↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葵三つ葉  作者: 丸亀導師
外つ事
PR
32/38

外事

佐賀の乱という国内の火種を瞬く間に踏み潰し、新政府が辛くも国家の安寧を維持したのも束の間。


そのわずか三ヶ月後である明治七年五月、事態は矢継ぎ早に動いた。


新政府は、台湾南部で琉球の島民が原住民に殺害された事件(牡丹社事件)を大義名分とし、『台湾出兵(征蕃の役)』を断行したのである。


それは、不平士族の矛先を外へ向けさせるためのガス抜きであり、同時に、東アジアにおける大日本帝国の武力を諸外国に誇示するための、新政府にとって初の「海外派兵」であった。


西郷従道(隆盛の弟)を司令官とし、海軍の軍艦と一部の陸軍部隊が南方の未知の島へと送られることとなった。


その出兵のドサクサに紛れて、陸軍兵学寮に「ある一枚の辞令」が舞い込んだ。


『陸軍兵学寮生徒・滝脇慶家。特例を以て陸軍少尉に任官し、台湾征討軍の陣頭指揮を命ず』


それは、到底あり得ない、軍の常識を根底から覆す異常な辞令であった。


本来、士官候補生は所定の課程を修め、試験に合格して初めて任官される。


いくら成績優秀とはいえ、数えで十七歳の、実戦経験(表向きは)が皆無の少年を、いきなり少尉に据えて海外の前線へ放り込むなど、狂気の沙汰である。


この辞令を裏で糸を引いていたのは、大久保利通をはじめとする「使節団組(近代化急進派)」の息がかかった、反・留守政府派の将校たちであった。


彼らは、警保寮を動かし、裏で西郷らと結託して新政府の盤面を塗り替えようとするこの「十七歳の化け物」の存在を、ひどく不気味に思い、かつ激しく疎んでいた。


彼らが掲げた大義名分はこうだ。


『アレほどの類稀なる軍事センスと兵站理論を持つ天才を、いつまでも学寮で遊ばせておくのは宝の持ち腐れである。

未知の熱帯での戦において、兵の損耗を減らすためにこそ、その知恵を前線で振るわせるべきだ』


見え透いた建前であった。

彼らの真の目的は、「合法的な暗殺(戦死の強要)」である。


台湾のジャングルは、恐るべきゲリラ戦の舞台であり、何より風土病(マラリア等)が蔓延する死の島だ。そこに十七歳の少年を放り込めば、原住民の凶刃に倒れるか、熱病で野垂れ死ぬに決まっている。彼らは、滝脇慶家という厄介な特異点を、戦場というゴミ箱へ合法的に廃棄しようと目論んだのだ。


―――


この辞令が下った日、陸軍兵学寮は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


すでに古川宣誉ら沼津兵学校出身の同期たちや、渋沢邸で寝食を共にした四人の若者たちは、正規の尉官として各地の部隊に配属されており、慶家の周囲にはいなかった。


しかし、兵学寮には、慶家の圧倒的な戦略眼と、白米至上主義を打破して兵食を改善したその「真の実力」に心酔し、彼の影響下に置かれた生徒たちが数多く残っていた。


「こんな理不尽が許されてたまるか! 滝脇を前線で殺す気だ!」


「我々で山県大輔殿に直訴しよう! これは使節団組の派閥による陰謀だ!」


憤慨し、今にも暴動を起こしかねない生徒たち。

しかし、当の滝脇慶家は、支給された真新しい少尉の軍服に袖を通しながら、極めて涼しげな顔で彼らを制止した。


「……阿呆どもが。喚くな」


静かな、しかし絶対的な威圧感を持つ声が、部屋の空気を一瞬で凍らせる。


「士官の分際で、与えられた任地に文句を垂れるとは何事か。戦場に行くのが嫌で軍人になったのか、貴様らは」


「し、しかし滝脇! これは明らかに貴様を死なせるための罠だ! 台湾の蕃地など、生きて帰れる保証のない地獄だぞ!」


「罠? 地獄? ……笑止」

慶家は、少尉の軍帽を深く被り、不敵な笑みを浮かべた。


(三方ヶ原で武田信玄の牙に蹂躙され、本能寺の変の直後に伊賀の険しい山中を死に物狂いで越え、大坂の陣で真田の赤備えに本陣まで肉薄された……あの絶望的な死地に比べれば、台湾のジャングルなど裏山の遠足にも劣るわ)


大御所・家康の魂にとって、戦場とは己の血肉が最も躍動する「日常」であった。


むしろ、机上の空論ばかりの兵学寮に飽き飽きしていたところだ。


自らが設計した「兵站システム」と「諸兵科連合」が、実戦でどれほど機能するのか。それを己の目で確かめる絶好の機会を与えられたに過ぎない。


「泣き言を言う暇があるなら、貴様らはここで西洋兵学の座学でも極めておれ。……私は少々、南方の島で『実地訓練』をしてくる。私の盤面は、私が不在でも狂わぬように手配してある。大人しく待っていろ」


慶家は、己を死地に送ろうとした使節団組の姑息な謀略を鼻で笑い飛ばし、悠然と兵学寮を後にした。 


―――


長崎港。

台湾へと向かう遠征軍の将兵と物資がひしめく中、海軍の軍艦や輸送船が黒煙を上げて停泊していた。


陸軍少尉として乗船を命じられた慶家が桟橋を歩いていると、ふと、その視線がある一隻の威風堂々たる巨大な軍艦に釘付けとなった。


三本の巨大なマストと、黒光りする強靭な船体。

舷側に並ぶ、圧倒的な破壊力を秘めたクルップ砲。 


「……アレは」


慶家は、その艦の姿に、思わず足を止めた。


軍艦『開陽丸かいようまる


かつて、徳川幕府がオランダに発注して建造させた、幕府海軍の最高傑作にして最強の主力艦。


史実において、この開陽丸は箱館戦争(蝦夷地)の折、江差沖で暴風雨に遭い、座礁・沈没してその悲劇的な生涯を終えている。


しかし、この世界において歴史の歯車は僅かに異なっていた。


江差沖で座礁したものの、奇跡的に致命傷を免れた開陽丸は、箱館戦争終結後に新政府軍によって接収され、大規模な修復を経て、再び海軍の主力艦として復活を遂げていたのである。


その圧倒的な速力と砲の威力は、創設間もない新政府海軍において間違いなくトップクラスであった。今回の台湾出兵においても、艦隊の主軸として第一線に駆り出されている。 


しかし――。


慶家が鋭い観察眼で港の様子を窺うと、開陽丸の扱いは、お世辞にも「主力艦に相応しい栄誉あるもの」とは言えなかった。


他の薩長出身の将校たちが乗る艦に比べ、開陽丸に乗り込む水兵たちの軍服はどこか煤け、補給物資の積み込みも後回しにされている。


無理もない。


新政府の薩長閥からすれば、開陽丸はかつて自分たちに砲門を向けた「憎き徳川の象徴」であり、『旧幕府の亡霊』そのものなのだ。


戦力としては優秀だから仕方なく使ってはいるものの、心情的には毛嫌いされ、いざとなれば真っ先に使い捨ての盾にされる運命を背負わされていた。


「……くくっ」


慶家は、海風に吹かれながら、その巨大な旧幕府の亡霊を見上げ、自嘲するように低く笑った。


(恐るべき才があるから、前線で使ってやろう。だが、目障りだから死んでくれれば御の字だ……か) 


開陽丸の境遇は、今まさに使節団組の謀略によって少尉に任官され、最前線へと放り込まれようとしている「滝脇慶家」自身の境遇と、あまりにも不気味なほど重なり合っていた。


有能であるが故に駆り出され、旧幕の残滓であるが故に憎悪される。


互いに、新政府という器の中で使い捨てにされようとしている、二つの『亡霊』。


「……不思議な縁だな。お前も、よほどこの世に未練があると見える」


慶家は、開陽丸の黒い船体に向かって、誰にも聞こえぬ声でそっと語りかけた。


「だが、ただで沈んでやる我々ではあるまい。薩長の阿呆どもは勘違いしている。我々は使い捨ての駒ではない。……この戦場すらも喰い破り、再び日ノ本の中心に返り咲くための『覇王』だ」


南方の死地へ向かうというのに、十七歳の少年の瞳には、戦国を制した時と同じ、ギラギラとした強烈な野心と生命力が燃え上がっていた。


「さあ、往こうか。……新しい時代のいくさを、存分に味わおうではないか」


旧幕府の最高傑作たる亡霊の軍艦と、江戸幕府を創り上げた開祖の魂。


奇妙な共鳴を果たした二つの特異点は、台湾の熱帯雨林という未踏の戦場において、薩長の思惑を根底から粉砕する凄絶な「蹂躙劇」を演じるべく、静かに錨を上げた。


台湾へ向けて東シナ海を南下する軍艦『開陽丸』。

その薄暗く、波の揺れで絶えず軋み音を立てる船倉には、どんぐりの背比べのように身を寄せ合う兵士たちの姿があった。


彼らの出身地は、見事なまでに偏っていた。


静岡、会津、東北諸藩……その大半が、かつての旧幕領(佐幕派)の出身者たちであった。さらに言えば、この開陽丸を動かしている水兵や機関員たちもまた、旧幕府水軍の生き残りや、その縁者たちで固められている。


薩長が牛耳る新政府軍上層部による、露骨で、体の良い『厄介払い』であった。 


「台湾の蕃地という死地に送るのなら、まずは旧幕の残党から」という冷酷な使い捨ての論理。そして同時に、反乱の種になりかねない不穏分子を一つの船にまとめて押し込め、監視しやすくしようという、極めて政治的かつ陰湿な意図が透けて見えていた。


船倉の空気は、重く、陰鬱であった。


無理もない。ここに詰め込まれている徴兵された兵士たちは、軍事教練を受けてまだ一年にも満たない。真新しい軍服を着せられてはいるが、その実態は「農民に毛が生えた程度の者たち」に過ぎなかった。


昨日まで鍬を握り、泥にまみれて田畑を耕していた若者たちが、いきなり「国のために熱帯の島で死んでこい」と鉄砲を持たされたのである。彼らの瞳には、未知の戦場と死に対する明確な『怯え』が色濃く浮かんでいた。


他の船に乗る徴兵たちも状況は同じであったが、引率する将校たちがその怯えを気に留めることは殆どなかった。彼らにとって、兵卒は「天皇の軍隊を構成する歯車(消耗品)」であり、恐れなど精神論と鉄拳で黙らせるのが当たり前だったからだ。


しかし。


この開陽丸に乗り込んだ数え十七歳の若き少尉・滝脇慶家(徳川家康)の行動は、他の将校たちとは全く違っていた。


「次。お主の名と、故郷の村を言え」


波に揺れる薄暗い船倉。


慶家は、将校専用の快適な船室に留まることをせず、汗と船酔いの入り交じる悪臭が漂う兵員居住区に腰を下ろしていた。


彼は、手元に小さな黒革の手帳と鉛筆を持ち、自らの小隊に配属された兵士たち一人一人の顔を真っ直ぐに見据えながら、その名を聞き出しては丁寧に書き留めていたのである。


「は、はいっ。静岡の……駿府の外れから参りました、平吉と申します……っ」


「平吉だな。よし、次だ」


将校が、虫ケラのように扱われるはずの自分たち下級兵卒のもとへわざわざ降りてきて、一人一人の顔と名前を覚えている。


兵士たちは、その異様な光景に戸惑い、顔を見合わせた。


やがて、一人の年長の兵士が、恐る恐る、しかし抑えきれない疑問を口にした。


「あ、あの……少尉殿」


「なんだ」


「何故、我らのような下っ端の名前を、わざわざそのような手帳に書き留めておられるのでありますか? どうせ我らなど、前線に出れば誰が誰だか分からなくなる捨て駒に過ぎねえというのに……」


その言葉には、どうせ台湾で死ぬのだという、農民特有の諦観と自嘲が混じっていた。

慶家は、手帳に文字を書き込んでいた鉛筆を止め、ゆっくりと顔を上げた。


そして、怯える兵士たちをぐるりと見回すと、大御所特有の、底知れぬ自信に満ちた笑みを浮かべてこう言い放った。


「誰がどのように戦い、どのような功績を挙げたのか……コレが分からなければ、お主らへの褒美おんしょうも分からぬではないか?」


「……えっ?」


兵士たちは、虚を突かれたように目を丸くした。


「国家の大義だの、天皇陛下への忠義だの……そんな御題目は、偉い奴らにだけ唱えさせておけばいい」


慶家は、手帳をポン、と軽く叩いた。


「お主らは、己の命を懸けて異国の地で血を流すのだ。ならば、その働きに対して相応の『見返り』を求めるのは当然の権利。

……案ずるな。お主らの名前と顔は、この滝脇慶家がすべて記憶した。誰が一歩も引かずに陣を死守したか。誰が一番槍で敵陣に乗り込んだか。私自身の目で、一つ残らず正確に値踏みしてやる」


慶家の言葉は、西洋の軍事教範に載っているような高尚な軍人精神の押し付けではなかった。

それは、かつて戦国時代において、名もなき足軽たちを最強の三河武士へと変貌させた、極めて泥臭く、しかし絶対的な『恩賞の理』であった。


「戦功を挙げた者には、必ずそれに報いる。だから……絶対に無駄死にはするな。生き残って、私の前に立って褒美を要求してみせろ!」


その瞬間。

どんよりと沈み切っていた船倉の空気が、微かに、しかし確実に変わるのを兵士たちは感じた。


(……このお人は、俺たちの働きをちゃんと見ていてくれる)


(見返りがある。死ぬための戦いじゃない。生き残って、手柄を立てるための戦いなんだ……!)


「……は、はいっ!!」


「少尉殿、この平吉、必ずや手柄を立ててご覧に入れます!!」


農民兵たちの目に宿っていた「未知への怯え」が、みるみると「明確な目的意識」へと塗り替えられていく。


慶家は、兵学寮の講堂で将校たちに説いた『兵の士気を練り上げる序列』――すなわち、理不尽さを排除した「統率と信頼」を、船上という密室で、最も原始的かつ確実な方法で実践してみせた。


台湾への長く過酷な航海の中、滝脇慶家(徳川家康)は自らの小隊の兵士たちに対し、決して精神論を語らなかった。


その代わり、来るべき「ジャングル戦」を生き抜くための、極めて具体的で徹底した**『生存の鉄則』**を、繰り返し、繰り返し彼らの脳髄に叩き込んでいた。


「いいか、よく聞け。

戦場において最も愚かなのは、蛮勇を振るって孤立することだ」


揺れる船倉で、慶家は手帳を片手に兵たちを睨み据えた。


「大森林の中では、前後左右の感覚が容易く狂う。

一人ではぐれれば最後、誰にも見取られることなく、どこから飛んできたとも分からぬ毒矢に射抜かれて名もなき骸となる。

……手柄を立てたければ、決して一人になるな。常に互いの背中が見える距離を保ち、『仲間を信頼しろ』。そして何より、この私を信頼してついてこい」


兵士たちは、真剣な眼差しで若き少尉の言葉に頷いた。

さらに慶家は、彼らの軍服の着こなしにまで厳しく口を出した。


「暑いからといって、絶対に長袖の腕を捲るな。首元も手首も、一寸たりとも肌を露出させるな」


「……少尉殿。台湾は茹だるように暑いと聞きます。少しでも風を通さねば、熱気で倒れてしまいますが……」


「熱気で倒れるなら、日陰で休めば治る。だが……森林の虫に刺されれば、二度と目は覚めんぞ」


慶家は、兵学寮でむさぼるように読み漁った「フランス語の最新医学書」の知識を、実戦レベルにまで引き下ろして解説した。


「西洋の学問によれば、我々の目に見えぬ極小の『病原菌』というものが存在し、それが熱病(マラリア等)を引き起こすという。

そして私は、吸血性の蛭や、恐らくは『蚊』が、その病原菌を運んでいると推測している。

……台湾での最大の敵は、原住民の銃弾ではない。目に見えぬ『虫』だ。肌を隠すことは、鎧を着るのと同じと思え!」


史実において、台湾出兵に参加した日本軍約3,600名のうち、戦闘による死者はわずか十数名であったのに対し、熱病(マラリア等)による病死者は500名以上にも上った。


慶家は、最新の医学知識と己の直感を結びつけ、この「目に見えない最大の敵」に対する防衛線を、前線に立つ前に構築していたのである。


「そして、最後に」


慶家は、兵たちの顔を一人一人見回し、大御所としての最も重要な『命令』を下した。


「死を恐れろ。兎にも角にも、生き残れ」


「っ……」


「お国のために潔く散るなどという、阿呆な武士道は便所に捨てていけ。

お主らの命は私の盤面の駒だ。勝手に死ぬことは許さん。

這いつくばってでも、泥水をすすってでも生き延びろ。生き残った者だけが、恩賞を掴み取る資格を得るのだ!」


農民兵たちの目に、もはや未知への怯えはなかった。

あるのは、「この若き指揮官の言う通りにすれば、絶対に生きて故郷に帰れる」という、強固な信頼と生存への執着であった。


明治七年五月。

東シナ海の荒波を越え、日本軍の艦隊はついに台湾南部の海岸へとその姿を現した。


「全艦、投錨! 上陸用舟艇を下ろせ!!」


開陽丸の甲板に号令が響き渡る。


熱帯特有の、息苦しいほどの湿気と草木のむせ返るような匂いが、海風に乗って兵士たちの鼻腔を突いた。目の前に広がるのは、うっそうと茂る深緑のジャングル。


その奥には、首狩りの風習を持つとされる獰猛な原住民(パイワン族など)が、地の利を活かして待ち構えている。


「行くぞ、お前たち」


慶家は、軍刀を腰に帯び、肌を一切露出させないよう軍服のボタンを首の先までしっかりと留めた。


「はっ!!」


彼の背後に続く旧幕領出身の農民兵たちもまた、誰一人として袖を捲る者はなく、互いの距離を測りながら、一糸乱れぬ動きで上陸用舟艇へと乗り込んでいく。


薩長の上層部から「厄介払いの捨て駒」として送り込まれた彼らこそが、皮肉にもこの台湾戦線において、最も生存率が高く、最も恐るべき戦果を挙げる『最強の部隊』として、熱帯の死地へと最初の一歩を踏み出したのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。