中事 4
小倉から帝都・東京へと向かう蒸気船の船室。
波の揺れと単調な機関音が響く中、乃木希典と滝脇慶家は、一つの机を挟んで今回の戦訓と、事の顛末についての静かな反省会を数日間にわたって続けていた。
戦場での圧倒的な戦果にもかかわらず、慶家の口から出るのは自画自賛ではなく、極めて実務的で辛辣な「部隊運用の不満点」であった。
「――歩兵と騎兵の連動は悪くありませんでした。しかし、砲兵の動きがあまりにも鈍重すぎる」
慶家は、机に広げた陣形図をペン先で叩いた。
「一個中隊規模の流動的な機動戦において、車輪のついた野砲を引き摺り回すのは機動力を著しく削ぎます。かといって、陣地攻撃用の臼砲は重すぎてお話にならない。……少佐殿、中隊にはもっと『軽便で、歩兵が自ら持ち運べる曲射火力』が必要です」
「歩兵が持ち運べる大砲だと? そんな都合の良い兵器が、西洋にあるのか?」
「西洋になくとも、この日ノ本にはかつて存在しました」
慶家は、事も無げに言った。
「古い兵学書に記されていたのですがね……戦国の世において、城攻めに用いられた『抱え大筒』という火器です」
もちろん、それは「古い兵学書」からの知識などではない。
かつて大坂の陣において、真田丸の防壁を打ち崩すため、あるいは淀殿を震え上がらせるために、家康自身が国友村の鉄砲鍛冶に命じて作らせ、実戦投入した記憶そのものであった。
「抱え大筒は、一人あるいは二人で持ち運べる。壁を打ち壊すために直射で撃ち込むこともできれば、高い仰角をつけて城壁の向こう側へ『山なり(曲射)』に弾を放り込み、見えない敵を叩くこともできた。
……少佐殿。歩兵中隊が単独で機動するならば、まさにこの『抱え大筒』を近代化したような、手軽で強力な支援兵器が絶対に必要となるはずです」
のちの世で言うところの「歩兵用迫撃砲」や「擲弾筒」の概念である。
乃木は、最先端のフランス兵学を学んできたはずの若者が、何百年も前の戦国時代の火器を「最新の戦術の穴を埋めるピース」として完璧に提示してみせたことに、深い感嘆の念を覚えた。
そして、夜が更け、会話の主題が「戦術」から「この戦に至った経緯」へと移った時。
慶家の言葉は、一介の青年将校の枠を完全に越え、天下を治める『為政者』としての重みを帯び始めた。
「……少佐殿。此度の戦、勝ちはしましたが、明治政府が犯した間違いは極めて『致命的』でした」
実直な純粋軍人である乃木は、政務や政府中枢の駆け引きには疎い。
「致命的な間違い……? だが、反乱を起こしたのは不平を溜め込んだ士族たちの方だ。政府はそれを鎮圧したに過ぎないのではないか?」
「反乱を起こさせたこと自体が、為政者の怠慢なのです」
慶家は、手元の冷めた茶を一口すすり、静かに語り始めた。
「急激な国の変革に伴う不満は、いつの世も必ず生じます。新しい血(制度)を入れれば、必ず拒絶反応が起きる。その過程で、必要な犠牲も、不必要な犠牲も、必ずどこからか溢れ出るものです。
……ですが、今回の九州で流れた血は、完全に『不必要な血』でした」
慶家の脳裏には、夕暮れの戦場で自ら泥を拭ってやった、若い薩摩武士の死顔が浮かんでいた。
「隠密は、かなり早い段階で彼らの不穏な動きと物資の流れを掴み、政府に警告を発していた。にもかかわらず、今の政府中枢に居座る者たちは、己の権力への過信からそれを握り潰し、放置した。
……もっと柔軟に情報を精査し、事前に金や利権で懐柔するか、あるいは首謀者だけを的確に隔離していれば、数万の同国人が殺し合うような事態は、未然に防げたはずなのです」
乃木は、息を呑んでその言葉に聞き入っていた。
軍人とは、事が起きてから剣を振るう者である。だが、目の前の滝脇慶家という男が見つめているのは、
「いかに見事に敵を斬るか」ではなく、「いかにして、国に無用な争い(出血)を起こさせないか」という、国家運営の根幹であった。
「人を治め、国を導くということは、正論を振りかざして反対派を切り捨てることではない。
……泥を被り、陰口を叩かれようとも、徹底した情報と算段をもって『最悪の事態』を事前に回避し続けること。それこそが、為政者の真の責務です」
波の音だけが響く船室で。
乃木希典は、目の前の弱冠二十歳の青年に向かって、深い畏敬と感服の念を抱かずにはいられなかった。
(……この男は、軍人という小さな器に収まる人間ではない)
己の武士道とは全く異なる、血の通った冷酷さ。
国を俯瞰し、民の血を無駄に流すまいとする、その巨大な『志』。
乃木は、滝脇慶家という男の中に、日ノ本という新しい国家を背負って立つ、途方もなく巨大な巨人の姿をはっきりと幻視していた。
―――
横浜港。
小倉からの蒸気船を下船し、潮風の吹く桟橋に降り立った乃木希典と滝脇慶家を待っていたのは、二人にとって全く「予想外の人物」であった。
数台の軍馬車を従え、威風堂々たる体躯と、どこか大らかな風格を漂わせて立っていたのは、薩摩閥の重鎮にして明治陸軍の俊英――大山巌陸軍少将、その人である。
「おお! 乃木少佐、そして滝脇中尉! ご苦労であった! よくぞ無事に帰還したな!」
大山は、薩摩訛りの豪快な笑声を上げながら、下級将校である二人に向かって自ら歩み寄り、その分厚い手で乃木の肩をバンバンと叩いた。
「お、大山少将閣下……! なぜ、閣下自ら横浜までお出迎えに……!?」
真面目な乃木は、将官がわざわざ桟橋まで出迎えてきたことに驚愕し、慌てて直立不動の敬礼をとった。
本来、大山が東京にいたのは、九州での士族反乱が大規模化・長期化することを懸念した政府が、新たな「旅団規模の鎮圧部隊」を編成するため、彼を急遽呼び戻していたからである。
しかし、大山が部隊編成の算段を練っている間に、前線から信じられない報告が届いた。
『乃木・滝脇両名が指揮する混成第一連隊の活躍により、反乱軍の主力は数週間のうちに壊滅、事実上の鎮圧完了』。
大山は、その戦闘詳報の電信を読んだ時、椅子から立ち上がって震えたという。
「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。さあ、馬車に乗れ。陸軍省まで、道中ゆっくり話を聞かせてもらおうか」
―――
横浜駅から新橋へ向かう鉄道ではなく、あえて揺れる馬車の密室を選んだ大山は、向かいの席に座る慶家を、鋭く、しかし深い興味を秘めた眼差しで見つめた。
「滝脇中尉。……私はな、かつて普仏戦争をこの目で視察してきたのだよ」
大山巌という男は、単なる豪傑ではない。
彼もまた、慶家と同じくフランスの地を踏み、プロイセン(ドイツ)軍がいかにしてフランス軍を粉砕したか、その『近代戦の恐ろしさ』を実際にその目で見て、日本に持ち帰ってきた数少ない本物の軍人であった。
「貴官たちが九州でやった戦術。……陣形図と兵站の動きを詳報で読んだ時、私は戦慄した。あれは、モルトケが指揮したプロイセン軍の機動戦に酷似している。だが……」
大山は、身を乗り出して慶家に顔を近づけた。
「それよりもさらに『一歩先』を行っている。プロイセンは強大な軍事力と鉄道で敵を包囲したが、貴官の部隊は、情報を完全に支配し、兵站を焼き、敵を『飢餓と要塞』の間に誘い込んで自滅させた。
……あれは、単なる近代戦術の模倣ではない。極限まで洗練された、新しい『殺しの芸術』だ」
(……ほう)
慶家は、大山のその言葉を聞き、内心でわずかに目を見張った。
(ただの薩摩の猪武者かと思っていたが。……なるほど、陸軍にも『盤面の意味』を正しく読み取れる阿呆ではない男がいたか)
精神論や武士の意地に囚われず、自らが構築した「情報と兵站による殲滅戦」の先進性と恐ろしさを、大山巌という将軍は極めて正確に理解していたのだ。
「お褒めに預かり光栄です、閣下」
慶家は、初めて大山に対して、微かな敬意を含んだ笑みを向けた。
「ですが、いくさは芸術などという美しいものではありません。私はただ、無駄な血を流さずに敵をすり潰す『算盤』を弾いただけにございます」
「わははは! 算盤か! それはいい!」
大山は、慶家の冷たい返答を不快に思うどころか、腹を抱えて豪快に笑った。
「西郷(隆盛)先生も、お前さんのその『計算高さ』をずいぶんと買っておられたが、ようやく分かった気がする。……滝脇中尉。軍の上層部には、お前さんのやり方を『武士道にもとる卑怯な手だ』と批判する石頭も多い。だが、私は違うぞ」
大山の瞳の奥に、欧州の地獄を見た本物の軍人としての、重く鋭い光が宿った。
「これからのいくさは、勇気だけでは勝てん。……お前さんのような、冷酷に算盤を弾ける『脳髄』が、この日本の陸軍には絶対に必要になる。東京に戻ったら、覚悟しておけよ。私がお前さんを、とことん使い倒してやるからな」
乃木希典が、そのやり取りを横で静かに見守る中。
馬車は、蹄の音を響かせながら、帝都・東京の陸軍省へと真っ直ぐに進んでいく。
旧幕臣の特異点と、薩摩閥の誇る近代軍事の理解者。
この日、大山巌という強力な『理解者』を得たことで、滝脇慶家が明治陸軍の中枢へと喰い込んでいくための扉は、思いもよらぬ形で、開け放たれた。




