将器 10
明治六年。
帝都・東京に新設された陸軍兵学寮において、近代軍事顧問としてフランスから招かれていた一人の男がいた。
――シャルル・アントワーヌ・マルクリー中佐。
フランス本国の陸軍において実戦経験を重ね、厳格な教範と戦術論を叩き込まれてきた生粋のエリート軍人である彼にとって、この発展途上の東洋の島国での任務は、どこか「未開の地に西洋の文明を授ける」という自負を伴うものであった。
しかし、そのマルクリーの自負を、入校以来、幾度となく木端微塵に砕き続けている存在があった。
数えで十六歳となった少年――滝脇慶家その人である。
兵学寮の演習場。
フランス式の直線的な陣形と旧来の密集戦術を教え込もうとするマルクリーに対し、慶家は平然と「散兵戦の有効性」と「諸兵科連合(混成部隊)による有機的な機動」を説き、実際の模擬演習でマルクリーの教官団を完璧に包囲・撃破してみせた。
その戦術論は、フランス本国の最新理論すら遥かに凌駕し、むしろ「戦争というものの本質」を生々しく抉り取るような洗練された残酷さと合理性に満ちていた。
(……信じ難い。この少年は、一体どのような頭脳をしているのか)
マルクリーは、講堂の隅で静かにペンを走らせる慶家の姿を遠くから見つめながら、しばしば背筋に冷たいものが走るのを覚えていた。
かつてフランスには、欧州のすべてを震え上がらせた一人の巨人がいた。
戦術の天才であり、政治の支配者であり、国家のすべてを己の盤面で動かした皇帝――ナポレオン・ボナパルト。
マルクリーが目の当たりにしている十六歳の少年には、まさにそのナポレオンを彷彿とさせる「為政者と軍人としての二面性」が、不気味なほどの精度で宿っていた。
個別の銃の扱いや銃剣術の技量ではない。国家の予算、兵の胃袋、外交の力学、そして人間の心理の機微。そのすべてを同時に俯瞰し、軍という暴力装置を「国家経営の歯車」として完璧に統御し尽くす。
それは、一介の士官候補生が身につけられるような知見では断じてなかった。
だが、マルクリーが慶家に対して抱いていた感情は、単なる感嘆や畏敬だけではなかった。
そこに混じっていたのは、明確な「恐怖」であった。
マルクリーが何気なく見つめる視線の先で、慶家は陸軍の制服をまとっていながら、陸軍の殻に閉じこもることはなかった。
彼は、新政府の中で激しく対立し、互いに縄張りを主張し合っている「海軍」の将校たちとも、意図的に接触し、太いパイプを築こうとしていたのだ。
(陸軍の士官候補生でありながら、海軍の者たちと密談を交わし、造船や海上兵站の仕組みまで探っている……)
通常の軍人であれば、陸軍にいれば陸軍のことだけを考え、海軍をライバル視するか無視するものだ。しかし、慶家はそのようなセクショナリズム(縦割り意識)に一切囚われていない。
彼の眼に映っているのは「陸軍」や「海軍」という個別の組織ではなく、それらを統べる「日ノ本(国家)という一つの巨大な盤面」でしかなかった。
(陸と海を分ける壁など、彼にとっては単なる「利用すべき障害」に過ぎないというのか……)
マルクリーは、慶家のその底知れぬ立ち振る舞いの中に、年不相応な冷徹さと、どこか人間の温もりを欠いた「異物感」を見出していた。
私心がないわけではない。しかし、その私心すらも国家という大義の計算の中に綺麗に組み込まれている。
敵に回せば、情け容赦なく政治的・社会的に抹殺されるであろう、完璧なまでの合理主義者。
マルクリーは、心の中でその少年に一つの名を刻んだ。
――マキャベリスト(冷徹な権謀術数家)
「……彼を野に放ったこの国は、いずれ良い意味でも、あるいは悪夢のような意味でも、世界の列強の脅威となるだろう」
マルクリーは、フランス本国へ宛てる機密書簡のペンを置き、窓の外で凛と佇む少年の背中を、複雑な眼差しで見つめ続けるのであった。
―――
明治六年、秋。
欧米諸国の視察という長大な旅を終え、ついに日本へと帰還を果たした「岩倉使節団」(岩倉具視、大久保利通ら)を待っていたのは、彼らが想像していたものとは全く異なる、異様にして強固な「新しい国家の形」であった。
彼らは、欧米の近代的な法制度や中央集権体制をそのまま日本に移植し、急進的な西洋化を推し進めようと意気込んで帰国した。
しかし、彼らが不在の間に西郷隆盛ら「留守政府」が敷設した政策の数々を検分した時、その顔色から血の気が引いた。
「……なんや、これは。何事や!」
太政官の執務室で、岩倉具視は書類を叩きつけ、公家特有の甲高い声で叫んだ。
「地租改正は、なぜ豊作・凶作に連動する『定免・検見法』などという古臭い制度になっとるんや!
しかも、この警保寮という組織。裏で動いとる密偵どもは、かつての江戸の隠密そのものやないか!」
岩倉や大久保らには、留守政府が作り上げたシステムが何であるか、痛いほどに理解できた。
それは「明治政府」という近代国家の看板を掲げていながら、その実体臓腑は、徳川幕府が二百六十年かけて練り上げた『支配のシステム』を、近代の器に流し込んで最適化したものに他ならなかったからだ。
「西郷! おのれら、留守の間に旧幕府の亡霊にでも取り憑かれたか! こんな前時代的な仕組みで、欧米の列強に追いつけると思うとるんか!」
激昂する岩倉と大久保に対し、西郷隆盛は泰然自若として椅子に座り、太い腕を組んだまま、静かに首を振った。
「……岩倉卿、大久保。おはんらは西洋の猿真似ばかりに気を取られ、この日ノ本の『土壌』を忘れとるごわす」
西郷の声には、もはや迷いはなかった。
「西洋の冷酷な税制をそのまま押し付ければ、農民は必ず蜂起し、国は内から割れる。軍に情報を独占させれば、いずれ軍は暴走する。
……この仕組みは、過去への退行ではない。
日ノ本の民草を生かし、かつ国を磐石にするための、極めて合理的な『現実解』ごわすよ」
「黙れ! こんな徳川の残滓のような政策、今すぐ白紙撤回——」
「——陛下の御意向であるごわす」
西郷のその一言に、執務室は凍りついたように静まり返った。
「警保寮による不正の摘発も、柔軟な税制による民の救済も。
すべては、明治天皇が御自ら御覧になられ、深く御納得された上での『裁可』ごわす。……おはんら、まさか陛下の御聖断に逆らうつもりか?」
「っ……!!」
岩倉と大久保は、絶句した。
彼らは悟ったのだ。自らが欧米を巡っている間に、天皇はもはや「薩長が担ぐ便利な神輿」ではなくなっていたということに。
天皇の周囲には、いつの間にか警保寮(旧幕の影たち)という目と耳が張り巡らされ、薩長の元勲ですら容易には近づけない、不可視の「壁」が出来上がっていた。
天皇自身が己の意志を持ち、この徳川式・近代システムを自らの盾として使いこなしているのである。
(……やられた。留守の間に、国の根幹を完全に作り変えられてしもうたわ)
近代化を急ぐ岩倉たちの胸中に、底知れぬ焦燥感と、見えない操り人形師に対する得体の知れない恐怖が渦巻いていた。
政治の中枢がそのような静かな暗闘に揺れている裏側で。
陸軍兵学寮の滝脇慶家(家康)は、目前の「次なる盤面」へ向けて、極めて私的かつ重要な布石を打とうとしていた。
―――
陸海幼年校という統合教育の枠組みはできたものの、依然として「陸軍」と「海軍」という組織の間には、見えない壁と派閥争いの火種が燻っている。
将来的にこの二つの暴力装置を完全に連動させるためには、海軍の内側に、慶家と同じ思想で動き、共鳴できる『確固たる手駒(同志)』が必要であった。
そんな折、慶家の思惑と完璧に合致する「ある出会い」がもたらされた。
仲介したのは、当時海軍のトップ(海軍卿)を務めていた、旧幕臣の巨頭・勝海舟である。
「よう、滝脇の坊主。おめえさん、海軍の若い連中とツテが欲しいって顔をしてるな」
ある休日、勝海舟の私邸に招かれた慶家は、勝のその飄々とした言葉に、ニヤリと片頬を上げた。
「相変わらず、目ざとい御仁だ。……ええ、陸軍の中だけを這い回っていても、国の半分しか見えませぬゆえ」
「違いねえ。だがな、海軍も薩摩の連中がデカい顔をしててな、旧幕府側の若い奴らは肩身の狭い思いをしてるんだ。
……特に、先日(明治六年十月二十六日)海軍兵学寮に入ってきたばかりの、ある『小僧』が不憫でな。おめえさん、少し会ってやってくれねえか」
勝に案内された奥の部屋。
そこに直立不動で待っていたのは、慶家と同じ数え十六歳という年頃の、丸坊主で体格の良い、実直そうな少年であった。
「……本日付けで海軍兵学寮に入校いたしました、斎藤実と申します」
緊張した面持ちで頭を下げるその少年の目には、隠しきれない疲労と、深く傷つけられた自尊心の翳りが見え隠れしていた。
斎藤実。
彼は、戊辰戦争において新政府軍に最後まで徹底抗戦した奥羽越列藩同盟の雄・仙台藩の支藩(水沢藩)の出身であった。つまり、薩長から見れば完全なる『朝敵(賊軍)の生き残り』である。
海軍兵学寮に入学した彼を待っていたのは、薩長出身の生徒たちからの陰湿な嫌がらせと、「賊軍のガキ」「負け犬」という平然と行われる理不尽なレッテル貼りであった。
勝海舟は、煙管を吹かしながら苦笑した。
「こいつぁ、頭も良くて根性もあるんだが、いかんせん真面目すぎてな。周りからの『朝敵』ってレッテルに押し潰されそうになってやがる。
だからよ……逆風なんてどこ吹く風で、陸軍のド真ん中で薩長を食い物にしている『反骨心の化け物』に引き合わせてやろうと思ってな」
「なるほど」
慶家は、斎藤の前に歩み寄り、その顔をマジマジと見つめた。
(水沢の出身か。……あの伊達政宗の血を引く、北の武士。良い面構えだ)
「斎藤、と言ったな。……貴様、『朝敵』と呼ばれて悔しいか」
慶家の唐突で無遠慮な問いに、斎藤はビクッと肩を震わせ、唇を噛み締めた。
「……悔しくない、と言えば嘘になります。ですが、我々は敗者。薩長の連中に何を言われようと、耐え忍ぶしか——」
「馬鹿者」
慶家の一喝が、部屋の空気をビリッと震わせた。
「耐え忍ぶだと? そんな卑屈な心持ちで海軍の将校になり、異国の戦艦と撃ち合うつもりか。
……敗者だから、朝敵だからなんだと言うのだ。貴様は今、日ノ本の海を護るためにその軍服を着ているのだろうが」
慶家は、自身の陸軍の軍服の襟を正し、凄絶な覇気を放ちながら斎藤を睨み据えた。
「私も、貴様と同じ旧幕臣だ。朝敵の親玉である『徳川慶喜』から名を賜った、筋金入りの賊軍よ。
だが、私は薩長の連中に阿る気など毛頭ない。奴らが作った軍隊という『器』を内側から乗っ取り、この手で日ノ本を操るためにここにいる」
斎藤は、目を見開いた。
同い年のはずのこの少年の口から放たれる言葉は、あまりにも途方もなく、そして圧倒的な自信に満ち溢れていた。朝敵というレッテルを、恥じるどころか「だからどうした」と鼻で笑い飛ばしているのだ。
「レッテルなど、弱者が他人に貼るただの紙切れだ。……斎藤実。貴様が真に悔しいと思うのなら、耐えるな。
海軍という組織の仕組みを学び、薩長の連中が束になっても敵わないほどの実力をつけ、いずれ貴様自身が海軍の『頂点』に立て。……文句がある奴は、すべて盤面の上で叩き潰せば良いだけのことだ」
「……っ!」
斎藤の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
誰にも言えずに抱え込んでいた孤独と絶望が、慶家のその冷酷で、しかし無性に力強い言葉によって一気に吹き飛ばされていくのを感じていた。
「……できますでしょうか。私のような、水沢の田舎者に」
「できるできないではない。やるのだ。……海軍のことは貴様に任せる。いずれ陸と海がぶつかり合う時が必ず来る。その時、貴様が海軍の顔役としてそこにいなければ、私は非常に困るのだ」
慶家は、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、斎藤に向かって右手を差し出した。
「どうだ。私と『共犯者』にならんか、斎藤実」
斎藤は、涙を袖で乱暴に拭うと、迷うことなくその右手を強く握り返した。
「……承知いたしました。この命に代えましても、海軍の頂へ登り詰めてご覧に入れます、滝脇殿」
勝海舟は、その光景を見ながら、呆れたように煙管の灰を落とした。
「やれやれ。うちの将来有望な坊主が、とんでもねえ狸に食われちまったな。……だが、これで海軍も少しは面白くなりそうだ」
岩倉使節団が持ち帰った西洋化の波と、留守政府が定着させた和魂のシステムが激突しようとする明治六年の秋。
滝脇慶家は、勝海舟という絶好の伝手を利用し、後に「海軍の至宝」そして「内閣総理大臣」として近代日本を背負うこととなる男、斎藤実という最高の『錨』を、海軍というもう一つの海に深く、そして確固として打ち込んだ。




