胎動 5
市之進は、表立った動きをすべて父・清孝に任せることにした。
当然の判断である。中身が百戦錬磨の大御所であろうと、外見は高々五つや六つの童に過ぎない。
「私が徳川家康である」などと名乗り出たところで狂人扱いされるのがオチであり、仮に卓越した軍略を語ったとしても、周囲の者たちは「清孝殿が熱心に教え込んだのだろう」「親の贔屓目だ」と一笑に付すに決まっている。
ならば、時をかける他なかった。
自ら盤面を動かせぬのならば、今はひたすらに相手の攻めを受け、手駒と情報を集める時間に充てる。
それは、かつて織田や豊臣の理不尽な要求をじっと耐え忍び、堅陣を組んで機が熟すのを待ち続けた「受け」の戦術そのものであった。
一年、また一年と時が過ぎる。
市之進は、非番の父を訪ねてくる同僚たちの語らいの場に、茶を運ぶふりをしてはちょくちょくと顔を出した。
最初は「小賢しい子供が首を突っ込んでくる」と苦笑いしていた大人たちも、市之進が時折放つ一言——例えば、「その浪士たちは、何日分の握り飯を持って京へ向かったのですか?」といった兵站の急所を突くような問いや、「雨が降れば、火縄は使えませぬね」といった実戦を想定した冷徹な指摘——を聞くうちに、次第にその目を丸くしていった。
「清孝殿……ご嫡男は、ただの賢い童ではないな。兵法と理の根幹を、まるで肌で知っているかのようだ」
「いかにも。滝脇家には、途方もない『賢き秀才』が産まれたものだ……」
大人たちの評価が好意的なものに変わっていくのを、市之進は仏頂面のまま、腹の底で(ちょろいものよ)とほくそ笑んで聞いていた。
彼にとって「賢き秀才」という評価は、将来、軍を動かすための士官学校へ潜り込むための、丁度良い隠れ蓑であった。これ以上目立てば警戒され、これ以下では誰の目にも留まらない。
盤上において、自陣の「矢倉」を静かに、しかし強固に組み上げていくような緻密な立ち回りである。
しかし、市之進の個人的な足場固めが順調に進む一方で、清孝が城から持ち帰る「外の情勢」は、日に日に泥沼の様相を呈していた。
「……また、京で人斬りがあったそうだ。今度は幕府の役人が、白昼堂々、尊王攘夷を掲げる浪士どもに斬り捨てられたらしい」
「長州の連中が、馬関海峡で異国の船に大砲を撃ち込んだと……! 馬鹿な、勝てるはずがなかろうに!」
文久、そして元治へと元号が変わる中、幕府の権威は音を立てて崩壊しつつあった。
かつて家康が法度で縛り上げたはずの朝廷(帝)は、今や倒幕の神輿として完全に担ぎ上げられ、薩摩や長州といった雄藩が公然と幕府の命令を無視して牙を剥き始めている。
夜、行灯の薄暗い灯りの中で、市之進は届けられた瓦版や父のメモを睨みつけていた。
(……悪手ばかりよ)
市之進の目から見れば、現在の幕府の対応は、焦って攻め込んでは陣形を崩し、無駄に手駒を失う素人の将棋に等しかった。
公武合体などという中途半端な策で朝廷にすり寄ったかと思えば、長州を討つために無計画な兵を挙げ、逆に最新の銃火器を揃えた敵の散兵戦術の前に大敗を喫する。
物資の補給線も、地形の優位も、兵の士気も、すべてにおいて幕府軍は後手後手に回っていた。二百年の泰平の中で、彼らは「戦のやり方」を完全に忘却してしまっているのだ。
(もはや、あの城は内側から腐り落ちておる。わしが今から将軍の座に座ったところで、どうにもならんほどの末期症状だ)
小さな拳を畳に押し当て、市之進は深く息を吐いた。
自分が心血を注いで創り上げた組織が、愚かな末裔たちの手によって無惨に解体されていく様を、ただ黙って見ているしかない。その屈辱と焦燥は、筆舌に尽くしがたいものがあった。
だが、家康は決して絶望しなかった。
(幕府が滅びようと、この『日ノ本』という国まで異国にくれてやる義理はない)
彼が見据えているのは、徳川家という一つの家名の存続ではなく、この島国全体の国防であった。
幕府という古い陣形が崩れ去るのならば、それはそれで構わない。一度盤面を更地に戻し、薩摩も長州も取り込んだ上で、異国の脅威に対抗しうる全く新しい「近代の軍隊」を創り上げる。
その時、必ず自分の「前世の経験」と「新しい軍学」を融合させた知略が求められるはずだ。
(鳴くまで待とう、ホトトギス……か。皮肉なものよ。よもや己が産み落とした幕府の死を、この身で看取ることになろうとはな)
崩れゆく時代を肌で感じながら、市之進は静かに目を閉じ、来たるべき「明治」という新しい盤面に向けて、ひたすらに己の爪を研ぎ続けた。
―――
慶応四年(一八六八年)初頭。
季節が冬の寒さを残す中、駿府の滝脇家にも、天下を揺るがす凶報が次々と舞い込んでいた。
「鳥羽・伏見において、幕府軍が敗退……。おまけに、上様……徳川慶喜公は、味方の将兵を大坂城に置き去りにして、軍艦で江戸へ逃げ帰られたと……っ!」
非番で家に戻ってきた清孝は、怒りと情けなさで声を震わせ、畳を拳で強く叩いた。
周囲の旧幕臣たちの間でも、「将軍たるもの、最後まで前線で戦うべきだ」「これでは犬死にした者たちが浮かばれぬ」と、慶喜の敵前逃亡を痛烈に非難する声が渦巻いていた。
清孝もまた、その武士としての矜持から、慶喜の行動に強い嫌悪感を抱いていたのである。
しかし。
数えで十一歳となり、もはや童の面影を脱しつつある市之進(家康)だけは、部屋の隅で書物を広げたまま、いつもの仏頂面で静かにこの凶報を聞いていた。
(……逃げた、か。なるほどな)
家康の脳裏に、かつて三方ヶ原で武田信玄に惨敗し、馬の上で脱糞しながら浜松城へ逃げ帰った己の姿がフラッシュバックした。
戦において、総大将が逃げるというのは確かに不様極まりない。
だが、総大将が討ち死にすれば、その陣営は完全に消滅する。生き恥を晒してでも逃げ延びることでしか、次の一手は打てないのだ。
「ちちうえ」
市之進は、静かな、しかし有無を言わせぬ響きを持った声で父を呼んだ。
「上様がお逃げになったのは、卑怯だからではありません。この戦は、すでに終わっているからです」
「……終わっている? 幕府にはまだ、数万の軍勢と最新の軍艦があるのだぞ。江戸で迎え撃てば、勝機は……」
「ありません。それに、迎え撃ってはいけないのです」
市之進は、碁盤の上に置かれていた白と黒の碁石を、手でざらあっと崩した。
「京で薩長が『錦の御旗』を掲げた時点で、幕府軍は朝敵(帝の敵)となりました。ここで上様が大坂で徹底抗戦を叫べば、どうなるか。日ノ本を真っ二つに割る、泥沼の戦が始まります」
「それが武士の意地であろう!」
「その意地の隙を、異国が突くのです」
市之進の冷徹な声が、清孝の熱を帯びた反論をぴしゃりと遮った。
「ちちうえ。
薩長には和蘭や英吉利が、幕府には仏蘭西が背後についています。
戦が長引けば、双方は異国から大量の武器を借金で買い、いずれその借金のカタとして、この日ノ本は異国の領土として切り売りされます。
異国に阿ることこそ、最も恐れるべき事だと言ったのは、ちちうえではありませんか」
清孝はハッとして息を呑んだ。
家康は内心で、江戸へ逃げた十五代将軍・慶喜を高く評価していた。
(己の面子や『徳川』という家名よりも、国全体を天秤にかけたか。戦から降りることで、異国が介入する隙を潰した。なんとも見事な『負けっぷり』よ。
不様の誹りを一身に受ける覚悟がなければ、できることではない)
盤面をひっくり返されたら、その盤ごと捨ててしまう。それは、平和な時代しか知らぬ武士には到底理解できない、国家元首としての高度な政治的判断であった。
「ちちうえ。上様が江戸へ逃げた以上、これより薩長軍は、大義名分を掲げて東海道を江戸へと向かうでしょう。ですが、上様にはもう戦う意志はありません。必ず恭順の意を示すはずです」
市之進は、崩した碁石の中から一つだけを取り出し、盤の中央に静かに置いた。
「おそらく、江戸において大きな血は流れません。『無血の戦い』によって、三百年の幕府は静かに幕を下ろすでしょう」
清孝は、十一歳の息子の口から語られる壮大な歴史の結末に、ただただ圧倒されていた。
徳川の世が、終わる。武士の時代が、終わる。
その途方もない喪失感を前にしても、息子の目は決して絶望に染まっておらず、むしろその先にある「新しい時代」を見据えるような、ギラギラとした異様な光を放っていた。
「……ちちうえ」
市之進は、ふと視線を上げ、清孝の目を真っ直ぐに見た。
「薩長軍は、江戸へ向かう途上、必ずこの駿府(東海道)を通ります。ちちうえ、お願いがあります」
「……なんだ。言ってみろ」
「この目で、薩長軍を見てみたいのです」
それは、子供の好奇心などではない。
これから自分が身を投じることになる「近代の軍隊」。
己が作り上げた幕府を叩き潰した、新たな時代の覇者たちの姿。その練度、装備、そして兵たちの「目つき」を、次代の指揮官として自らの目で検分しておきたいという、家康の強烈な軍将としての欲求であった。
清孝は、息子のその眼差しに宿る凄絶な覚悟を読み取り、深く、深く頷いた。
「……承知した。お前の目に、新しい時代の軍隊がどう映るのか。共に検分しに行こう、市之進」
駿河の空に、新しい時代の足音が近づいていた。
産声を上げた新たな軍隊の布陣を飲み込むべく、天下の大御所・徳川家康は、ついにその重い腰を上げようとしていた。




