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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第六章

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マクベルド邸

 屋敷に足を踏み入れ、広いホールとその装飾に圧倒される。ホールの脇に立ち並ぶ柱や彫刻。亜里沙が思う外国の貴族の家よりはシンプルだが、それでも充分だ。

 ホールの中央は吹き抜けで、奥にこれもまた豪華な階段があり、二階の廊下からホールを見下ろせるようになっている。


 そしてこのホールの床は大理石に似た質感だ。



 少し前を歩きながら、ロナンとライアンは声を落として会話している。と言っても亜里沙たちを意識していない声量だが。

 亜里沙は悪い事をしている気もしつつ、何となく兄弟の会話に耳を傾けた。



「……そんなに忙しかったか? 例年通りでいいと言ったはずだが」


「まさか……お忘れじゃないですよね」


 ライアンの声色が、信じられない、と訴えるようだ。


「職人組合! エストランに口約束で言った事をお忘れじゃないですよね? 出店の申請を処理するのだけでも大変だというのに、あれのせいで物資が滞っているんですから」


 亜里沙はエストランが誰だか一瞬分からなかったが、すぐに思い出した。フロースを独占するなと怒っていた、あの職人の親方だ。


 ロナンはため息を吐いた。面倒くさく感じている事を隠す気はないようだ。


「忘れていない。……で、どこがごねているんだ?」


「金属加工は言うまでもないでしょう。まずいのは醸造ですよ」


「それは……まずいな」


「でしょう? だから言ったんですよ、面倒な事をしてくれたって。そのせいで全体的に遅れが出てしまっているんですから」


「だとしても設営くらいはどうにか出来ただろう?」


「……ああ、そうだ、織物も最近まで」


 ライアンが刺々しく付け加えると、ロナンは諦めたようだった。


「分かった、それについては俺がやるから。それであいつは、いつを望んでいるんだ?」


「祭りの中日です」


「面倒な……」


 ロナンが、今度は苛立ちを込めてため息を吐く。


 弟が相手だからか、ロナンの口調が普段と全然違う。

 亜里沙たちが見ていたのは商人としての顔なのだと改めて知った瞬間だった。



「アリサ様、こちらですよ」


「あ、うん」


 ソフィーについて方向を変え、何気なくロナンを振り返ると、ちょうどこちらを見たロナンと目が合った。


「あ、えっと、後でね」


 ロナンは「ええ」と目を細めて一度足を止めた。


「何かあったら遠慮なくソフィーに申し付けてください。それでは、後で」




 まずは昼食でしょう、とソフィーはいつになく明るい様子で皆を食堂へと連れて行く。

 ホールから繋がる通路の一つに入って、片側は重厚なカーテンが付いた大きな窓が並び、これまで経験してきた建物の中と比べるとかなり明るい。

 片側には控えめながら絵画や陶磁器が飾られている。


 ソフィーは王都の屋敷で働いていたという話だが、こちらにも馴染みがあるのだろう。無理のない自然体の姿に亜里沙は安心する思いだった。



 だがこの場所に馴染みがあるのはソフィーだけではないようだ。

 キーランも、ソフィーについて歩くのではなく勝手知ったる足取りで食堂に向かっている。


 どことなく元気がない様子を心配して、亜里沙はキーランに声をかけた。


「キーランはここに来た事があるの?」


 亜里沙を見て、うん、と頷く。


「仕事がない時はここに住んでるようなものだから」


「えっ、そうなの?」


「ああ。城を出た後に使っていたのが廃屋だと知って、好きな時にここを使っていいって言ってくれたんだ」


「廃屋……」


 キーランは一体どういう生活を送ってきたのだろう。何故城を出たのか聞いてみたいが、それが興味本位ではないと言い切れない。


 亜里沙が迷っていると、先にキーランが言った。


「気になるの?」


「えっ? あ、うん……気になるかな」


 するとキーランは小さく笑う。


「でも、廃屋に住むのはあんまりいいものじゃないよ」


 一瞬何の話だか分からなかった。

 キーランの笑みを見て、ハッとした亜里沙は全力で否定した。


「いや、廃屋に住んでみたいとか思ってないから! 住み心地が気になるんじゃなくて!」


 キーランは、はは、と笑ったが、何となく話を逸らされた気もする。


 そのまま会話は別の内容に移ってしまった。




 通された食堂は、ここで食事をするなんて気後れしてしまいそうな内装だった。


 天井からぶら下がるのは、そう言うには控えめだがシャンデリアだろうか。

 白いクロスがかかった長テーブルに綺麗な燭台が置かれ、アンティークなデザインの椅子が並ぶ。

 大きな絵画が飾られていて、繊細な装飾がされた暖炉もある。

 この内装ならもっとかっこよくダイニングルームと言った方がいいと亜里沙は思った。


 この屋敷は他の部屋もこんな風なのだろうか。まるで別世界に来たかのようだ。



 イザベラは両扉の側に立ち、亜里沙と翔、キーランは長テーブルの上座の近くに案内された。

 亜里沙の向かいにキーランと並んで翔が座る。


 侍従やメイドもいたが、ソフィーはそれに慣れてしまっているのか、自ら亜里沙たちに食事を運んだ。

 誰もソフィーの行動に口を挟まず、ソフィーに任せるようにしてくれたのが亜里沙としてはありがたかった。

 ソフィーに世話を焼かれるのもやっと慣れたのに、あまり大勢に囲まれたくはない。もしかしたらロナンが事前に話していてくれたのかも知れない。


 食事を始める頃には室内は亜里沙たちだけとなった。思わずほっと息を吐いてしまう。


 ソフィーは亜里沙の隣、翔の向かいに着席した。




「祭りまであと一ヶ月くらいだ」


 キーランがそう教えてくれる。


「先に王都で春の祝祭が開かれる。こっちは祭りと言っても宗教的な行事で、多分今年は聖王が来る」


「もしかして、噂の件で?」


 翔が質問すると、キーランは頷く。


「国王がそういう要請をしたらしい。まだ返事はないけど、通ると思う」


 そして、キーランは翔を見て微笑んだ。


「カケルはかなり言葉が上手くなったね。すごいよ」


 急に褒められたからか、翔は若干照れ臭そうだ。


「王都で三日間の祝祭が終わると、その翌日から三日間、ナイグラードでの春祭りがある。こっちは沢山遊べる祭りだから、楽しめるよ」


 そう聞くと、アストリドとも約束しているのもあってますます楽しみになってくる。


「アストリド様が遊びに来るって言ったけど、それって実現するかな?」


「王都の祝祭に他国の王族が来る事が今までもあったから、アストリドはそっちに来るんじゃないかな。そのまま滞在を延ばして、こっちにはお忍びで来そうだね」


「お忍びで……それって大丈夫なの?」


「うん。ちゃんと護衛が付くよ。立場上、表立っては来ないっていう意味だ」


 なるほど、と亜里沙は頷いた。


 エドワードの話では目立つ行動をしてはいけないとは思う。だが、もし聖王が来て噂が落ち着いたなら、アストリドと思い切り遊べるのではないか。


 そうなれば翔とソフィーも一緒に連れ出して、キーランとイザベラも来るだろう。

 ロナンが案内してくれるという事だから、大人数になるが、沢山いた方がアストリドも楽しめるのではないだろうか。


 亜里沙は色々想像してみながら、ふとエドワードも来られたらいいのにと思った。一緒に祭りを見て回れたら楽しいだろう。



 自然と顔がほころんでいたのか、ソフィーが嬉しそうに亜里沙に声をかけた。


「楽しみですね、アリサ様」


「うん」



 食事が済むと、ソフィーは亜里沙と翔の希望を聞いて図書室へと案内してくれた。


 再びホールを通って、似たような通路の先にある両扉を潜る。



「すごい!」


 亜里沙は思わず感嘆の声を上げた。


 図書室なんてものではない、広さはともかくとして、これはもはや図書館と言ってもいいのではないか。

 壁が本棚で、柱も本棚と言えるくらいに本棚だらけだ。

 大きな窓から暖かい光が入る。元の世界の図書館よりも断然こちらの方が亜里沙の好みだった。


「すごい蔵書の数だね……自由に読んでもいいの?」


 翔の声がどこか嬉しそうで、亜里沙もつられて嬉しくなる。

 ソフィーはもちろん、とにっこりした。


「この部屋の中と、アリサ様、カケル様の部屋の中の本ならどれでも自由に読んでくださって構いませんよ。旦那様の執務室や他の場所のものはその都度、旦那様か私に確認を取ってくださいね」


 庭園や他にも案内したい所がある、とソフィーは言ったが、亜里沙は翔の様子を見てそれは後日にお願いする事にした。



 翔が早速読みたい本に集中し始めると、亜里沙は目に付いた童話のような本を手に取った。


 気付けばふらっとどこかへ行ってしまっている事が多いキーランも、亜里沙の側にいる事にしたようだ。


 手触りのいいテーブルに、窓に近い席について本を開く。

 キーランも隣に来て黙ってそれを眺めた。


 その本は本当に童話だった。イドルが蔓延るこの世界でも存在しないような生物が沢山出て来て、ある意味ファンタジーな生物図鑑のようだ。


「……あ、ドラゴンだ」


 そのページには沢山のドラゴンが描かれていた。

 亜里沙は元の世界のファンタジー作品で触れて来たので抵抗はないが、この世界の人にとっては違うのだという事はもう知っている。


 眺めるだけだったキーランが口を開いた。


「これは多分、来訪者から聞いた話を元に作られた話だね」


「そうなの?」


「僕たちにとっては、この形の生物って言ったらイドルだから」


 そう言えば、以前にエドワードもそんな事を言っていた。


『我の存在も忘れられたものだし、女神がドラゴンであるという話も伝わっていないから、そうなるのは仕方のない事だな。ただ、我でもこんなにドラゴンに種類がいるとは知らなかったが』


 今日は大人しいと思ったら、ニーズがそう言った。


(まあこれは、想像上のものだと思うけど)


 もしかしたら他にも異世界があって、そこにはこういったドラゴンも存在したりするのだろうか。



 その後は亜里沙は図書室の本を参考にして北方の言葉の練習をした。

 そのうち翔もそれに合流して、しばらくの時を過ごしたのだった。


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