明治の帳 2
明治二年、春。
徳川宗家が移封され、駿府が「静岡」と名を改められた後も、父・清孝が路頭に迷うことはなかった。
彼はその生真面目な性格と、貧しい中でも絶やさなかった学問への造詣を買われ、新たに創設された「静岡学問所」で職を得たのである。
職を失い、江戸から静岡へと雪崩れ込んできた旧幕臣たちは、慣れぬ土地と先の見えない不安に打ちひしがれていた。清孝は、そんな彼らに生活の術を手取り足取り教えながら、学問所で教鞭を執った。
幸いにして僅かながらも俸禄を得る事が出来た滝脇家は、没落していく旧士族たちの中にあって、武士としての心構えと誇りを保ち続けることができていた。
市之進もまた、学生としてその学問所に通うようになっていた。
かつての漢学や儒学だけでなく、そこでは異国の言葉(語学)や算術、果ては近代の兵学までもが教えられていた。家康にとって、それはまさに渇望していた「新しい盤面の作り方」を学ぶための、この上ない学び舎であった。
その年の初夏。
北の果て、箱館の五稜郭が陥落した。
旧幕臣たちの最後の抵抗は、市之進の冷酷な読み通り、新しい時代の強大な武力の前にあっけなくすり潰され、終わりを告げた。
―――
そして時は流れ、明治三年。
桜の花びらが、静岡の風に乗って舞い散る季節。
数えで十三歳となり、少年らしい精悍さを帯び始めた市之進の元に、思いもよらぬ人物が訪れた。
「滝脇清孝、面を上げよ。そのように平伏されては、せっかくの桜が楽しめぬ」
滝脇家の粗末な座敷。
上座に座るその男の声は、静かで、しかし生来の気品と、かつて何百万という人間を束ねた者だけが持つ特有の響きを帯びていた。
「は、ははっ……! し、しかし、上様……っ、いや、慶喜公にあらせられましては……!」
畳に額を擦り付け、感極まって声を詰まらせる清孝を、徳川慶喜は苦笑混じりに制した。
静岡で謹慎生活(余生)を送り始めていた慶喜の出立ちは、かつての豪奢な将軍のそれではなく、渋い色合いの着流しという、ひどく飾らないものであった。
趣味の狩猟や写真、油絵などに没頭していると噂に聞いていたが、その顔つきには、天下の重荷を下ろした者特有の憑き物が落ちたような清々しさと、同時に、研ぎ澄まされた刃のような鋭い知性が同居していた。
「もはや俺は将軍ではない。一介の隠居の身だ。今日ここへ足を運んだのも、学問所に『恐るべき神童がいる』という噂を耳にしたからに過ぎぬ」
慶喜はそう言うと、視線を清孝から、その斜め後ろに控えている小柄な少年へと移した。
「……お前が、滝脇市之進か」
名を呼ばれ、市之進は静かに頭を下げた。
しかし、その顔を上げた時。市之進の瞳には、かつての将軍を前にした平伏や畏れは微塵もなかった。
いつもの仏頂面のまま、真っ直ぐに、射抜くような視線で十五代・徳川慶喜の顔を見据え返したのである。
(——ほう)
慶喜は、内心で微かに目を見張った。
(これが、十三の子供の目か? まるで……)
「……面を上げよと言ったが、随分と肝の据わった目をしておるな。西郷(隆盛)や勝(海舟)が舌を巻くのも頷ける」
「恐れ入ります」
短く答えた市之進の胸の内では、かつてないほどの激しい感情の渦が巻いていた。
それは怒りでも、悲しみでもない。
純粋な、為政者としての『共鳴』と『評価』であった。
(よくぞ参った、十五代。お前が、わしの築いた二百六十年の幕府を、その手で畳んだ男か)
家康は、目の前の男の顔を、骨の髄まで見極めようと目を凝らした。
血気に逸る無能ではない。見栄に固執する愚物でもない。
自分の代で幕府が終わるという絶望的な不名誉を一身に背負いながら、それでも「日ノ本が異国に喰われるよりはマシだ」と、合理の極致とも言える冷徹な計算で盤面を投げ捨てた男。
(見事な負けっぷりであった。わしの血を引く者の中に、これほど盤面を広く見渡せる者がおったとはな)
「市之進とやら」
慶喜は、膝に手を置き、探るような目で少年に問いかけた。
「噂によれば、お前は鳥羽・伏見の敗戦の折、俺が大坂から江戸へ逃げ帰った真意を、周囲の大人たちに先んじて見抜いていたそうだな。
……俺が武士の風上にも置けぬ腰抜けだと、天下から謗りを受けていたあの時に、だ」
清孝がビクッと肩を震わせた。一歩間違えれば、不敬極まりない問いである。
しかし、市之進は動じなかった。
「はい。見抜いておりました」
「何故、そう思えた? 幕臣の多くは、俺と共に討ち死にすることを望んでいたというのに」
「討ち死になど、誰にでもできるからです」
市之進の冷ややかな、しかし確信に満ちた声が座敷に響いた。
「腹を切って責任を取るのは、最も見栄えの良い『逃げ』に過ぎませぬ。ですが、慶喜様は逃げなかった。
泥を被り、腰抜けと罵られ、未来永劫に汚名を残すことを受け入れてでも……異国の介入を防ぐという、最も困難で、最も合理的な『大義』を選ばれた」
市之進は、小さな手で畳を強く掴んだ。
「それは、並の武士には到底できぬ、為政者としての強き決断。……私は、そのご決断を、心より敬服しております」
慶喜は、息を呑んだ。
日本中から、そして味方であるはずの幕臣たちからすら「裏切り者」「臆病者」と罵られ続けてきた孤独な最後の将軍。
彼の、誰にも語ることのなかった血を吐くような真意を、この十三歳の少年は、まるで己のことのように完璧に理解し、あろうことか「為政者の決断」として全肯定してみせたのだ。
桜の花びらが、開け放たれた縁側からふわりと舞い込んだ。
慶喜の鋭い目が、僅かに潤みを帯びたように見えたのは、春の陽射しのせいだけではなかった。
市之進からの、己のすべてを肯定するような称賛の言葉。
それを正面から受け止めた慶喜は、それでもなお、その端正な顔に感情を露わにすることはなかった。
しかし、彼もまた血の通った人である。
微かに震えた息を静かに吐き出し、長く閉じていた目を開けた時、その双眸に宿っていた重く暗い影は、憑き物が落ちたように僅かに薄らいでいた。
「……過分な評価だ。俺はただ、盤面を降りただけの男に過ぎぬ」
慶喜はそれだけをぽつりと返し、自らの心情をそれ以上語ろうとはしなかった。代わりに、彼は居住まいを正し、今度は為政者としてではなく、一人の『先達』としての顔で市之進を見据えた。
「市之進。新政府が、新たな軍の将校を育てるための『兵学校』を設立したという話は聞いているか?」
「はい。仄聞しております」
「そうか」
慶喜は頷き、言葉を続けた。
例え隠居し、静岡の地で写真や狩猟に興じる謹慎の身となっていようとも、腐っても彼は最後の将軍である。旧幕臣たちの伝手を通じ、江戸(東京)の、そして世界の最新の情勢が彼の耳には絶えず入ってきていた。
「お前のその並外れた才、このまま静岡の学問所のみで燻らせておくには、あまりにも惜しい」
慶喜の言葉に、隣で控えていた父・清孝がビクッと肩を震わせた。新政府の軍に入るということは、かつての敵(薩長)の軍門に下るということに他ならないからだ。しかし、慶喜の言葉には確固たる理があった。
「これからの時代、日ノ本が異国と渡り合うためには、何よりもまず『世界を広く見る』目が必要になる。そのためには、軍に入るのが最も単純で、かつ理にかなっている」
慶喜は、かつて自らが仏蘭西の軍事顧問団を招聘し、幕府陸軍の近代化を推し進めようとした経験を踏まえて語った。
「新政府は産声を上げたばかりだ。政治と軍事の切り分けなど、まだ明確にはできておらん。つまり、軍の在り方を知ることは、国家そのものの在り方を動かすことと同義だ。
お前のように盤面を俯瞰できる者が世界を見るならば、これ以上の場所はない」
市之進は、静かに慶喜の言葉を聞き入っていた。
(……全くもって、その通りだ。わしが考えていた青写真と、寸分違わぬ)
近代戦において、軍と政治は表裏一体である。巨大な軍隊を動かすには莫大な国家予算と兵站が必要であり、軍を握る者が事実上の天下の権を握る。かつての徳川幕府がそうであったように。
「上様のお言葉、しかと胸に刻み込みます」
市之進が深く一礼すると、慶喜は静かに首を振った。
「上様ではないと言ったはずだ。……それに、市之進。お前も数えで十三、そろそろ元服の時期であろう」
慶喜は、どこか楽しげな、しかし底知れぬ重みを持った目で少年を見つめた。
そして、かつて天下を統べた男としての、最後の『恩寵』を口にしたのである。
「お前には、俺から名を授けよう」
「名、でございますか」
「ああ。これからの新しい世を、徳川の残り香など吹き飛ばすほどの苛烈さで生き抜くための名だ」
慶喜は、ゆっくりと、その二文字の漢字を口にした。
「——『慶家』と名乗るがよい」
その名を聞いた瞬間。
市之進——いや、徳川家康の心臓が、大きく、一つ跳ねた。
「俺の名である『慶』と……我が徳川の開祖であり、神君であらせられる東照大権現、家康公の『家』の字を冠した名だ。
お前のその底知れぬ才覚と、天下を見据える目には、それだけの重き名を背負う資格がある」
慶喜は、どこか誇らしげにそう告げた。
己の命運を絶った最後の将軍から、己の創設した幕府の「開祖(自分自身)」の名を授けられる。
なんという皮肉、なんという数奇な運命か。
(わしが、家康であり、そして『慶家』となるか……!)
二百六十年の時を超え、己が築き上げた血脈の末裔から、己の魂の半分とも言える『家』の字を返還されたのだ。
それは、幕府という古い殻を完全に脱ぎ捨て、この「慶家」という新たな名のもとに、明治という新しい盤面で再び天下(国家の生存)を取りに行くための、強烈な号砲のように思えた。
「ありがたき、幸せに存じます」
少年は、畳に両手をつき、この日初めて、仏頂面を崩して深く、深く頭を下げた。
「これよりは滝脇 慶家して、授かりしこの名に恥じぬよう、日ノ本の行く末を切り拓いてみせまする」
桜の花びらが舞う静岡の片隅で。
徳川の世を終わらせた男と、徳川の世を創り上げた男の魂が交差した。
己の名を取り戻した大御所は、ついにその牙を剥き出しにし、明治という激動の軍靴が響く時代へと、力強くその第一歩を踏み出したのである。




