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葵三つ葉  作者: 丸亀導師
明治の帳
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15/21

明治の帳 7

明治四年、九月。


駿河湾から吹き込む秋風が、僅かに肌寒さを帯び始めた頃。


沼津兵学校は、かつてないほどの異様な緊張感と、一触即発の空気に包まれていた。


折しも、新政府の軍事中枢である「兵部省」からの視察団の到着と、旧幕府の巨魁・勝海舟の沼津来訪が、完全に同じ日、同じ刻に重なったのである。


史実においては起こり得なかったこの歴史の交作。それは偶然などではなく、ある意味で勝海舟なりの強烈な「思惑」と「嫌がらせ」が込められた一手であった。


江戸城無血開城を成し遂げたとはいえ、勝は旧幕府軍の事実上の最高責任者(陸軍総裁)であった男である。新政府からすれば、すでに野に下っているとはいえ、その影響力と腹の底が読めない不気味さは健在であった。


その旧幕閣の首領格が、よりにもよって兵部省の視察に合わせて沼津兵学校に顔を出すというのだ。


『勝海舟が来る』


その一報を受けた新政府側は、慌てふためいた。下級役人を視察に向かわせ、適当に難癖をつけて学校を解体する算段だったものが、勝が相手となればそうはいかない。


舐められまいと、兵部省も急遽、それ相応の階級と威厳を持つ将校や高官を送り込まざるを得なくなったのである。


結果として、沼津兵学校の応接間や廊下では、旧幕臣の教官たちを背後に従えて悠然と構える勝海舟と、肩で風を切って歩く薩長出身の新政府高官たちが、無言のままバチバチと火花を散らすという、恐るべき「睨み合いの構図」が出来上がってしまった。


「……フン。相変わらず、薩長の田舎侍どもは肩に力が入りすぎてやがる」


勝は、応接室の茶をすすりながら、廊下を練り歩く兵部省の役人たちを横目で見て、江戸っ子特有の皮肉な笑みを浮かべた。


彼がわざわざ視察の日にぶつけて沼津へ来たのは、兵部省の連中に対する牽制(旧幕臣の教官たちへの防波堤)という意味合いもあったが——彼自身の真の目的は、全く別のところにあった。


(滝脇慶家、か……)


勝の胸の奥底には、ひた隠しにしてきた静かな、しかし確かな「喜び」があった。


勝は、徳川慶喜という男の才覚と、彼が背負った泥まみれの決断を誰よりも高く評価していた。


二百六十年の幕府を自らの手で終わらせ、永遠の汚名を被ってでも、異国の介入を防ぐためにひたすら恭順を貫いた。その冷徹なまでの自己犠牲と大局観。


だが、日ノ本広しと探せど、慶喜のその真意を正当に評価し、理解している者は絶望的なまでに少なかった。


主戦派の旧幕臣たちは慶喜を「臆病者」と罵り、薩長は「朝敵」と見下している。


現在、新政府に出仕して経済の立て直しに奔走している旧幕臣のホープ・渋沢栄一などでさえ、当時は仏蘭西フランスにいたため直接その決断を見ておらず、未だに慶喜の真意を完全には理解しきれていない時期である。


孤独であった。


江戸城を無血で明け渡した勝海舟自身も、そして誰より、静岡で息を潜める徳川慶喜自身も。


だからこそ。


あの西郷隆盛の口から、「慶喜の決断を完璧に見抜き、是とした童がいる」と聞いた時の衝撃は計り知れなかったのだ。 


あまつさえ、その童は慶喜本人から名の一字を賜り、この兵部省の視察という逆風の中で、西洋軍学の矛盾すら看破して見せたという。


(俺や、西郷どんや、慶喜公……時代を動かした大人たちが血反吐を吐いて辿り着いた境地を、たかだか十三、四の小僧っ子が当たり前のように理解してやがる。こんな痛快なことがあるかよ)


勝は、扇子でポンポンと膝を叩いた。


兵部省の視察団が、いよいよ生徒たちの演習や会読(議論)を検分するために動き出したという報せが入る。


「さて、と……」


勝はゆっくりと立ち上がり、袴の埃を払った。


「その『化け物』が、薩長のエリート様たちを相手にどんな大見得を切ってくれるのか。特等席で見物させてもらおうじゃねえか」


新政府の重圧と、旧幕府の意地が交錯する沼津兵学校。


歴史の表舞台から姿を消したはずの勝海舟は、期待に胸を躍らせながら、滝脇慶家という特異点が待つ演習場へと歩みを進めた。


―――


秋晴れの沼津兵学校。


演習場の脇に設けられた天幕の下で、兵部省の視察団——新政府軍の高官たちは、腕を組みながら一人の生徒の質疑応答を見下ろしていた。そしてそのすぐ横には、ふらりと見物に訪れた勝海舟が、扇子を弄りながら悠然と腰を下ろしている。


新政府の役人たちは、生徒一人一人に厳しい質問を浴びせ、軍学の知識や思想の「適性」を推し量っていた。それは表面上は視察であったが、実態は旧幕府系の兵学校を解体するための『粗探し』に他ならない。


だが、数人、十数人と生徒の応答を聞くうちに、兵部省の役人の一人は、勝の横で内心深く唸らざるを得なかった。


(……認めざるを得ん。この沼津兵学校の質は、恐ろしいほどに高い)


薩摩や長州が設立した兵学校にも優秀な若者はいる。だが、沼津の生徒たちの『算術』と『空間把握(地理・測量)』の能力は、群を抜いていた。


気合や精神論ではない。大砲の弾道計算を暗算でやってのけ、仏蘭西フランスの兵学書をスラスラと読み解く。近代戦において、どちらが真に軍として機能するかは明白であった。


「……だが、油断はできんぞ。次がいよいよ『本命』だ」


役人の一人が、隣の将校に小声で囁いた。


名簿の最後に意図的に回された一人の少年。


旧幕臣であり、朝敵・徳川慶喜から直々に名を与えられ、さらに西洋軍学に反証を突きつけたという『天才』——滝脇慶家である。


彼らは、この少年との問答が最も長く、厄介な戦いになることを知っていた。警戒心は最高潮に達している。


「滝脇慶家、前へ」


呼ばれた慶家は、一切の気負いも怯えもない、完璧な仏頂面で天幕の前に進み出た。


彼に向けられる質問は、他の生徒よりも遥かに高度で、かつ意地悪なものであった。


「仏蘭西の歩兵操典における、散兵線から縦隊への移行の利を述べよ」


「野戦における砲兵の駄馬と曳馬の運用比率について、兵站の観点からどう考えるか」


しかし、慶家はそれらの難問に対し、息をするようにスラスラと、しかも教本の内容に留まらず、日本の地形に合わせた独自の改良案まで交えて即答してみせた。


兵部省の役人たちの顔から、次第に余裕が消えていく。彼ら自身よりも、目の前の十三歳の少年の方が、軍事の『合理』を深く理解していることが明白になってきたからだ。


(……この童、噂以上だ。このままでは粗探しどころか、逆に我々が論破されてしまう)


焦りを感じた視察団の長が、戦術の問いを打ち切り、ついに「思想」の領域へと踏み込んだ。

こここそが、旧幕臣の息の根を止める最大の急所である。


「……滝脇。知識は見事だ。だが、軍人に最も必要なものは忠誠心と精神の在り方である」


高官は、鋭い目で慶家を睨みつけた。


「貴様は、これまでの歴史の中で『誰を最も尊敬』し、そしてこれから軍人として『何に忠誠を尊ぶ』のか。答えよ」


天幕の下に、張り詰めた沈黙が落ちた。

横で聞いていた勝海舟も、扇子を止めてスッと目を細めた。


この問いは罠だ。「徳川家康」や「幕府」と答えれば時代錯誤の逆賊として切り捨てられ、「新政府の首脳」と答えれば魂を売った阿諛追従あゆついじゅうの輩として蔑まれる。


慶家は、その意図を完璧に読み取っていた。

彼は暫し、視線を虚空に向けて考える素振りを見せた。


(……誰を尊敬するか、だと? 笑わせる。わしは徳川家康ぞ。わしより凄まじい生涯を生き抜き、盤面を支配した人間など、この日ノ本にわし以外おるまい)


内心でそう不遜に嘯きながらも、慶家はゆっくりと視線を視察団に戻し、極めて静かな、しかし通る声で答えた。


「私が最も尊敬する人物は……徳川慶喜公にございます」


「なっ……!?」


兵部省の役人たちが、一斉に顔をしかめた。朝敵の筆頭を尊敬すると、新政府の視察団の面前で堂々と言ってのけたのだ。


「貴様、正気か! 己の保身のために味方を見捨て、江戸へ逃げ帰った腰抜けを尊敬するなどと……!」


「腰抜けではありません。盤面を正しく見極めた『決断の将』です」


慶家は、役人の怒声に一歩も引かず、冷徹に言い切った。

「あの時、慶喜公が徹底抗戦を選んでいれば、日ノ本は異国の介入を招き、分割統治の憂き目に遭っていた。

ご自身の名誉や徳川の三百年の歴史という『大』を捨て、国を救うという『極大』を選ばれた。私は、その為政者としての自己犠牲と冷徹な判断力を、心より尊敬しております」


役人たちは、反論できなかった。


それは、勝海舟や西郷隆盛といった限られた傑物たちだけが共有していた「真実」であり、それを真っ向から論理で突きつけられては、感情的な罵倒しか返せないからだ。


「……ならば」


役人の一人が、苦々しい顔で食い下がった。


「貴様は、その慶喜公に忠誠を誓うのか? 旧幕府に殉じるつもりか?」


慶家は、小さく首を横に振った。


「いいえ。私が軍人として忠誠を尊ぶのは……『天皇陛下』と、それに付き従う『大御宝おおみたから』です」


その言葉に、今度は勝海舟がピクリと眉を動かした。

『大御宝』。それは古事記や日本書紀に記される古語であり、すなわち天皇が慈しむべき「民草(国民)」を指す言葉である。


「新しき軍隊は、もはや徳川のものでも、薩摩や長州のものでもありません」


慶家は、新政府の高官たちを真っ直ぐに見据え、一切の淀みなく言い放った。


「軍とは、陛下(国家)の盾であり、大御宝(民)の血と汗(税)によって養われるものです。特定の家や藩に忠誠を誓う軍隊は、いずれ必ず内部から腐敗し、国を滅ぼします。

……私は、異国の脅威から陛下と大御宝を守るための、真の『国軍』の将校となる。それに勝る忠誠の対象など、他に存在し得ません」


完璧な回答であった。


新政府の『大義名分』である天皇への忠誠を絶対の前提としつつ、同時に、薩長が軍を私物化している(藩閥政治)現状を、極めて論理的かつ間接的に痛烈に批判してみせたのだ。


兵部省の役人たちは、押し黙るしかなかった。


反論すれば「天皇と民への忠誠」を否定することになり、肯定すれば自分たちの藩閥の私物化を恥じることとなる。完全に、詰将棋で王手をかけられた状態であった。


「……っ、ふふっ。あーっはっはっはっは!!」


その静寂を破ったのは、勝海舟の腹の底から湧き上がるような大爆笑であった。


新政府の高官たちが渋面を作る中、勝は立ち上がり、パンパンと扇子で手を叩きながら慶家に近づいた。


「いやぁ、お見事! こりゃあ兵部省のお偉方相手に、見事な『無血開城』をやってのけちまったな、童!」


勝は、十三歳の少年の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。


「敬服するよ。お前のその頭ン中には、長州だの薩摩だの、徳川だのといったちっぽけな垣根は端から存在しねえ。

最初から、この日ノ本という国全体を見下ろしてやがる。……滝脇慶家、お前、本物の化け物だぜ」


慶家は、勝の称賛に対しても表情を崩さず、ただ静かに一礼しただけだった。


兵部省の視察は、こうして旧幕臣の天才少年に完全に一本を取られる形で幕を閉じた。


そしてこの日を境に、新政府の軍部中枢は「滝脇慶家」という存在を、単なる旧幕臣の神童から、いつか自分たちの既得権益を内側から喰い破るかもしれない『最大の脅威』として、本格的に警戒し始めることとなるのである。


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