外事 6
明治九年(1876年)の中頃。
フランスに留学して一年半が過ぎた頃、滝脇慶家(徳川家康)は、ふと一息つくようにペンを置いた。
軍事に関しては、普仏戦争の敗戦記録とフランス軍の再建プロセス、そして欧州各国の最新の兵站網(鉄道・電信)の仕組みを完全に腹に落とし込んだ。
技術に関しても、ジーメンスのモーター論文をはじめとする「次世代の動力(電気・内燃機)」の動向を掴み、渋沢栄一という最高の窓口を通じて日本への技術移転の布石を打った。
(……技術と軍事の吸収は、こんなところだろう)
慶家の中で、明確な「一段落」がついた瞬間であった。
しかし、彼の底なしの知的好奇心と為政者としての嗅覚は、決して休まることを知らなかった。
軍事と技術という「手足」の仕組みを理解した彼が次に向かったのは、国家という巨大な怪物を操るための「脳と神経」の構造――すなわち、『政治と法』の分野であった。
慶家は、軍の図書館から法学の専門書をごっそりと借り出し、夜な夜な読み耽った。
ウェストファリア条約以降に構築された「国際法」の変遷。
ナポレオン法典を基礎とする各国の国内法。
議会制度、憲法、そして条約という名の不可視の鎖。
(なるほど。欧米の連中は、鉄砲や大砲だけでなく、この『法』という概念を使って、国と国、人と人を縛り付けているのか……)
戦国時代、大名同士の約束は「人質」や「起請文(神仏への誓い)」で担保されていた。しかし、近代欧米社会において、それに代わる絶対的な縛りが「条約(国際法)」であった。
だが、家康としての冷徹な政治眼を持つ慶家は、その法の綺麗事の裏にある「本質」を正確に見抜いていた。
(国際法などと言っても、結局は『力のある国(列強)』が、自分たちに都合よく世界を切り分けるために作ったルールに過ぎない。
……法を守る善良な羊になれば、たちまち毛を刈り取られて食われるだけだ。我々(日本)は、法の仕組みを逆手にとり、列強を法で縛り上げる『狼』にならねばならん)
法の力学、国家の舵取りの仕組みを頭に叩き込んだ慶家は、一つの決心をした。
「……そろそろ、表舞台(盤面)に顔を出すとするか」
それは、留学以来ずっと断り続けていた**「パリの社交界(夜会)」へのデビュー**であった。
―――
当時のパリの社交界は、軍人、政治家、貴族、そして新興の資本家たちが夜な夜な集い、ワルツの旋律とシャンパンの泡の中で、世界を動かす密約が交わされる「華麗なる裏の戦場」であった。
マルクリー中佐をはじめとするフランスの軍人たちは、この「東洋の努力の怪物」を何度となく夜会に誘ってきたが、慶家は「学業が忙しい」と一蹴し続けてきた。
そもそも、慶家という男は「実(利益)にならないこと」を極端に嫌う。
酒を飲んで婦人と踊り、無意味な世間話に時間を浪費するなど、彼にとっては苦痛でしかなかった。
しかし、今の彼にとっての社交界は、単なる娯楽の場ではない。
(フランスの軍人や政治家が集まる場には、当然、イギリス、ドイツ、ロシアの駐在武官や外交官も探りを入れるために顔を出す。
……新聞や論文には載らない『各国の生々しい腹の内』を探り出し、同時に、列強の者たちの脳裏に「日本という国の存在感(顔)」を売り込むには、これ以上ない狩場だ)
夜会の招待状を手に取った慶家は、ニヤリと冷酷な笑みを浮かべた。
数日後。
パリ中心部にある壮麗な貴族の館で開催された、フランス軍上層部主催の夜会。
きらびやかなシャンデリアの下、燕尾服や豪奢なドレスに身を包んだ男女が談笑する中、一人の小柄な東洋人が姿を現した。
仕立ての良いフランス製の黒の軍服(少尉の礼装)に身を包んだ、十七歳の滝脇慶家である。
「おお、タキワキ少尉! ついに夜会に来てくれたか!」
マルクリー中佐が、驚きと喜びの声を上げて駆け寄ってきた。周囲のフランス将校たちも、「あの図書館の引きこもりが来たぞ」と珍しそうに視線を向ける。
「ええ。たまには息抜きも必要かと思いまして」
慶家は、流暢なフランス語で優雅に微笑み、差し出されたシャンパングラスを手に取った。
彼の年齢と東洋人という珍しさから、たちまち何人かの貴婦人や外交官たちが興味本位で近づいてきた。彼らは「極東の遅れた野蛮な国から来た少年」を、ちょっとした見世物のように扱おうとした。
だが、慶家が口を開いた瞬間、彼らのその態度は完全に粉砕されることとなる。
「……少尉殿の国では、まだ刀を振り回して戦っているのでしょう?」
あるイギリスの外交官が、からかうように尋ねた。
慶家は、シャンパングラスを揺らしながら、極めて洗練された笑みを浮かべた。
「ええ、少し前までは。ですが、我が国の海軍は、貴国の『ヴィッカース社』の造船技術には大変な関心を寄せております。
特に、最近貴国が導入した複合装甲の技術は、極東におけるロシアの南下を防ぐ上で、非常に『良い買い物』になるやもしれませんな」
「っ……!?」
イギリスの外交官は、表情を引き攣らせた。
極東の少年将校が、単なる軍事の知識だけでなく、イギリスの最新の軍需産業の名前と、ロシアに対する「地政学的な牽制(防波堤としての価値)」を、この場でサラリと口にしたのだ。
さらに、ドイツから来ていた駐在武官に対しては、こう切り込んだ。
「ジーメンス社のドラムモーターの論文、拝読しました。プロイセンの工業力は、いずれイギリスの蒸気機関を過去のものにするでしょう。……我が国も、いち早くその『新しい火』を導入する準備を進めております」
「な……なぜ、極東の軍人がジーメンスを……!」
ワルツの音楽が流れる中。
滝脇慶家は、ダンスの誘いを丁重に断りながら、会場の隅でワイングラスを片手に、各国の外交官、軍人、資本家たちと次々に会話を交わしていった。
軍事、法律、最新の産業技術、そして欧州の地政学。
十七歳の東洋の少年から放たれる、あまりにも博覧強記で、大国をチェスの駒のように語るその冷酷な視座に、欧州のエリートたちは次々と圧倒され、言葉を失っていった。
(……見世物はどちらだ。お前たちの腹の内など、手に取るように分かる)
慶家は、貴婦人たちの黄色い歓声を背で受け流しながら、獲物を値踏みするような鋭い目で会場を見渡した。
「極東の遅れた島国」というレッテルは、この夜、欧州の外交官たちの認識から完全に消え去った。
代わりに彼らの脳裏に強烈に焼き付けられたのは、「日本には、欧州列強と完全に同等の言語(軍事・法・技術)を操り、底知れぬ野心で我々を利用しようとする『怪物』がいる」という、明確な畏怖と警戒感であった。
明治九年。
滝脇慶家(家康)の社交界デビューは、華やかな交流などでは決してなく、大日本帝国という国家が、列強の犇めく「世界」という真の戦場へ向けて放った、極めて精緻で冷酷な『先制攻撃(外交戦)』の幕開けであった。
―――
パリの華やかな夜会を皮切りに、滝脇慶家(徳川家康)の社交界における「暗躍」は、日を追うごとにその凄みを増していった。
彼が欧州のエリートたちを圧倒できた最大の武器は、その該博な知識だけではない。
オランダ語、フランス語、英語、ドイツ語を縦横無尽に操る、完璧な『バイリンガル(多言語話者)』としての能力であった。
言葉とは、単なる意思疎通の道具ではない。
異国人同士が対峙する際、それは最も高く、厚い「障壁」となる。
当時の日本の外交官や軍人の多くは、外国人と交渉する際に必ず「通訳」を介さねばならなかった。
しかし、通訳を間に挟むということは、言葉のニュアンス、間の取り方、そして何より「感情の機微(熱量と冷酷さ)」が相手にダイレクトに伝わらないという決定的な欠点を生む。
通訳が訳している間に、交渉の主導権は奪われ、相手の腹の内を探る隙も消え失せてしまうのだ。
だが、慶家は違った。
「――おっしゃる通りです、閣下。ですが、その条約の解釈には少々『抜け道』がございましてね……」
夜会の葉巻の煙が漂う一室で。
慶家は、通訳など一切つけず、相手の国の言語で、直接、淀みなく、そして極めて饒舌に言葉を紡いだ。
ある時はフランスの貴族に対して、ウィットに富んだジョークを交えながらフランス式のエスプリ(機知)で笑いを誘い、警戒心を解きほぐす。
ある時はプロイセン(ドイツ)の将校に対して、重厚で論理的なドイツ語を用い、軍事統計の数字を完璧に暗唱してみせて、相手に深い畏敬の念を抱かせる。
そしてイギリスの資本家に対しては、流暢な英語で冷徹な利益の計算を弾き、実利の匂いで彼らの欲望を煽る。
(……人間の本質など、洋の東西を問わず変わらん。恐怖、欲望、見栄。それをくすぐるための『言葉(餌)』を、相手の耳元で直接囁いてやれば、面白いように手駒になる)
家康として、戦国時代に数多の大名を言葉巧みに寝返らせ、あるいは破滅へと導いてきた「弁舌の魔術」。
それが、多言語という近代の装甲を纏ったことで、欧州の外交官たちに対する恐るべき『洗脳兵器』へと昇華していった。
「タキワキ少尉は、本当に極東の生まれなのか? まるで、古くからの欧州の王侯貴族と話しているようだ」
「彼の言葉には不思議な魅力(引力)がある。つい、本音を漏らしてしまいそうになるのだ……」
慶家は、相手の懐深くに音もなく入り込み、彼らの警戒心を完全に麻痺させた上で、列強の軍事機密、外交の裏取引、資本家たちの投資計画といった「最高機密の一次情報」を、笑顔の裏でごっそりと抜き取っていった。
―――
しかし、パリの社交界を縦横無尽に泳ぎ回る十七歳の少年将校の異様な立ち回りは、当然ながら「在仏日本公使館」の耳にもすぐに入ることとなった。
「……なんだと? 陸軍から留学で来ているあの滝脇少尉が、イギリスの外交官やドイツの駐在武官と毎夜のように密談を交わしているだと?」
当時の在仏公使(特命全権公使)や書記官たちは、その報告を受けて頭を抱え、同時に激しい焦燥感に駆られていた。
外交とは、国家の正式な代表者(公使)が、政府の厳密な訓令に基づいて行うものである。
それなのに、一介の陸軍少尉(しかも学生の身分)が、公使館の頭越しに勝手に列強の要人たちと接触し、あまつさえ堂々と渡り合ってしまっているのだ。
「馬鹿な真似を! 一歩間違えれば国際問題(外交問題)に発展するぞ! 彼には外交交渉の権限など一切ないのだ!」
「そもそも、なぜあんな若い少尉が、各国の公使すら一目置くような大物たちと対等に話せているのですか……? 相手の国の言語で、通訳もなしに交渉しているなど、到底信じられません」
公使館の役人たちは、嫉妬と保身、そして「理解不能な異物」に対する恐怖でパニックに陥った。
彼らはすぐさま、滝脇慶家を公使館へと呼び出し、その越権行為を厳しく糾弾しようと試みた。
数日後。
パリの日本公使館の一室。
「……滝脇少尉。貴官の最近の社交界での振る舞いは、目に余るものがある」
恰幅の良い公使が、机を叩いて慶家を睨みつけた。
「貴官はあくまで軍の『留学生』に過ぎない。外交は我々公使館の専管事項だ。
勝手に列強の外交官と接触し、我が国を代表するかのような軽口を叩くなど、国益を損なう重大な越権行為である! 直ちに夜会への出入りを禁ずる!」
公使の激しい叱責。
しかし、呼び出された慶家は、ソファーに深く腰掛けたまま、まるで自分の城にいるかのようなふてぶてしい態度で、ゆっくりと足を組んだ。
「……国益を損なう、ですか。お言葉ですが公使殿」
慶家は、懐から数枚の書類を取り出し、公使の机の上に放り投げた。
「それは、イギリスが近く清国に対して仕掛けようとしている関税交渉の裏手口です。こちらは、ドイツのクルップ社がロシアに売り込もうとしている新型野砲のスペックと見積もり。
……私が夜会で『軽口』を叩いた見返りに、列強の者たちから直接引き出してきた『手土産(一次情報)』にございます」
「な……っ!?」
公使と書記官たちは、その書類に記されたあまりにも生々しい最高機密の数々に、顔面を蒼白にさせた。
彼らがいくら公式な外交ルートで探りを入れても、決して手に入らなかったであろう情報が、そこに無造作に転がっていたのだ。
「私が接触を絶てば、この情報のパイプは完全に断たれます。……公使殿、それでも私に夜会へ出るなと仰るか?」
慶家は、大御所の凄惨な笑みを浮かべて、公使を真っ直ぐに見据えた。
「外交の専管事項だと威張るなら、通訳の背中に隠れて愛想笑いを浮かべるのをやめなさい。
相手の懐に飛び込み、腹を切り裂いてでも情報を奪い取ってくる。それが『外交戦』というものでしょうが。
……安心なされよ。
私は別に、勝手に条約を結んだりはしません。
私はただ、日ノ本という国が列強に食い物にされないよう、彼らの『喉仏の位置』を確かめているだけなのですから」
もはや、一介の少尉が公使に向かって吐くセリフではなかった。
公使館の役人たちは、目の前の少年の放つ圧倒的な「覇王の威圧感」と、彼がもたらした情報の価値の前に完全に沈黙し、抗議の言葉を呑み込むしかなかった。
在仏日本公使館をも力でねじ伏せ、完全に己の「隠れ蓑」としてしまった滝脇慶家。
欧州という巨大な盤面を、彼はもはや一人の学生としてではなく、日本の影の支配者として、意のままに蹂躙し始めていた。




