将器
明治の世が本格的な胎動を始め、帝都・東京の皇居前、和田倉門外に新設された「陸軍兵学寮」。
それは、薩摩や長州をはじめとする新政府が、来るべき近代国家の防衛を担う将校を育成するために威信をかけて創り上げた、軍事教育の最高学府であった。全国から選りすぐりの秀才や、各藩の推薦を受けた屈強な若者たちが集い、真新しい軍服に身を包んで意気揚々と門をくぐっていく。
しかし、その喧騒と熱気に満ちた兵学寮の正門において、周囲の空気を完全に凍り付かせるような「異様極まる一団」が歩みを進めていた。
その中心を歩くのは、未だ数えで十五歳という、少年と青年の境目にある小柄な若者——滝脇慶家である。
年齢からすれば、他の生徒たちよりも遥かに年下であり、本来ならば「下級生」として萎縮していてもおかしくない年頃だ。
しかし、慶家の纏う空気は、新入生特有の緊張感や青臭さとは無縁であった。その背筋は鋼のように伸び、一切の感情を排した仏頂面からは、歴戦の将軍すらも凌駕するような底知れぬ威圧感が静かに放たれている。
そして何より周囲を驚愕させたのは、その慶家の背後に付き従う「四人の若者たち」の存在であった。
彼らは皆、慶家よりも明らかに年上であり、体格も立派な青年たちである。
にもかかわらず、彼らは慶家の荷物を率先して持ち、まるで大名行列の供回りのように、あるいは絶対的な主君に仕える忠実な家臣のように、慶家の一挙手一投足に細心の注意を払いながら恭しく付き従っていたのだ。
「……おい、見ろよ。なんだあの集団は」
「子供が一番前を歩いて、年嵩の奴らが荷物持ちをしてやがる。どこかの宮様か、公家のお坊ちゃんでも入校してきたのか?」
「馬鹿言え。ここは実力主義の兵学寮だぞ。あんなふざけた真似が許されるものか……」
薩長出身の生徒たちが、怪訝な顔をしてヒソヒソと囁き合う。
軍隊という厳格な階級社会において、年上の者が年下に傅くなど、通常であれば「強制された理不尽な主従関係」か「陰湿な苛め」にしか見えない。
しかし、観察眼の鋭い者であればすぐに気づいたはずだ。背後の四人の顔には、屈辱や無理強いされているような色は微塵もない。それどころか、彼らは自ら進んで慶家の盾とならんばかりに、その少年に対して『心底からの敬意と畏怖』を抱いているのである。
大蔵省の重鎮・渋沢栄一の邸宅に居候した数ヶ月間。
四人の若者たちは、慶家という男が持つ「軍事と経済を俯瞰する途方もない為政者の視座」を、これでもかというほど見せつけられてきた。
彼らにとって、慶家はもはや年下の少年などではなく、自らの命と未来を預けるに足る絶対的な『将(主君)』へと昇華していたのである。
「ははっ、相変わらず悪目立ちする奴だ」
そんな周囲の当惑を他所に、兵学寮の敷地内からその光景を眺め、愉快そうに肩を揺らしている者がいた。
沼津兵学校からの転入組であり、慶家の同期である古川宣誉である。
「沼津の時もそうだったが、あの滝脇という男は、息をするだけで周囲の人間を自分の手駒に変えちまう。
……おい、お前ら。あいつに不用意に突っかかると、骨の髄まで論破されて腑抜けにされるぞ。気をつけな」
古川は、隣で顔をしかめている薩長出身の生徒たちに、半ば同情するように忠告した。
こうして、旧幕臣の天才にして大御所・徳川家康の魂を宿す怪物、滝脇慶家は、その圧倒的な異物感を隠そうともせず、新政府軍の心臓部へと堂々たる「入城」を果たしたのである。
―――
陸軍兵学寮での生活は、近代的な軍事訓練と西洋兵学の座学が分刻みで組み込まれた、極めて厳しいものであった。
フランス式の軍事教練、分厚い教本を用いた戦術論、そして容赦のない体力練成。地方から集められた若者たちは、毎日泥にまみれ、疲労困憊で夜の帳を迎える。
しかし、彼らには一つだけ、その過酷な日々を乗り切るための「絶対的な楽しみ」があった。
それは、兵学寮の食堂(給食)である。
「おおっ……! 今日も真っ白な飯だ! 山盛りの白米が食えるぞ!」
「故郷じゃあ、正月か祭りの日にしか食えなかった銀シャリだ。軍隊に入れば、これが毎日腹いっぱい食えるなんて、夢のようじゃねえか!」
食堂には、炊き立ての白米の甘い匂いが充満していた。
当時の新政府軍は、「兵士の士気を高め、軍隊への志願者を増やす」という目的のもと、兵食として『白米の支給』を大々的に推し進めていた。農村出身の若者たちにとって、腹いっぱいの白米を毎日食べられるということは、それだけで軍に命を預けるに足る強烈な誘惑(魅力)であったのだ。
生徒たちが歓声を上げ、山盛りの白米をかき込む中。
部屋の片隅で、滝脇慶家だけは、自らの膳に盛られた輝くような白米を、まるで『猛毒』でも見るかのような、底冷えのする鋭い眼差しで睨みつけていた。
(……愚劣なり)
慶家の胸の奥底で、ドス黒い怒りの炎が静かに、しかし確実に燃え上がり始めていた。
(これが、近代化を気取る新政府軍のやり方か。兵に腹一杯の白米を食わせ、恩を着せたつもりでおるのか。
……阿呆め。これでは軍隊ではない。ただの豚小屋だ)
前世において、家康は三河という痩せた土地で育ち、幾度もの苛烈な籠城戦と飢餓を経験してきた。
兵糧攻めに遭い、木の根や雑草、ついには泥を啜ってまで生き延びた地獄の記憶。戦国という時代において、「食糧(兵站)」とは即ち「命の長さ」そのものであった。
だからこそ、家康は知っている。
人間の身体と精神が、どれほど『慣れ』に対して脆い生き物であるかを。
(戦場というものは、常に補給線が切断される恐怖と隣り合わせだ。平時からこのような豪奢な白米ばかりを食わせてみろ。いざ戦地へ赴き、補給が滞って粗末な麦飯や稗、粟しか口に入らなくなった時、兵たちはどうなる?)
答えは明白である。
極度の士気低下、軍規の乱れ、そして『逃亡』だ。
(兵というものは、最初から粗食であればそれに耐える。だが、一度『贅沢(白米)』を覚え、それが当たり前だと錯覚した舌と胃袋は、元の粗食には決して戻れぬ。飯が不味くなったというだけの理由で、兵は容易く矛を投げ捨てるのだ。
……平時より粗食に慣れさせ、戦勝の際や特別な時にのみ甘露(白米や酒)を与える。この『飴と鞭』の機微すら、今の軍上層部は全く理解しておらん!)
さらに、慶家の怒りは心理的な面だけに留まらなかった。
彼が白米を「毒」と呼ぶ、もう一つの致命的な理由。それは、江戸時代から都市部で蔓延し始めていた奇病——『脚気』の存在である。
(江戸わずらい。白米ばかりを食い、副食を疎かにする大名や旗本どもが次々と手足が痺れ、心臓が弱って死んでいったと言う贅沢病。
……あれの原因が白米への偏食にあることは、天下を見てきたわしの勘が告げている。それを、あろうことか全軍の兵に強制的に食わせるなど、自ら軍隊を機能不全に陥らせる自殺行為に他ならん!)
兵を白米で釣るという発想は、軍指揮官の怠慢以外の何物でもない。
国家の大義や郷土を守る気概ではなく、「美味い飯が食えるから」という理由で集まった傭兵など、いざ弾の雨が降れば、己の命惜しさに真っ先に逃げ出すに決まっているのだ
。
「……滝脇? どうした、食わないのか?」
同席していた四人の若者の一人が、箸を止めた慶家に不思議そうに尋ねた。
慶家は、静かに箸を膳に置いた。
その表情は、いつもの冷静な仏頂面ではなく、夜叉のように凄惨な怒りに満ちていた。
「お前たち、その『毒』を食うのはやめておけ。……私は、少々『掃除』に出かけてくる」
慶家が立ち上がった瞬間、食堂の空気がビリッと震えた。
ただならぬ殺気を察知した周囲の生徒たちが、息を呑んで道を開ける。
入寮から数日。
滝脇慶家の怒髪天を衝く憤怒は、陸軍の最高意思決定機関へと向けて、一切の躊躇なく解き放たれたのである。
―――
同じ頃。
東京・霞が関に置かれた兵部省(後の陸軍省)の長官室では、新政府軍の首脳陣による密談が行われていた。
執務机に座り、書類に目を通しているのは、陸軍大輔(実質的な陸軍トップ)である長州閥の巨頭・山縣有朋。
そして、その対面のソファに巨体を沈め、葉巻をくゆらせているのは、参議にして政府の最重要人物である薩摩の西郷隆盛であった。
「……沼津からの編入組の受け入れ、ようやく落ち着いたようだな、山縣」
「ええ。手回しが遅れたのは不覚でしたが、これで旧幕府の厄介な連中も、完全に我々の監視下に置くことができました。特に、あの滝脇という小僧もな」
山縣は、渋沢栄一から聞いた慶家の逸話を思い出し、微かに眉間を揉んだ。
「あの童、大蔵省で経理のイロハまで吸収しおった。兵学寮で徹底的に精神を叩き直し、薩長の流儀(軍規)に従わせねば、いずれ必ず厄介な爆弾になる」
「くくくっ。そう上手くいくごわすかねぇ」
西郷は、腹の底から愉快そうに笑った。彼はかつて駿府で、あの少年の底知れぬ器の片鱗を直接見ている。
「あの童は、型に嵌めようとすればするほど、その型ごと内側から食い破るような真似をしでかすかもしれんぞ」
「馬鹿な。軍隊というものは絶対的な階級社会だ。いくら頭が切れようと、一介の生徒が陸軍のトップである私に直接楯突くことなど——」
山縣が鼻で笑い飛ばそうとした、まさにその瞬間であった。
バァァァンッ!!
長官室の重厚な樫のドアが、蝶番が吹き飛ぶかと思うほどの凄まじい勢いで蹴り開けられたのである。
「なっ……!?」
「何事か!!」
外の廊下では、兵部省の衛兵たちが数人がかりで、侵入者を取り押さえようとして床に這いつくばっていた。
しかし、彼らを引きずりながら、一切の歩みを止めずに長官室へと踏み込んできたのは——真新しい軍服に身を包んだ、数え十五歳の少年であった。
「た、滝脇慶家……!? 貴様、ここをどこだと思っている! 一介の生徒が長官室に押し入るなど、軍法会議ものだぞ!!」
山縣が激昂し、腰の軍刀に手をかけようと立ち上がる。
しかし、慶家はそんな山縣の恫喝など全く意に介さず、ズン、と重い足取りで部屋の中央まで進み出た。
「ほう。随分と面構えが大人びたごわすな」
西郷が、葉巻を口から離して目を丸くしたが、慶家は西郷の方には目もくれなかった。彼の視線は、陸軍の軍政を握る山縣有朋ただ一人に、殺意にも似た鋭さで突き刺さっていた。
「陸軍大輔・山縣有朋殿と見受ける。……単刀直入に問う」
慶家の声は、怒号ではなかった。
極めて静かで、腹の底に響くような、絶対権力者としての重圧を帯びていた。
「兵に『白米』を食わせるとは何事か。貴様は、日ノ本の軍隊を『弱兵の集まり』にするつもりか」
「……は?」
怒り狂っていた山縣は、あまりにも予想外の問いに、思わず間の抜けた声を漏らした。
謀反の宣言でもなく、待遇への不満でもない。「白米を食わせるな」という抗議のために、この少年は軍の最高機関に殴り込んできたというのか。
「何を狂ったことを言っている。兵に腹一杯の白米を支給するのは、我が陸軍が誇る最高の恩恵だ! 農村では食えぬ銀シャリを食わせることで、兵の士気を高め、屈強な肉体を造り上げているのだぞ!」
山縣が反論すると、慶家は冷酷なまでにその言葉を切り捨てた。
「恩恵? 士気? ……笑止。それは軍指揮官としての究極の『怠慢』であり、無知の極みだ」
慶家は、一歩、山縣へと詰め寄った。
「山縣殿。貴様は戦場というものを分かっていない。贅を尽くした生活、美味い飯というものは、与え続けることで兵の精神を腐らせる猛毒だ。……人間という生き物の『慣れ』を舐めるな」
慶家の言葉の背後には、戦国時代の泥にまみれた数万の兵たちの怨嗟が見え隠れしていた。
「平時に毎日白米を食わせれば、兵はそれが『当たり前』だと思うようになる。では、いざ戦端が開かれ、補給線が絶たれた時はどうする?
泥水を啜り、木の根を齧り、腐りかけた粟や稗しか口に入らなくなった時、貴様の言う『白米で士気を高められた兵』はどう動くと思う?」
慶家は、机に両手をつき、山縣を真上から睨み下ろした。
「飯が不味い。たったそれだけの理由で、兵の士気は底を抜け、不満が爆発し、逃亡兵が続出する。贅沢に慣れた胃袋は、もう粗食には耐えられないからだ! 平時から粗食に慣れさせ、極限の飢餓への耐性を作っておき、戦勝の褒美として偶に白米(甘露)を与える。その『飴と鞭』の統率すら知らぬのか!」
「……っ」
山縣は、反論の言葉に詰まった。
長州藩で奇兵隊を率い、戊辰戦争を戦い抜いた山縣である。補給が途絶えた時の軍隊の脆さは、誰よりも理解しているはずだった。
だが、「近代軍隊の体裁を整えること」に執着するあまり、その最も原始的で重要な人間の心理を見落としていたのだ。
「さらに言えば」
慶家は、畳み掛けるように追撃を放った。
「その白米至上主義は、物理的にも兵を殺す。江戸わずらい……すなわち『脚気』だ。白米ばかりを腹に詰め込み、他の栄養を等閑にする食生活は、確実に兵の手足を奪い、心臓を麻痺させる。
今はまだ目立たなくとも、いずれ数万の軍隊を動かした時、敵の弾丸ではなく『貴様が与えた白米』によって、数万の兵が病に倒れ、死路を彷徨うことになるぞ!」
(※事実、史実ではこの後の日清・日露戦争において、日本陸軍は白米至上主義によって数万人規模の脚気患者と死者を出し、戦線の崩壊危機に直面することになる)
「な……馬鹿な、白米が病の原因などと……科学的な根拠がどこにある!」
「根拠だと? 二百六十年、江戸で大名や旗本どもがバタバタと脚気で死んでいった『歴史』という最大の記録があるだろうが! それを無視して科学を気取るなど、滑稽極まりない!」
慶家の怒号が、長官室の空気を完全に支配していた。
衛兵たちも、あまりの正論と気迫に気圧され、誰一人として慶家を縛り上げることができない。
「食で釣った兵など、所詮は金で雇われた傭兵にも劣る烏合の衆。戦になれば何の役にも立ちはしない! 国を守る大義、敵を打ち滅ぼす気概。
それを叩き込むのが軍の教育であろうが。飯の良し悪しでしか兵を繋ぎ止められぬというのなら……山縣有朋、貴様は軍人として無能の極みであると、この私が断言してやる!」
絶対的な静寂が、部屋に落ちた。
陸軍の最高権力者である山縣有朋が、わずか十五歳の青二才に、軍事の根幹である「兵站と兵の心理」において完璧に論破され、一言も言い返せずに硬直している。
その沈黙を破ったのは——。
「——あっはっはっはっはっは!!! こりゃあ痛快! 全くもってその通りごわす!!」
ソファに座っていた西郷隆盛の、腹の底から湧き上がるような大爆笑であった。
「や、山縣ぁ! おはん、十五の童に軍の根本を教えられとるぞ! あっはっは、確かに美味い飯で釣った兵隊など、いざっちゅう時には役に立たん! 薩摩の郷中教育でも、飯は芋と稗が基本ごわすからなぁ!」
西郷は涙を流して笑いながら、慶家に向かって親指を突き立てた。
「見事な兵法ごわす、滝脇慶家! おはんの言うこと、一から十まで理にかなっとる! 山縣、この童を軍法会議にかける暇があるなら、明日から兵学寮の飯を麦飯と玄米に変える手配をするこったな!」
「さ、西郷殿……っ!」
山縣は顔を真っ赤にして歯を食いしばったが、政府の重鎮である西郷にここまで肯定されてしまっては、もはや慶家を罰することなど不可能であった。
(……この小僧。ただの秀才ではない。軍という組織の『矛盾』を、根底から見抜き、破壊し、再構築するだけの目を持っているというのか……!)
山縣有朋の胸中に、渋沢栄一から受けた警告が蘇る。
滝脇慶家は、軍を内側から喰い破る怪物であると。
「……私の言葉は以上だ。処分があるなら甘んじて受けよう。だが、陸軍が真に日ノ本を守る盾たらんとするならば……私の進言、しかと記憶に刻んでおくことだ」
慶家は、乱れた軍服の襟を正し、山縣と西郷に一瞥をくれると、踵を返して悠然と長官室を後にした。
陸軍兵学寮に入寮して、わずか数日。
滝脇慶家(徳川家康)は、その苛烈なまでのリアリズムと戦略眼によって、新政府軍のトップに強烈な「宣戦布告」を叩きつけた。
彼が軍のド真ん中で覇権を握り、この国の軍隊を己の盤面に染め上げるための、壮絶なる闘争が幕を開けた瞬間であった。




