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異世界ブラックギルドの窓際魔導具師 〜徹夜明けのポーションは、エナドリよりも五臓六腑に染み渡る〜  作者: よはく


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6/8

琥珀色の温度(ポーション・オン・ザ・ロック)

キンキンに冷えている。


それだけで、飲み物の価値は十倍になる。

いや、この過酷な異世界においては、百倍と言っても過言ではないだろう。


前世の俺は、その恩恵を空気のように当たり前に享受していた。

街の至る所にある自動販売機。

二十四時間、煌々と明かりを灯すコンビニ。

そこには常に、理想的な温度で管理された「冷たさ」が待っていた。


だが、この異世界は違う。


魔法で氷を作り出すには、高度な氷結魔法の適性を持つ使い手が必要だ。

あるいは、王宮や大貴族が所有するような、巨大で高価な魔導冷却器。


地下の吹き溜まりのような工房で働く末端の魔導具師に、そんな贅沢は許されない。

俺たちが一日の終わりに喉に流し込むのは、常に「室温」だ。

埃っぽく、湿り気を帯びた、生ぬるい液体。


「……許せん」


俺は作業台の上で、親指ほどの小さな魔石を弄んでいた。

先日の「バッチ処理」の導入によって、俺の手元にはわずかな「時間の貯金」が生まれている。

ノルマを最速で終わらせ、親方の監視の目が緩む定時前。

この数十分こそが、俺のQOLを左右する研究時間だ。


親方の熊男が別の職人を怒鳴りつけている隙に、俺は極細のスタイラスを走らせる。


本来、冷却魔法というものは「熱を奪い、消し去る」という、魔力コストの極めて高い工程を必要とする。

物理法則に真っ向から逆らう力は、それ相応の代償を要求してくるのだ。


だが、俺は発想を変えた。


前世、サーバー室の排熱効率を死ぬほど考えていた頃の知識を呼び起こす。

熱というエネルギーを「消す」のではない。

回路の特定の箇所に、熱を一方通行で逃がすためのゲートを作る。


(……ペルチェ素子の論理構築か。

 エントロピーの局所的な操作。

 理屈は難しいが、要は「冷たいところ」と「温かいところ」を強制的に分けるだけだ)


熱を消去するのではなく、瓶の「外側」へと移動ムーブさせる。

排熱先は、この蒸し暑い工房の空気中でいい。

ほんのわずかな温度上昇なら、誰も気づかない。


カリカリ、と筆が走る。


魔法陣の端に、極小の冷却パッチを当てる。

ターゲットは、俺が愛用しているガラス瓶だ。


「……システム、サーマル・マネジメント。パッチ適用アプライ


指先から、ほんのわずかな魔力を流し込む。

すると、瓶の表面にじわじわと水滴がつき、

次の瞬間、うっすらと白い霜が降り始めた。


成功だ。

俺はそこに、あらかじめ仕込んでおいた特製の「炭酸ポーション」を注ぎ込む。


パチパチ、という泡の音。

瓶を伝って、掌に強烈な冷たさが伝わってくる。

この痛みにも似た感覚こそが、俺が求めていたものだ。


「……これだ。これだよ」


俺は瓶を懐に隠し、足早に工房を抜け出した。

いつもの屋上へ向かう階段を駆け上がる。

外に出ると、夕日はすでに地平線の向こうへと落ち、

空は深い群青色から、夜のとばりへと染まり始めていた。


俺は屋上の縁に腰を下ろし、瓶の栓を抜いた。

いつもの開放音さえも、冷気のせいでどこか鋭く響く。


瓶の口をつける。


冷たい。

刺すような冷気が、まず唇を痺れさせた。

そして、猛烈な炭酸の弾けとともに、喉を通り、一直線に胃へと落ちる。


「ッ…………!!」


強炭酸の物理的な刺激。

そして、暴力的なまでの冷感。


生ぬるい時とは比較にならないほどの「キレ」が、

今日一日の労働でドロドロに溶けかけていた脳の疲れを、

物理的に洗い流していくのが分かった。


脳内のニューロンが、冷気によって強制的に冷却され、再起動リブートされる。


「あああぁぁ……染みる……五臓六腑に、染み渡る……!」


身体中の細胞が、歓喜の産声を上げている。

高級な酒なんて、やっぱりいらない。

ただ「冷えている」という一点。

それだけのことが、過酷な労働者にとってどれほどの救いになるか。


前世で当たり前だったこの感覚が、

異世界の屋上で、これほどまでに愛おしく、輝かしく感じられる。


「佐藤……お前、また何か怪しいことしてるだろ」


背後から、聞き慣れた呆れた声。

カイルだ。

彼は今日も、ボロボロになりながら自力のノルマを終えたらしい。

肩を落とし、疲弊しきった顔でこちらへ歩いてくる。


俺は黙って立ち上がり、霜の降りた冷たい瓶を、彼の頬に不意打ちで押し付けた。


「ひゃっ!? つ、冷たっ! なんだこれ、氷か!?

 お前、どこから氷なんて持ってきたんだ!?」


「『冷却』です。回路を少しリファクタリングして、熱を逃がしたんですよ。

 カイルさん、一口どうぞ。

 人生には、理屈抜きに冷たさが必要な時があるんです」


カイルはおっかなびっくり瓶を受け取り、一口飲んだ。

瞬間、彼は目を見開き、ガタガタと全身を震わせた。

そのまま数秒間、固まった後——。

彼は天を仰ぎ、深いため息をついた。


「……生き返る。本当に、生き返るよ、佐藤……。

 今日一日の、あのクソみたいな親方の怒鳴り声が、全部消えていくみたいだ……」


「足るを知る、ですよ。

 仕事終わりに冷たいものが飲める。

 それだけで、俺たちの明日は、ひとまず約束されたようなもんです」


俺たちは、一つの瓶を分け合いながら、

冷たい琥珀色の液体がもたらす、束の間の「平和」を噛み締めた。


明日もまた、朝からクソみたいな工房で、

クソみたいな親方に理不尽な命令をされるだろう。

納期に追われ、魔力を削られ、身体を酷使する日々は変わらない。


でも。

俺の手元にある瓶は、明日もまた、キンキンに冷えている。


それだけで、生きていける。

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