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葵三つ葉  作者: 丸亀導師
明治の帳
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12/21

明治の帳 4

明治二年の夏。


駿府改め静岡の地は、うだるような熱気に包まれていた。しかし、滝脇慶家(旧名・市之進)の胸の内に静かに燃える熱は、その夏の陽射しすら凌駕するほどに熱く、そして冷徹なものであった。


徳川慶喜から「慶家」の名を授かり、次代の盤面である新政府の軍部へと食い込む決意を固めた彼は、旧幕臣たちが威信をかけて創設した国内最高峰の軍事教育機関、「沼津兵学校」の入学試験に臨んでいた。


試験の場には、全国から集まった秀才や旧幕臣の子弟たちが、緊張で顔を強張らせて並んでいた。しかし、数えで十三歳(満年齢で十二歳)の慶家は、その喧騒と重圧の中で、ただ一人、無表情――いつもの仏頂面のまま、淡々と試験課題を粉砕していった。


試験は、厳格な基準に基づく四つの科目で行われた。

第一の関門は『甲:素読そどく』である。


漢籍、すなわち四書五経などの古典を渡され、それを初見で音読する。採点基準は、区切り(句読)や音調に間違いがなく、途中でつかえることなくスムーズに朗読できるか否か。少しでも言い淀めば減点され、流暢な者が「上級」とされる。


試験官である厳格な老儒学者が、分厚い『孟子』の束を無造作に開き、慶家の前に突き出した。


「読め」


短い指示とともに、慶家は書物に視線を落とす。周囲の受験生たちが緊張で声を震わせ、冷や汗を流しながらつっかえつっかえ読む中、慶家は一つ息を吸い、朗々とした声を響かせた。


(ふん。家臣の儒学者どもに、耳にタコができるほど読み聞かせさせた書物よ。今更つっかえるはずもなかろう)


前世において、天下を治めるための教養として四書五経を骨の髄まで叩き込まれている家康にとって、漢籍の素読など児戯に等しかった。


句読点は正確無比、音調には大名としての威風すら漂い、流れるような水のごとく一節を読み切った。試験官の老儒学者が、驚きのあまり目を丸くし、持っていた扇子を止めたほどである。


続く『乙:手跡しゅせき』は、作文と書道の試験であった。

提示されたテーマに沿って、その場で漢文や実用文を素早く作成する。ここで沼津兵学校が求めていたのは、文字の美しさや芸術性ではない。「文意が完全に貫徹しているか」、すなわち軍人として論理的で一貫した思考力を持っているかが最も重視された。

与えられた題に対し、慶家は迷うことなく筆を走らせた。

彼が書いたのは、旧態依然とした武士の忠義や精神論ではない。「兵站の重要性」と「情報伝達の正確さ」に主眼を置いた、極めて実用的で血の通った軍略の基礎である。


(いくさにおいて、曖昧な指示と無駄に美しい文字など百害あって一利なし。誰が読んでも一つの意味にしか取れぬ、冷徹な論理こそが命を繋ぐのだ)


彼の答案は、無駄な装飾を一切削ぎ落とした、刃のように鋭く論理的な名文として仕上がった。


そして、沼津兵学校が最も重視したと言っても過言ではないのが『算術』である。

「数学の沼津」と称されるほど、この学校は理系教育に特化していた。日本伝統の算盤そろばんによる計算の速さのみならず、当時最先端であった西洋の筆算(洋算)の能力が厳しく問われたのである。砲弾の弾道計算、城郭や陣地の設計、物資の輸送計画。近代戦において、数学はそのまま「殺傷力」と「生存率」に直結する。

しかし、これもまた慶家にとっては容易い壁であった。


父・清孝や、周囲の旧幕臣たちから知識を貪欲に吸収していた慶家は、すでに西洋式の四則計算や代数の基礎を我が物としていた。

(なるほど、西洋の数字の並びは、算盤の珠をそのまま紙に書き写したように合理的だ。これで補給の米俵の数と、大砲の火薬の量を計算するわけか……面白い)

慶家の指は算盤の珠を弾くように洋算の式を解き明かし、次々と正解を叩き出していった。


最後の科目は『地理(万国地理)』であった。

日本国内だけでなく、世界各国の位置、気候、文化、歴史の概略を問うものだ。西洋の兵学書を読み、異国の脅威に対抗するためには、まず「敵がどこから来て、どのような土地に住んでいるのか」を知らねばならない。

世界地図を前にして、慶家の双眸が鋭く光った。

(……これが、真の盤面か)

前世の家康が知っていた「南蛮」や「紅毛」の国々。それが、地球という巨大な球体の上でどれほどの領土を持ち、どれほどの海を越えてこの極東の島国まで手を伸ばしてきているのか。英吉利イギリス仏蘭西フランス露西亜ロシア。彼らの強大さと、世界の広さを頭に叩き込むたびに、慶家の中にある為政者としての危機感と闘争心が静かに沸き立った。

(この巨大な盤面で生き残るには、もはや刀や身分など何の役にも立たぬ。鉄と火薬、そして冷徹な国家運営の力が必要だ)


すべての試験を終えた時、慶家の合格は誰の目にも明らかであった。


否、合格どころではない。彼は圧倒的な高得点を叩き出し、試験官たちを戦慄させるほどの成績で、晴れて沼津兵学校への入学を勝ち取ったのである。


晩夏。


沼津へと旅立つ日の朝、滝脇の家には静かな活気が満ちていた。


「市之進……いや、慶家。よくぞ合格した。滝脇の誇り、いや、徳川の誇りぞ。沼津で存分に新しい兵学を身につけてこい」


父・清孝は、目を潤ませながら息子の肩を力強く叩いた。


「はい、父上。必ずや、日ノ本を背負う将校となりて戻って参ります」


慶家が深く頭を下げると、母の菊もまた、手作りの道中着を渡しながら涙ぐんだ。

そして、彼の袴の裾をきゅっと掴んで離さない者が一人。

数えで十一歳になった妹の、松である。


「……あにさま。いよいよ、行ってしまわれるのですね」


少し背が伸び、少女らしさを増した松は、寂しさを堪えるように唇を噛み締めていた。

慶家は、厳格な少年将校の顔から、ふっと柔らかな「好々爺」のような表情に変わり、松の目線に合わせてしゃがみ込んだ。


「ああ。だが、永遠の別れではない。休みの折には必ず帰る」


「……お約束、忘れていませんか?」


「約束?」


「沼津の、お土産です。あにさまが兵隊の学校でえらくなるのは嬉しいけれど、私の算術の先生がいなくなるのは困るのです。だから、西洋の面白そうなご本か、おいしいお菓子を買ってきてくれなければ、許しません」


松が少し強がって見せると、慶家は思わず声を立てて笑いそうになるのを堪えた。


(全く、この妹は……大の男が戦場へ赴くというのに、頭の中はお菓子と算術の本か。だが、それで良い。女子供がそのような我儘を言える世の中こそが、わしが命を懸けて守るべき『泰平』なのだから)


慶家は、大きな手で松の頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「分かっておる。沼津には、西洋の珍しいものも多く集まると聞く。お前の喜びそうなものを、見繕って必ず持って帰ってこよう。それまで、父上と母上を頼んだぞ」


「はいっ。あにさまも、お風邪など召されぬよう!」


家族の温かな見送りを背に受け、滝脇慶家は東海道を東へ、沼津へと向けて確かな足取りで歩み出した。

沼津兵学校。


そこは、慶家にとって衝撃的な「時代の交差点」であった。


門をくぐった慶家の目に飛び込んできたのは、かつての城郭――三河武士の血を引く水野氏が築いた、立派な石垣と堀を持つ『沼津城』そのものの外観であった。しかし、一歩その内部へと足を踏み入れると、景色は一変する。


(……ほう。これは、なんとも奇妙な作りだ)


畳敷きの広間があるべき場所には、板張りの床が敷き詰められていた。そして、前世の家康であれば見たこともないような光景が広がっている。


壁の一面には、漆黒に塗られた巨大な板――「黒板」が掲げられ、白い白墨チョークの粉の匂いが漂っている。そして、室内には整然と、木製の「机」と「椅子」がズラリと並べられていたのだ。


後の世の学校の一般的な風景の走りである。


(武士たるもの、畳に座して姿勢を正すのが本分だと思っていたが……。なるほど、これならば長時間の筆記や洋算を行うのには極めて合理的だ。西洋の連中も、ただ野蛮なだけではないらしい)


慶家は、自らに割り当てられた椅子に腰を下ろし、その硬い感触を確かめながら、不敵な笑みを浮かべた。


入学成績があまりにも優秀であった慶家は、特別な措置としていくつかの基礎課程を免除され、「第三期生」としてすぐに本格的な兵学教育の場へと放り込まれることとなった。


彼は、やがてこの沼津兵学校が新政府の意向によって廃校となり、陸軍兵学寮へと吸収されるまでの間、この学び舎で近代戦の骨格を貪欲に吸収し尽くすことになる。


「……見慣れぬ顔だな。飛び級で入ってきたという、静岡の秀才か」


ふと、隣の席から声が掛かった。

声の主は、慶家よりも歳上の青年であった。身なりは質素だが、その瞳には知性と、どこか反骨心のような鋭い光が宿っている。


「如何にも。滝脇慶家だ。貴公は?」


「俺は古川。古川宣誉ふるかわ せんよだ。よろしく頼むぜ、滝脇」


古川宣誉。

後に近代日本の陸軍において工兵・測量の権威となり、数々の要塞建築や地図作成に多大な貢献を果たすことになる、もう一人の天才であった。


(……良い目をしている。ただ暗記するだけの学者馬鹿の目ではない。土地を測り、物を作る『実学』の才に長けた者の顔だ。わしの手駒――いや、幕僚として、丁度良いやもしれん)


慶家は、十三歳の少年らしい会釈を返しつつも、内心では古狸のような目で隣の席の同期を「値踏み」していた。


「こちらこそ、よろしく頼む、古川殿。互いに、この新しい机で、世界を切り取る算段でも立てようではないか」


黒板と机が並ぶ、城郭の中の近代教室。

明治の帳が下りる中、大御所・徳川家康の魂を宿す少年と、新しい時代を創る若き俊英たちの、凄絶なる学びの日々が幕を開けた。


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