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異世界ブラックギルドの窓際魔導具師 〜徹夜明けのポーションは、エナドリよりも五臓六腑に染み渡る〜  作者: よはく


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定時退社の守護者(バッチ処理の魔法陣)

異世界生活にも、ようやく慣れてきた。


水は清くなり、椅子は柔らかくなった。

そして喉には、あのパチパチと弾ける刺激。

「三種の神器」を手に入れた俺のQOL(生活の質)は、この一週間で爆上がりしたと言っていい。


だが、依然として目の前に立ちはだかる、巨大な壁がある。


「残業」だ。


「おい、お前ら! 騎士団から急ぎの追加発注が入ったぞ!

 魔導灯の芯、あと五十本追加だ! 明日の朝までにきっちり仕上げとけ!」


親方の熊男が、定時五分前という最悪のタイミングで、信じられない言葉を吐き捨てた。

それは、平穏な夕暮れを切り裂く死刑宣告のようなものだった。


工房の中に、絶望の呻きが広がる。

隣の席では、カイルが持っていた筆を落とし、白目を剥いて天を仰いでいた。


「そんな……無茶だ。一本描くのに一時間はかかるんだぞ。

 今から五十本なんて、徹夜確定じゃないか……。終わった、僕の人生、終わった……」


カイルの呟きを聞きながら、俺の脳裏には前世の記憶がフラッシュバックしていた。


金曜の十七時。

もうすぐ退社、というタイミングで届く「月曜朝イチまでの修正願い」のメール。

一気に血の気が引き、視界がセピア色に変わるあの感覚。


今、この工房に満ちている空気は、あの地獄のオフィスと完全に一致していた。


(……ふざけるな)


俺の胸の奥で、静かな怒りが燃え上がる。


(俺は、さっきキンキンに冷やしておいた炭酸ポーションを、

 最高のコンディションで飲むと心に決めているんだ。

 こんな理不尽なオーバーワークに、俺の聖域を侵されてたまるか)


俺の「足るを知る」哲学において、自由な時間は何物にも代えがたい資産だ。

それをドブに捨てるような真似は、エンジニアのプライドが許さない。


「カイルさん、筆を拾ってください。作戦会議ミーティングです」


「作戦? ……描くしかないだろ。死ぬ気で、根性で描くしかないんだ……」


「いいえ。根性で解決するのは素人の仕事です。

 プロは『仕組み』で解決します」


俺は立ち上がり、工房の隅に放置されている「自動描画機プロッター」の残骸に目をつけた。

かつて天才魔導師が作ったらしいが、あまりにも回路が複雑すぎて、

今や誰もメンテナンスできず、ただの粗大ゴミと化している代物だ。


埃を払い、その内部構造を魔力感知でスキャンする。


(……なるほど。構造は古いラインプリンターにそっくりだな。

 物理的なペンを動かして描画するタイプか。

 ハードウェアは生きてる。問題は制御ソフトウェア……魔法回路の方だ)


俺は、前世で培った「バッチ処理」の思考をフル回転させた。


一枚ずつ、人間が手で描くから時間がかかるんだ。

一度「テンプレート」を定義し、そこに魔力を流し込んで一気に複写コピーすればいい。

手書きという「アナログ」を、一括処理という「デジタル」に置き換える。


「佐藤、何をしてるんだ? そんなガラクタをいじって……」


「カイルさん、そっちのインクを魔法伝導率三パーセントまで薄めてください。

 それから、こっちの導線に繋いで。ロジックは俺が組みます」


俺はプロッターの心臓部にある魔法回路を強引にバイパスした。

余計な「芸術性」や「魂の込め方」なんてコードは全てコメントアウトする。

代わりに、前世で嫌というほど書いた『繰り返し文(For Loop)』の概念を、

魔力言語の深層へと流し込んだ。


さらに、魔法で紙を一定の間隔で送り出す「給紙トレイ」を、

三話の反発魔法を応用して突貫工事で構築する。


「……システム、オート・バッチ・プロセッシング。実行コンパイル


ガコンッ、という重い振動とともに、プロッターが震え始めた。

そして。

白紙の羊皮紙が吸い込まれ、一秒後。

そこには完璧な魔法陣が刻印されて吐き出された。


「な……っ!? 魔法陣が……勝手に描かれてる……!?」


「一枚につき一秒。五十枚なら一分弱ですね。

 カイルさん、紙の補充をお願いします。止まるとエラーを吐くので」


次々と積み上がる、納品クオリティの魔法陣。

それは職人が一筆一筆魂を込めて描く「芸術品」ではないかもしれない。

だが、要求された仕様を百パーセント満たした、均一で完璧な「製品」だった。


親方が戻ってきたのは、それからわずか数分後のことだ。

手には、サボりを見張るための鞭を握っていたが、彼はその場で石像のように固まった。


「おい、まだサボって——な、なな、なんだこれはぁ!?」


机の上に整然と並べられた、五十本の魔導灯の芯。

親方は目を剥き、震える手でそれを一枚手に取り、光に透かして確認した。


「……欠陥は、ありません。全て仕様通りです。

 ちょうど、定時を告げる鐘が鳴りましたね。お疲れ様でした!」


俺は呆然とする親方をその場に残し、

腰が抜けているカイルの腕を引っ張って、工房を飛び出した。


外に出ると、ちょうど王都の家々に魔導灯の火が灯り始める時間だった。

俺たちはいつもの屋上に登り、心地よい夜風に身を任せた。


俺は懐から、特製の「それ」を取り出した。


浄化した強炭酸水に、ギルドの備品である高純度回復薬ポーションを黄金比でブレンド。

さらに薬草から抽出した覚醒成分を、魔導回路で極限まで濃縮してぶち込んだ、

俺特製の「エナジードリンク」だ。


シュパッ!


小気味よい音が、静かな夜の空気に響き渡る。

これこそが、戦い抜いた社畜にとっての、真の「終業の鐘」だ。


「……いただきます」


一気に、喉へと流し込む。


ガツンとくる強炭酸の衝撃が粘膜を叩く。

続いて、ポーション特有の少しケミカルな、毒々しいまでの甘みが舌を突き抜け、

最後に薬草の鋭い苦味が、後味を鮮やかに締めくくる。


「ッ…………くぅぅぅぅ!!」


喉が焼ける。胃が熱くなる。

だが、その暴力的な刺激と引き換えに、

泥のように重かった脳の霧が、一瞬で晴れていくのが分かった。


魔力の使いすぎで震えていた指先に、じわじわと熱い力が戻ってくる。

細胞の一つ一つが、強制的に再起動されていく感覚。


「……これだ。これだよ、カイルさん。

 仕事明けのこの一杯は、どんな高級な酒よりも、五臓六腑に染み渡る……」


カイルも隣で、自分の分を恐る恐る口に含んだ。


「……っ!? な、なんだ、これ……!

 身体が……勝手に『明日もいける』って叫んでるみたいだ。

 佐藤、これ、すごいよ……まさに活力のエナジードリンクだ……」


俺は空になった瓶を掲げ、夜空に輝き始めた一番星を見つめた。


前世では、これを飲みながら朝まで死んだ目でキーボードを叩いていた。

でも、今は違う。

これを飲むのは、今日という理不尽な戦いを仕組みで制し、

自分自身の自由を勝ち取った、その勝利を称えるためだ。


「足るを知る、ですよ。

 この一杯があるから、俺たちは明日もまた、

 あのクソみたいな魔法陣と向き合えるんです」


ポーションの残響が、心地よい痺れとなって全身を巡る。


俺は、エナドリの魔力で覚醒した意識を、

今度は「最高の睡眠」へと繋げるべく、ゆっくりと立ち上がった。

明日もまた、俺だけの聖域を守るために。

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