将器 6
明治五年、秋口。
うだるような夏の熱気が引き、帝都・東京に吹き込む風が僅かに涼帯び始めた頃。
陸軍兵学寮の日常に、一つの異様な波紋が広がった。
新政府の重鎮にして、陸軍の実質的な頂点に君臨する男の一人、西郷隆盛が、一介の生徒に過ぎない滝脇慶家を直々に呼び出したのである。
この呼び出しに対する兵学寮内の反応は、生徒の出自によって見事なまでに二極化していた。
薩摩や長州をはじめとする新政府主流派の生徒たちは、「あの旧幕臣の生意気な童が、また何かやらかして大西郷の逆鱗に触れたに違いない」と、呆れと嘲笑を交えて噂し合った。
入寮早々に山県有朋の長官室に殴り込み、営倉送りになった前科があるのだ。今度こそ退学か、あるいは重罰が下るだろうとタカを括っていたのである。
一方で、古川宣誉ら沼津兵学校からの転入組の顔には、一切の嘲笑はなかった。
あるのは、極度の緊張感と、底知れぬ畏怖であった。
(……あいつ、また上の連中を相手に、盤面を動かしたのか)
(今度は一体、新政府の『何』を喰い破るつもりだ……?)
彼らは知っている。滝脇慶家という男が、上の人間に呼び出される時、それは決して「罰を受ける時」ではない。彼自身が意図して上の人間を動かし、自らの戦略の土俵へと引きずり込んだ時なのだということを。
秋風が吹き抜ける中、慶家は周囲の好奇と緊張の視線を一身に浴びながら、一切の表情を変えることなく、西郷が待つ執務室へと向かった。
―――
西郷隆盛の執務室は、巨漢の彼に合わせた大きな西洋家具が置かれ、重厚な雰囲気を漂わせていた。
慶家が室内に入ると、西郷は革張りの椅子に深く腰を下ろし、じっと少年を見据えていた。
「……座るが良いごわす」
促されるまま、慶家は対面の椅子に腰を下ろす。
西郷は、自らの付き人に命じて茶を淹れさせた。運ばれてきたのは、日本茶ではない。真新しい欧州製の繊細な磁器に注がれた、赤褐色の紅茶であった。
文明開化の象徴とも言えるその異国の香りが、室内に漂う。
しかし、慶家はそのティーカップに視線を落としただけで、一切口をつけようとはしなかった。
微動だにせず、ただ仏頂面のまま、真っ直ぐに西郷を見返している。
それは、「貴様らの用意した文明開化の流儀などに付き合う気はない」という、無言の、しかし強烈な意思表示であった。
西郷は、その据わりきった少年の態度に、腹の底で小さく唸った。
(……やはり、ただの童ではない。この部屋の空気に呑まれるどころか、逆にわしを値踏みしておる)
西郷は、自らのティーカップを机に置き、単刀直入に、重い口を開いた。
「滝脇慶家。……おはんは、この国をどう変えたいごわすか」
それは、一介の士官候補生に向ける言葉ではない。
国家の行く末を案じる為政者が、対等な、あるいはそれ以上の知見を持つ『怪物』に対して投げかける、真剣勝負の問いであった。
この明治五年という時期、新政府の内部、とりわけ西郷の心中には、黒々とした重い暗雲が立ち込めていた。
最大の頭痛の種は、「不平士族(鬱憤を溜めた武士たち)」の処遇である。
維新という大業を成し遂げたは良いが、四民平等と廃藩置県により、武士たちは主君を失い、戦う場所(死に場所)を失い、さらには家禄(給与)すらも減らされていく運命にあった。
何百年も「戦うこと」を誇りとして生きてきた者たちが、明日からいきなり算盤を弾く商人や、鍬を持つ農民になれるはずもない。
新政府の要職に就けたのはごく一部の薩長のエリートのみであり、大多数の武士たちは、まるで浪人のようなその日暮らしを強いられ、行き場のない怒りと鬱憤をマグマのように溜め込んでいたのだ。
西郷隆盛は、誰よりも武士(士族)を愛し、彼らの苦しみを理解している男であった。
だからこそ、苦しかった。政府の役人たちも後手後手に回り、彼らを救済する有効な手立て(政策)を何一つ打ち出せずにいる。
その結果として、政府内で急速に台頭し始めていたのが、板垣退助らが強硬に主張する『征韓論(武力による朝鮮出兵)』であった。
(武士の不満が爆発する前に、外に敵を作り、彼らに死に場所と名誉を与えよう)という、極めて危険で破滅的な圧力抜き(ガス抜き)の策である。
西郷は、この危険な火種をどう扱うべきか、決死の覚悟で思い悩んでいた。
そして、この数え十五歳の少年が、その己の迷いも、政府の窮状も、すべて見透かしているであろうことを承知の上で、「どうしたいか」と問うたのである。
慶家は、微塵も表情を変えず、西郷の巨大な身体の奥に潜む『焦り』を正確に測りきっていた。
(……良い案が浮かばず、余裕がないのだな、大西郷よ。武士の情に厚い貴様のことだ、外征に逃げようとする阿呆ども(板垣ら)を諫めるのに、さぞ苦労しているのだろう)
ならば、道筋を示してやるまで。
「西郷殿。私ならば……」
慶家は、静かに、しかし絶対的な確信を込めて、第一の矢を放った。
第一の矢 —— 蝦夷地(北海道)の屯田
「私ならば、まず蝦夷地へ、大規模な『屯田』を敷きます」
「……っ」
西郷の太い眉が、ピクリと動いた。
「武士が鬱憤を溜めているのは、己の『領分(土地)』と『誇り(戦)』を奪われたからです。ならば、新たな領分を与えればよい。
北の広大な未開の地、北海道。あそこを切り拓かせ、開墾した土地は彼ら自身のものとする。そして同時に、銃を持たせて北の守り(対ロシア防衛)に就かせるのです」
慶家の言葉は、かつて家康自身が三河から未開の関東(江戸)へ移封された際の、あの泥臭い国造りの記憶に裏打ちされていた。
「人は、自ら切り拓いた土地には魂を宿します。刀を鍬に持ち替えさせつつも、『国境を護る武士』としての誇りは保たせる。
農民と武士の二足の草鞋……これならば、彼らも不満を漏らすどころか、己の土地を豊かにするために必死に汗を流すでしょう」
それはまさに、後の世で「屯田兵」と呼ばれることになる制度の、完璧な青写真であった。
西郷自身も、漠然と北への移住は考えてはいた。しかし、武士の誇りを満たしつつ、それを国家の防衛戦略と結びつけ、具体的な政策として実現するための「道筋」までは描けていなかったのだ。
「……だが、各藩から集まった血気盛んな士族たちが、北の大地で徒党を組み、諍いを起こせばどうするごわすか?」
西郷が身を乗り出して問う。
「だからこそ、明治政府(中央)がそれを統括し、厳格に調停・監視するのです」
慶家は、冷徹に言い切った。
「外(朝鮮)へ目を向けて武士を使い捨てようとする者たちを諫めるのに、苦労しておいででしょう。
ですが、内が腐っている状態で外へ兵を出せば、国は必ず破滅します。外へ攻め入る前に、まずは北の大地を利用して『内を纏め上げる』。
それが為政者の道理です」
西郷は、息を呑んだ。
板垣退助らの征韓論を封じ込め、かつ士族を救済するための、これ以上ない「大義名分」と「実利」を、この少年は瞬時に提示してみせたのだ。
第二の矢 —— 影の目録
「……見事な策ごわす。だが、その広大な北の大地や、全国で燻る士族たちを、政府がどうやって監視し、調停するというのか。今の政府には、その『目と耳』が足りん」
西郷の反論を、慶家は待っていた。
「仰る通り。故に、それらを監視し、裏から操作するための『組織』が必要となります。私が以前、山県大輔殿に建白した『影の組織』です」
慶家は懐に手を入れると、一通の分厚い和紙の束を取り出し、西郷の目の前の机に無造作に置いた。
「それは……?」
「かつての公儀隠密、御庭番、伊賀・甲賀の末裔……。維新の動乱で市井に身を潜めた、旧幕府の諜報網の生き残りたちの『潜伏先目録』です」
「なっ……!?」
西郷は、目録を手に取り、その中身に目を走らせた瞬間、巨体をガタッと震わせた。
全国各地に散らばる「影」たちの現在地、偽装している職業、連絡の符丁。それが、恐ろしいほどの緻密さで書き連ねられている。
「まさか……貴様、これをどこで手に入れた!?」
「どこで、とは愚問ですな。この日ノ本において、彼らの行方をすべて記憶している人間など、一人しかおりませぬ」
慶家は、唇の端を歪めて不敵に笑った。
「上様(徳川慶喜公)から、直々に預かって参りました。……政府が重い腰を上げるのを待つのは時間の無駄ゆえ、私の方で先に『計画(組織作り)』を進めさせていただいております」
西郷は、目の前がグラリと揺れるような感覚に陥った。
(すでに計画が進んでいる、だと……!?)
まだ政府が組織の設立すら議論していない段階で、この十五歳の子供は、旧幕府の頂点である慶喜と内通し、かつて日本を裏から支配した諜報網を、独断で新政府の中枢に移植しようとしているのだ。
山県が山城屋事件で失脚しかけている隙を突き、大蔵省の渋沢栄一を巻き込み、そして今、この目録を西郷に突きつけることで、軍の裏組織の「実権」を完全に我が物にしようとしている。
それは、十五歳の少年がやってのけるような次元の事ではない。
国家を丸ごと裏から乗っ取る、戦慄のクーデターに等しい手口であった。
第三の矢 —— 幼年学校(教育)の分断への警告
西郷が目録を持つ手を震わせている隙を突くように、慶家はさらに軍制の「最も深い病巣」へとメスを入れた。
「そして三つ目。西郷殿、貴方方は今、軍の教育制度を根本から改めようとしているようですね」
「……何のことごわすか」
「陸軍と海軍。軍の統帥と予算を分けるために、上層部を二つの『省』に割ったことは、専門性の観点から見れば実に合理的です。……しかし」
慶家の目が、刃のように細められた。
「軍人の『教育の初め』から、陸と海を完全に割ろうとしているのは、致命的な愚策です」
西郷は、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
(何故、それを知っている……!?)
現在、新政府の陸軍首脳部は、幼少期から純粋な陸軍将校を育成するための「陸軍幼年学校」の設立案を水面下で進めていた。海軍もまた同様に、独自の教育機関を持とうとしている。
この案は極秘であり、一介の士官候補生である慶家が見ているはずのないものであった。
しかし慶家は、組織の動きと人間の心理から、その存在と「行き着く先の破滅」を完璧に見抜いていたのである。
「十五やそこらの幼い時分から、陸軍と海軍を別々の学校に押し込めばどうなるか。……彼らは、互いを『異なる生き物』として認識するようになります」
慶家の声には、かつて徳川家中で派閥争いを嫌悪し、徹底して潰してきた大御所の怒りが滲んでいた。
「同じ日ノ本を護る軍人でありながら、陸は海を見下し、海は陸を蔑むようになる。予算を奪い合い、情報を隠匿し合い、いざ他国と戦うとなった時、彼らは敵国よりも先に『身内の軍』の足を引っ張り合うようになる。……教育の初めから縦割りにされた組織は、必ず内側から腐り、国家を滅ぼします」
慶家は、机をドン、と叩いた。
「幹部になる前の教育(士官学校)までは、陸も海も同じ釜の飯を食わせ、互いの苦労と友情を育ませるべきです。
兵科を分けるのは、その精神の土台が出来上がった後で十分。……この私の進言、西郷殿ならば、その重みが理解できましょう」
蘇る恐怖、そして大御所の宣戦布告
西郷隆盛は、冷や汗が背筋を伝い落ちるのを感じていた。
椅子に座っている目の前の少年が、途方もなく巨大な、見上げるような巨人に思えてきた。
(……恐ろしか)
西郷の脳裏に、数年前の冬の記憶がフラッシュバックする。
王政復古の大号令の後に行われた『小御所会議』。あの時、西郷は武力討幕を果たすため、あらゆる手段を使って徳川慶喜を会議から排除した。
何故か。慶喜のその卓越した弁舌と、盤面すべてを見透かすような冷徹な知性を、心の底で「恐怖」していたからだ。
もしあの男が会議に出てくれば、同席した公家や諸侯はすべて言いくるめられ、討幕の火は完全に消し止められていただろう。
今、西郷が感じている恐怖は、あの時の徳川慶喜に対する恐怖と全く同じ……いや、それ以上の質を持っていた。
(この童は……慶喜公すら超える『何か』をごわす。国家の表と裏、経済、教育、そして人心の機微。すべてを完全に掌握し、わしら明治の元勲を、盤面の駒として動かそうとしておる……!)
紅茶は、すっかり冷めきっていた。
慶家は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、新政府の最大の実力者である大西郷を真っ直ぐに見下ろし、かつて天下を統べた覇王としての絶対的な威厳を以て、こう言い放ったのである。
「西郷殿。私が為すことは、すべて『日ノ本(国家)』のため」
慶家の瞳に、一切の私心や権力欲はなかった。
ただ、列強に囲まれたこの国を生き残らせるという、血を吐くような強烈な使命感だけが燃えていた。
「決して、薩長土肥のちっぽけな藩閥のためでも、特定の権力者のためでもない。
……貴方方が道を誤るというのなら、私は何度でも、軍の内側からその首根っこを掴んで盤面をひっくり返させてもらう。お覚悟を」
それは、新政府に対する反逆の宣言ではない。
国家を真に護るための、数え十五歳の怪物による、凄絶なる『大義の進言』であった。
西郷隆盛は、もはや一言も発することができなかった。
ただ、軍服の裾を翻して執務室を去っていく少年の小さな背中を、戦慄と、そして深い敬意の入り交じった目で見送ることしかできなかった。




