていたのである。




