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異世界ブラックギルドの窓際魔導具師 〜徹夜明けのポーションは、エナドリよりも五臓六腑に染み渡る〜  作者: よはく


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琥珀色の聖水(強炭酸ポーション)

水が清くなり、椅子が浮いた。


現代のエンジニアとして、インフラとハードウェアの最低限の保守は完了したと言っていいだろう。

泥水を啜り、木の箱に座って絶望していた数日前を思えば、これだけでも奇跡に近い。


だが、それだけでは足りない。

人間には「娯楽」が必要だ。

特に、神経を削り、理不尽な納期に追われる社畜には。


(……喉が、あの刺激を求めている)


前世の俺にとって、それは生命線だった。


深夜二時。

終わりの見えないデバッグ作業中、脳が熱を帯びてショート寸前になったとき。

自動販売機に駆け込み、ガコンと落ちてきたキンキンに冷えたコーラ。

あるいは、泥のように働いた一日の終わりに流し込む、最初の一杯目のビール。


それらは単なる飲料ではなかった。

凝り固まった脳を強制的に再起動リビルドし、精神にこびりついた汚泥を洗い流す「魂の洗浄液」だったのだ。


しかし、この異世界において、喉を潤す楽しみは極めて限定的だ。

この国で「酒」は高い。

一日の報酬が銅貨三枚という俺の現状では、宿屋の片隅で、水で薄めた酸っぱい安ワインを一杯飲むのが関の山だ。


「……なら、作るしかないか。あの『パチパチするやつ』を」


俺は作業台の隅で、廃棄予定の「魔力切れの魔石」を弄んでいた。

一度魔力を使い果たした魔石は、石ころ同然の扱いを受ける。

だが、微弱な術式を刻み込めば、周囲の魔素を一時的に集める「触媒」として再利用できることを俺は見抜いていた。


俺が目をつけたのは、魔導具の冷却に使われる『気体圧縮コンプレッション』の魔法陣だ。


本来は、王侯貴族が使う大型の冷蔵魔導具に組み込まれる高負荷な回路である。

だが、これを極限まで小型化し、さらに特定の「成分」だけを選択的に抽出するようにフィルター(論理抽出)をかける。


(……理屈は、炭酸水製造機と同じだ。空気中の二酸化炭素に相当する成分を圧縮し、水に無理やり溶かし込む)


前世の知識が、異世界の術式をハックしていく。

空気から特定のガスを抽出し、高圧で液体に固定する。

化学と魔法の融合。

それは、かつて数多のシステムを構築してきた俺にとって、最も得意とする「最適化」の作業だった。


カリカリ、と細い筆で魔石に回路を刻む。

一ミリのズレも許されない。

圧力を上げすぎれば瓶が爆発するし、低すぎればただの「気の抜けた水」になる。


俺は、浄化しておいた透明な水を古いガラス瓶に入れ、その口に改造した魔石をセットした。


「……いけ。システム・炭酸ソーダ。起動」


瓶の中で、ジジッ……と微かな音が響いた。

それは、静かな工房の中で、俺にしか聞こえないほどの小さな産声だった。


次の瞬間。

瓶の底から無数の銀色の泡が、沸き立つ星のように立ち昇った。


「できた……」


俺はさらに、ギルドの裏庭に生えていた「薬草」の端切れを手に入れた。

本来は高価なポーションの材料だが、加工の過程で出るゴミ同然の端材だ。

香りが強烈すぎて、そのままでは苦くて食えたもんじゃない。


だが、これこそが「フレーバー」として最高なんだ。


俺はそのハーブを一枚、瓶に放り込んだ。

そして、最後に仕上げだ。

支給された安物の「苦い回復薬ポーション」を数滴、スポイトで垂らす。


「……完成だ。異世界風・強炭酸ポーション」


俺は工房を抜け出し、いつもの屋上へと登った。

ここは、忙殺される職人たちが誰も来ない、俺だけの「休憩所」だ。


遠くで、王都の夕暮れを告げる鐘が鳴る。

それは、このブラックな工房における「定時」を意味するが、実際に作業を止める者は誰もいない。

俺を除いては。


俺は屋上の縁に腰掛け、手の中の瓶を見つめた。

夕日に透けたその液体は、琥珀色に輝きながら、絶え間なく泡を踊らせている。


俺は瓶の栓を抜いた。


プシュッ!


心地よい、聞き慣れた開放音。

それは、前世で幾度となく聞いてきた、戦い(仕事)の終わりを告げるファンファーレだ。


俺は、瓶を口に運んだ。


「ッ…………!!」


一気に流し込んだ瞬間、衝撃が走った。


喉を突き刺す、鋭い刺激。

強烈な炭酸の泡が粘膜を激しく叩き、ハーブの清涼感が鼻を突き抜ける。

さらに、微量に含まれる回復薬の成分が、

労働で疲れ切った脳の神経を、じわり、じわりと解きほぐしていく。


「カァーーッ……!! これだ。これだよ、これなんだ!」


脳が、音を立てて覚醒していく。

全身の細胞が、この「痛み」にも似た快感に歓喜しているのが分かった。


泥水を飲んで絶望していた一話前が、もはや数年前のことのように思える。

前世のコーラほど甘くはないし、ビールほどの苦味もない。

だが、この「喉にくる刺激」と「圧倒的な爽快感」のハイブリッドこそが、

孤独に戦う社畜に必要な、最高のガソリンなのだ。


「佐藤……お前、また何か怪しいことしてるな?」


背後から声がした。

振り向くと、カイルが呆れたような、それでいて羨ましそうな顔で立っていた。


彼は、俺が三話で教えた「魔法の椅子パッシブ・クッション」のおかげで、

今日はまだ背筋を伸ばして立っている。


「カイルさん。これ、飲みます?」


「なんだその泡は? シュワシュワいってるぞ。毒じゃないだろうな……」


「猛毒ですよ。一度飲むと、これなしでは生きられなくなるっていう毒です」


冗談めかして差し出すと、カイルは恐る恐る口をつけた。

次の瞬間、彼は「ブフッ!」と吹き出しそうになり、必死に喉を押さえた。


「な、なんだこれ!? 喉が焼ける……いや、弾けてる! なんだこの感覚は!?」


「『炭酸』っていう、魔法の刺激です。

 ……足るを知る、ですよ、カイルさん。

 ただの水が、泡立つだけで、こんなに贅沢な飲み物に変わる」


カイルは、こみ上げてくるゲップを必死に堪えながら、

もう一口、今度はゆっくりと、その不思議な液体を味わった。


「……不思議だ。飲むと、腹の底から何かが湧いてくる。

 明日もまた、あの地獄のような工房に行ける気がしてくるよ……」


「それが『リフレッシュ』の魔法です、カイルさん。

 俺たちは使い潰されるための駒じゃない。

 明日を楽しむための、一人の人間なんです」


夕焼けに染まる王都の街並み。

眼下では、重い足取りで帰路につく人々や、

まだ明かりが灯る工房の中で必死に筆を動かす仲間たちがいる。


俺たちは並んで屋上に座り、一つの瓶を回し飲みしながら、

パチパチと弾ける泡の音に、静かに耳を傾けた。


明日も、納期は厳しいだろう。

親方は、相変わらず理不尽に怒鳴るだろう。


でも、俺の手元には美味い水があり、腰には慈悲があり、喉には刺激がある。


(……悪くないな。異世界の社畜も)


俺は、空になった瓶を夜空に向かって掲げた。

ここにはいない、前世の戦友(同僚)たちに心の中で乾杯し、

俺は明日への活力を、琥珀色の残響とともに飲み干した。

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